第275話 断ち切るもの
〜ジークリード〜
「シャアアアアアアアア!!!!」
大蛇が暴れ回る。ヤツは電柱を叩き折り、血走った眼で俺を睨み付けた。先程ダメージを与えた場所は既に傷口が塞がっている。
12年前、俺を襲ったものと同種のモンスターか……だが、もう誰も傷付けさせはしない。
「絶対にだ!!」
「シャアアアア!!!」
大蛇が口を大きく開き、その牙を剥き出しにする。俺へ向かって歯を突き立てようとするのを紙一重で躱し、魔剣グラムでその顔面を切り上げる。跳ね上がる大蛇。ヤツはすぐに体勢を立て直し、連続で喰らい付き攻撃を放った。
目の前に牙が迫る。その牙の先端から紫色の液体が滴り落ちる。
あの液体……毒か? 当たればまともに動けなくなる恐れがある。よく相手を観察しろ。攻撃を躱せ。
通常より距離を取ってサイドステップする。それを狙い澄ましていたかのように大蛇が横に回転しながら尻尾を薙ぎ払った。
「……当たるか!!」
尻尾の薙ぎ払いが当たる寸前、閃光を発動して跳躍する。ヤツの尻尾を踏み台にすると同時にさらに足裏への閃光を発動。縦に高速回転し、大蛇の胴体を回転斬りで刻み付ける。
「ギジャアアアアアアァァァ!!?」
噴き上がる血飛沫。悲鳴を上げた大蛇は体をうねらせ俺から距離を取る。
魔剣グラムを構え、大蛇と向かい合う。さらなる攻撃を恐れたのか、大蛇は攻撃をためらっている。
横目で先ほど襲われていた兄妹へ目を向けると、ミナセとユイが彼らを保護しているのが見えた。
「私は他のみんなに強化魔法をかける。ユイはこの2人を」
「分かってる。安全な場所に避難させたら戻って来るから」
ユイが兄妹を連れて行く。残ったミナセが戦う探索者達の元へ走り、その手のロッドを大地へ叩き付けた。
「よーし! 広域で発動しちゃうよ! 物理攻撃強化!」
彼女の足元に大きな魔法陣が現れ、魔法陣に包まれた探索者達が青い光を帯びる。
「強化魔法だ!」
「これならいけるぞ!」
「押し返せ!!」
「うおおおおお!!!」
強化を受けた探索者達は、彼らを襲っていたガウルベアの群れを押し返し始めた。
あちらは2人がいれば大丈夫だ。俺は、この大蛇との戦闘に全神経を集中させる。
「お前を、倒す……!!」
「シャアアアアアッ!!!」
雄叫びを上げた大蛇が尻尾の薙ぎ払い攻撃を放つ。閃光を発動して後方へ飛び、ビルの壁面を蹴ってヤツの顔面へと飛び込む。大蛇の喰らい付きを体を捩って躱し、ヤツの側頭部へ横薙ぎの一撃を放った。
「波動斬!!」
薙ぎ払いと同時に技を発動する。羽根のように軽い魔剣グラムから放たれる一撃は、俺が今まで放ったどんな剣撃よりも速かった。
異世界文字の刻まれた刀身が淡く光を発し、波動斬に変化が現れる。真空の刃がより薄く、より巨大に。その一撃が大蛇の胴体を真っ二つに切断した。長かった胴体は半分以下の長さとなった。
「ギシャアア、ア゛ァ!?」
もがき苦しむ大蛇。しかし、ヤツは体を切断されてなお生きている。想像以上に生命力が高い。一撃では終わらせられないか。
しかし、今の一撃はなんだ? 剣速に呼応するようにグラムが波動斬へ力を与えたように見えた。
「ギシャアアアアアアアアア!!!」
一際大きな咆哮。突然、ヤツの口元に魔法陣が浮かんだ。魔法陣? あんな攻撃は12年前は無かったはずだ。
「ギシャア!!!」
大蛇が電撃の球体を放つ。咄嗟に閃光を発動し大蛇の周囲を駆け抜ける。
電撃弾……胴体が切断され物理攻撃が封じられた事で攻撃方法を変えたのか? 12年前と同じ個体だと思ったが、より強くなっているらしい。
「ギシャアッ!!」
他の者が巻き添えを喰らわないよう、敵の狙いを誘導しながら電撃弾を回避する。しかし、次弾までのタメが短い。直線的な攻撃だが……回避は容易でも近付けない。
「波動斬!!!」
再び波動斬を放つ。しかしヤツが大口を開けて雄叫びを上げると、魔法障壁が発生し、波動斬を防いでしまった。
「障壁まで持っているのか……!」
「ギシャア!!!」
再び放たれる電撃弾。回避しながら脳への閃光を発動する。脳内にバチリと走る電流。閃光の力によって意識が研ぎ澄まされ、世界が急速に遅くなる。その世界の中で脳をフル回転させる。考えろ。ヤツを倒す方法を。
ヤツを観察する。胴体を切断された事でアイツは素早い動きはできない。だが、それをあの電撃弾の連続発射と障壁で補っている。さながら魔法砲台だ。
電撃は掻い潜っても障壁が……どうすれば……何か突破する方法はないか? 何か突破する技は……。
……技?
そうだ。先ほど波動斬を放った時、剣速に反応して威力が上がった。あれは……。
この剣を受け取った時のハルフェルの言葉を思い出す。
──その刃、神速を超える時、魔の術を断つ
魔の術を、断つ?
……。
そういうことか。ハルフェルめ、ややこしい言い方をしてくれるな。自分の力で会得しろということか。
だが確かにそうだ。確証もなくこの剣の能力を使い、失敗すれば大怪我では済まない。俺は波動斬の変化のおかげで剣の能力が発動するコツを掴めたからこそ実行に移そうと思えるが……ハルフェルにこの展開を読まれていたのか。
だが、コツは掴めた。後は剣速を上げるだけだ。
魔剣グラムを納刀し、鞘を構える。以前俺は神速に近い斬撃を見た事がある。
中野に居を構える亜沙山一家の探索者、式島。
ヤツの抜刀スキルは俺の知覚を超えるほどの速さだった。閃光を使ってそれを再現できれば、この剣の能力を確実に発揮できる。西洋剣だがこのグラムなら、できる。思い出せ、再現しろ。
鞘を腰に構え、右手を柄へ添える。全力で駆け抜け、電撃弾を避けて行く。
「ギシャア!!!」
放たれる電撃弾。それを避けた瞬間、脚への閃光を発動。大地を蹴って一気に飛び込む。高速で流れる景色。俺が飛び込んだ事を感知した大蛇が魔法障壁を張った。
右手で魔剣グラムを掴み、腕への閃光を発動する。
魔剣グラムは魔を断つ剣。その剣撃が神速を超えた時、魔法すら断つ事ができる。これが、この剣の能力だ。
……俺は弱い。
片眼を失って、人の力を借りなければ戦えない。色んな人に助けられなかったらここまで来れなかった。
だけど、それでも戦う。弱くてもいい。半人前でもいい。
俺は、英雄じゃなくてもいい。それでも誰かを救えるのなら。
大蛇が眼前に迫る。このモンスターは俺の過去。俺の悪夢。俺は今、断ち切る。
後悔を。
迷いを。
憧れを。
俺は、断つ。
俺は俺だ。誰の真似でもない。俺は俺の為に、全てを守る。
それが……俺の生きる道だ!!!
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
斬撃を放つ。魔剣グラムが眩い光を放つ。
一瞬の閃光。
そして。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」
魔法障壁が断ち切られる。周囲に響き渡るほどの絶叫を上げながら、大蛇の首は空を舞った。
全てを断ち切る一撃。次回、大蛇を倒したジーク。そんな時、一台の車が現れる。