第272話 母の想い
〜461さん〜
「461さん! シィーリアさんから連絡がありました!」
タルパが子飛竜達を操って周囲のモンスターへ電撃を放つ。生まれた隙を突いてアスカルオでモンスター達を斬り伏せる。そうして道を開きながら俺達は目的の路地へ向かった。
俺とタルパが約束の場所へ辿り付いた時、シンがその場に立ち尽くしていた。彼の視線の先には目を閉じた桜田賢人の姿が……だけどその顔は眠っているようで、とても戦闘で死んだ者の表情には見えなかった。
「桜田……賢人……」
アイルの親父さんの死を前に、胸の奥から何かが込み上げる。この感覚は……ラムルザが死んだ時以来だ。
彼の姿が脳裏に浮かぶ。仲間達とダンジョン攻略をする姿、嬉しそうに冒険の話をする姿、幼い娘や妻の事で悩む姿……俺は少しの時間しか彼と過ごしていないが、彼がこうなるのは分かっていたが……そんな俺でもこんな気持ちになるのか。
「シン、別れは……言えたのか?」
「はい」
「九条は?」
「黙っています。だけど、大丈夫」
彼の視線の先には赤い魔法陣が。シンは九条の願いの中心を見付けられたみたいだな……。
「よし……じきにこの時代の九条達が来る。俺達は早く戻ろう」
全員の顔を見る。コクリと頷くシンとタルパ。しかし、シィーリアだけが心ここに在らずという顔をしていた。
「大丈夫かシィーリア?」
「ん? ああ大丈夫じゃ。気にするな」
そうは言うもののどこかを気にしているような様子のシィーリア。その視線の先を追って見ると、彼女が何を思っていたのかが分かった。
視線の先には「彼」がいる。シィーリアはずっと気になっていたはずだ。だけど、俺達の為にその事を押し殺してくれていたのだろう。シィーリアにとって「彼」は何より大切な存在のはずだから。
彼女の顔を見る。その顔は悲痛な表情をしていた。今すぐにでも駆け出したいが、必死に抑えている……そんな顔だ。
「どうしたヨロイ?」
俺の視線に気付いたシィーリアは、普段通りの顔を装った。
……。
「シン、タルパ。悪いが見張ってくれないか? 誰か来たらすぐに教えてくれ」
「い、行かんのかヨロイ? 早くせんとこの時代の者が……」
珍しくオドオドした様子の彼女。そんな彼女にシンとタルパは微笑みかける。
「大丈夫ですシィーリアさん。私達が見張ってますよ?」
「僕達のために頑張ってくれたんですから、早く行こうなんて言えませんって」
「お主達……」
シィーリアが顔を伏せてしまう。そして一言「感謝する」と言うと「彼」の元へ駆け出した。
◇◇◇
〜シィーリア〜
ジーク……ジーク……!!
へたり込む少年……幼き日のジークの元へ駆け寄る。
彼を抱えて楽な姿勢にして、声をかけてみる。しかし、頬を軽く叩いても彼は放心したように桜田賢人の遺体を見つめていた。その瞳に妾は映っていない。
周囲を見渡すと、大蛇に襲われたであろう子供達の遺品が散らばっていた。ジークは友人を失い、助けてくれた恩人すら目の前で息絶えてしまった……幼い心には負荷が大き過ぎる。こうなってしまうのも当然じゃろう……。
彼の今後を思い、愛しさが込み上げてしまう。
あぁ、この子はなんと辛い思いをしたのじゃろう。話には聞いておったがこれほどまでに壮絶な体験をしていたのか……あの日、事件が起きた日に妾はこの場にいなかった……この子の事を知らなかった。妾がおればこのような想いはさせなかったのに……。
ジーク……本来ならば、友達と笑い合う日を送っていたじゃろう。探索者などにならず、好きな事を学び、好きな仕事に就いていたじゃろう。家族が壊れる事も……なかったはずじゃ。
「すまぬ……すまぬジーク……妾達魔族のせいで……お主に辛い人生を歩かせてしまう……」
許されるなら、このような目に遭わせたくなかった。この時代に飛んでから、そのような想いが妾の脳裏を何度もよぎった。
妾の全てを尽くしてこの悲劇を回避してやりたかった。妾1人の問題ならば、今の妾が消えてもこの子に幸せな道を歩ませてやりたかった。
……だが、それでは皆の未来が消えてしまう。皆だけではない、未来のジークが歩んだ道まで消える。傷だらけになっても、それでも進んだ道が無かった事になってしまう。
「だから……妾はその未来を守ろう、お主の心を……無かった事にしてはならぬ」
妾達でエモリアを倒す。例え最善でない未来だったとしても……ジーク達の成してきた事を無かった事にさせぬ。
呆然とする我が子の頬を撫でた。
「お主ならきっと、どんな苦難も乗り越えられる。きっと……乗り越えた日々を誇れる日がやってくるはずじゃ」
一瞬、彼の瞳に光が灯ったような気がした。その目からとめどなく溢れる涙を見て、未来のジークの姿と重なってしまう。己の全てを打ち砕かれ、左眼を失ったジークの姿に。
「あ……」
鼓動が早くなる。手が震えて、思考が上手く回らなくなる。
思わず和巳を抱きしめてしまう。妾の中で囁くように、説得するように、邪な考えが生まれてしまう。
今なら……まだ間に合うのではないか?
そうじゃ、ここで和巳を攫ってしまえば、和巳がジークリードになる事はない。
あんな想いをする事もない。そうじゃ、そうしよう。
妾と和巳の2人で、どこか遠くへ行こう。この子が大人になるまで見守って、そうすれば……。
妾の中で悪魔が囁いたその時、誰かが妾の肩を叩いた。
「すまん。そろそろ時間切れみたいだ」
無機質なヘルム。しかし、誰よりも情の深い男がそこにいた。魔族の妾を仲間だと言ってくれた男が。
「あ、ああ……すまぬ……」
「大丈夫か?」
「問題無い、ヨロイのおかげで……正気を、保てた……」
……妾は何を考えておったのじゃ。彼らを裏切るような事はできぬ。自分で決めた事ではないか。先程まで心に誓っていた事ではないか。
……。
「もしも」というのはこれほどまでに人を惹きつけるのか。過去を変えようとした者達を責められぬな、これは……。
妾は思考を振り払って立ち上がった。
「もう、時間か」
路地の奥を見るとシンとタルパがこちらへ向かっていた。行かねば……。ここでこうしてはおれん。妾が間違いを犯す前に。
「行こう。今度こそ、エモリアを倒すのじゃ」
赤い魔法陣の上へ乗る。ヨロイは、妾達を見回すと声を上げた。
「いいか? 作戦は伝えた通りだ。向こうに着いたら全員役割にだけ集中しろ」
ヨロイへ頷いて返す。シンも、タルパもここへ来た時より少し精悍な顔立ちになっていた。
「しゃあ!! これが最後の戦いだ!! エモリアをぶっ倒して帰ろうぜ!!」
ヨロイの声と共に視界が白い光に包まれる。時間魔法の光に。
すまぬジーク。妾の心が弱かったばかりに危うく全てを台無しにするところじゃった。
深呼吸する。シィーリアよ、お主がジークを信じてやらねばいかんじゃろう? お主ならそれが分かるはずじゃ。ジークを誰よりも見守って来たお主なら。
大丈夫、ジークは強い子じゃ。絶対に、大丈夫。
自分に言い聞かせるよう心に言い聞かせ、最後にもう一度幼き頃のジークへと目を向けた。
ジーク……お主ならきっと1人で立ち上がれるはずじゃ。
我が子よ。母は信じておるぞ。
妾達の視界は、眩いまでの光に包まれた──。
次回、シィーリアとジークの閑話を挟みまして、東京パンデモニウム編最終章「現在の章」をお送り致します。
時間神エモリアとの決戦に挑む461さん達、応援に向かう為仲間を集めるアイル。彼らの戦いの果てをぜひ最後までご覧下さい。
そして……461さん達の戦いに欠けた「あの男」の視点から現在の物語は動き始めます。閑話はそこへ繋がる記憶のお話……過去と現在が繋がるお話。どうぞよろしくお願いします。