第271話 友に別れを
〜シン〜
「急げシン!! 桜田賢人はジークが保護された場所におるはずじゃ!」
「は、はい!」
物すごいスピードでシィーリアさんが駆け抜けていく。戦う探索者達の間をすり抜け、立ち塞がるモンスターを叩き伏せ、大蛇が現れたという路地を目指して走っていくシィーリアさん。僕はそれを必死に追いかけた。
──賢人……。
九条の緊張が僕にも伝わる。願いの中心の正体を伝えた時、正直もっと反発すると思っていた。だけどヤツは妙に納得した様子で「そうか」とだけ呟いて、今日までただ静かにこの日を待ち続けた。
路地の陰から狼男のようなモンスターが現れ、シィーリアさんへ襲いかかる。彼女が敵の攻撃をヒラリと躱す。そして敵の頭上に高く飛び上がり、強烈な踵落としを放った。
「グギャッ!?」
レベルポイントを溢れさせたモンスターを踏み付けながら、シィーリアさんは僕の方へ目を向けた。
「シン、九条の様子はどうじゃ?」
「大丈夫です。緊張はしてますが落ち着いてます」
「ならば良い。もうすぐ目的地じゃ! しっかり妾について来るのじゃぞ!」
流れるように走る彼女の背中を追って路地を走り続ける。そして角を曲がった時、賢人を見つけた。
5階建てのビルと同じサイズがある大蛇、ソイツが満身創痍の賢人と対峙していて……その脇には小学生くらいの少年がへたり込んでいた。両脚があらぬ方向に曲がって、逃げられない様子の少年。彼の酷く怯えている姿を見ただけで、賢人が彼を守る為に戦っているのが分かった。
──賢人!!
九条が叫んだ瞬間、賢人が大蛇に噛み付かれてしまう。口から血を吐き出す賢人。しかし、彼は不敵に笑って見せた。その視線は少年へ注がれていて、彼を心配させまいとしているようだった。
「ぐうっ……!? へへっ……ウロチョロ逃げ回りやがって……やっと捕まえたぜ!!!」
賢人が右腕に持っていた紫電の剣を大蛇の脳天に突き刺す。
「オラ死ねええええぇぇぇ!!!!」
「キシャアアアアアアアアアア!!?」
大蛇の脳天から電撃が流れ込み、全身をバリバリと駆け巡る。力尽きた大蛇が地面へ倒れ込み、賢人を解放した。賢人はヨロヨロと歩くと、少年に向き合うように路地の壁に体を預けた。
「周囲のモンスターは妾が近付けさせぬ。お主は桜田賢人を」
シィーリアさんに促されて僕は賢人の元へ駆け寄った。賢人は……虚ろな表情で僕を見つめた。
「誰、だ……? 悪いが視界がはっきりしねぇんだ……」
──あの大蛇……毒まで持ってたのかよ……。
僕の中の九条はひどく動揺して、賢人に声をかけ続けている。目的は分かっているはずなのに……当然か、僕も九条ならそうしただろう。
僕ですら今……胸が引き裂かれそうだ。人が死ぬのを前にして、親友が死ぬのを前にして、こんな気持ちになるのか……分かってはいたけど、九条の記憶を通して感じてはいたけど、キツイな……これは……。
でも、ここで僕が引きずられちゃダメだ。タルパちゃん、僕は……やってみせるよ。
自分に言い聞かせるように再確認する。僕にとって本当に大切な物を。それを2つは選べない事を。
意識を集中しろ。僕が伝えるんだ。九条の言葉を、賢人に。
九条の思考に近付ける。この数日間で何度も試したことだ。僕達が歩み寄れば、意識を限りなく近付けられる。それを使えば、僕が九条の言葉を伝えられる。
──賢人……。
「賢人……」
意識を九条に寄せた事で、僕の声が九条と同じ低さになる。賢人は僕の方を見て薄らと笑みを浮かべた。その姿に子供の頃の彼が脳裏をよぎり、涙がこぼれ落ちた。
「あ、アラタか……? 悪りぃな……ミスっちまった……どうしても、子供が死ぬところは見たくなくてよ……体が勝手に動いちまったんだ……」
賢人の身体はボロボロだ。大蛇の牙で腹部が貫かれていて、話すのもやっとだろう。咄嗟に回復薬を取り出そうとすると、賢人は僕の手を掴んだ。
「やめろ……俺はもう助からねぇ……」
──だけど、少しでも楽に……。
「だけど、少しでも楽に……」
賢人が静かに首を振る。そして僕の胸を軽く小突くと「自分の為に使え」と呟いた。
彼は「聞いてくれ」と言うと、最後の言葉を伝えるように、虚ろな目で僕の瞳を覗き込んだ。
「やっぱり俺はお前がいなきゃダメみたいだ……俺はいつもそうだ、アラタがいなきゃ、無茶することしかできねぇ……」
──そんな事ないだろ! お前はいつも他のヤツを引っ張って……誰かを助けてただろ……そんな事、言うな……。
「そんな事ないだろ! お前はいつも他のヤツを引っ張って……誰かを助けてただろ……そんな事、言うなよ……」
「そうか? そんな風に思われてたとはよ……ソイツは嬉しいな……」
賢人が咳き込み、血を吐き出す。そしてゴボゴボと血を吐きながら僕の手を強く握った。
「なぁ、アラタ……俺が死んじまったら……楓とカナの事、頼むぜ」
──……!?
九条は何も言わない。ただ僕の中でガタガタと震えている事だけは分かった。それがなぜなのか僕は知っている。
九条はそれをやろうとして……何もできなかったのだから。結局、賢人を生き返らせる事に逃げるしか彼の進む道は無かったのだから。
「なぁ……無理言ってるのは分かってる……だけど、頼む……頼むよ……お前しかこんな事……頼めない……」
──俺は……俺は……。
言葉を詰まらせる九条。僕と九条の意識が離れてしまう。今まで自分がしてきた事を思い出しているのかもしれない。そのせいで、賢人の言葉に答えられないのかも……。
僕は……。
……。
僕は、賢人の手を握り返した。九条がそうしているよう賢人が感じられるように。九条の口調を真似ながら言葉を伝えた。本当なら、九条が伝えたかったであろう言葉を。
罪を犯す前の九条が伝えたかった言葉を。
「ああ……任せとけって。だから何も心配すんな……な?」
──シン、お前……。
黙って聞いてろ。お前がやる事は、賢人の言葉を一言も聞き逃さない事だ。
──……。
伝えた瞬間、賢人は笑みを浮かべた。
「やっぱ、アラタは頼りになるよなぁ……」
賢人の表情が柔らかくなる。伝えたい事を伝えてホッとしたような、肩の荷が降りたような顔に。
「あ〜……めちゃくちゃ眠くなってきた……お前は最高の……ダチ……だったぜ……」
いつものような口調。いつものような賢人。彼は最後に少年のような笑みを浮かべて、眠るように息を引き取った。
──賢人……お前の願った事、何も分かってやれてなかった。俺は……お前に縋ってただけだ……すまない……。
声を震わせる九条。彼の気持ちが僕にも伝播する。彼の中から押し寄せる後悔の念が。だけどそれは……今までの九条とは変わっていた。
目の前に赤い魔法陣が現れる。彼の歪みの中心にあった本当の願い。それを見つけた証が。
「九条」
──……。
「色々とケリをつけるなら、手伝うよ」
──なんだよ、それ……。
九条は精一杯強がっていたが、その声は震えていた。
「この時代に来て、賢人達と出会って分かったよ。シャクだけど僕は……お前でもあると思うんだ。だから、手伝う。お前が嫌がってもさ」
九条はしばらく沈黙した後、小さく何かを呟いた。最初はなんて言ったのか分からなかったけど、思い返してみればそれは「ありがとう」だったのかもしれない。あくまで僕の推測だ。
……本当は誰もが前に進みたい。誰もが明日へ生きたい。だけど……そうは生きられない人もいる。間違えたくなくても間違って、袋小路に囚われて、もがいて、どうしたらいいか分からない人達が。前に進めるのは、色んな奇跡が積み重なった結果なんだ。運が良かった者だけが、前に進めるんだ。
僕にとってそれがタルパちゃんだったように。
だから僕は……九条の事を許さないけど、これ以上何かを言う気は無い。この男が今までやってきた事を精算するまで、付き合ってやろうと思う。
僕は僕だけど……九条アラタでもあるから。もしかしたら、彼の救いを求める声が、僕を産んだのかもしれないから。
……。
12年という時を経て、九条アラタは桜田賢人へ別れを告げた。
そして彼は、ずっと見つけられなかった真の願い……「親友の死を受け入れる事」を見つけた。
次回は過去の章最終話です。魔法陣で元の時代に戻ろうとした461さん達。しかしシィーリアがなぜか悲しそうな顔をしていて……?
シィーリアの想いが分かる回です。