第266話 懐かしい景色
〜シン〜
翌日。賢人のパーティメンバーと攻略する事になった僕達は、待ち合わせ場所の上野「不忍池」へとやって来た。
ホテルから歩いて15分ほどの場所。大きな池を囲むように設置された遊歩道、併設された公園。ゴテゴテとビルが立ち並ぶ東京にしては開放感のある場所だ。
「見慣れた景色だけど、これが12年前っていうのもなんか落ち着かねぇなぁ……」
461さんが大きく伸びをする。聞けばここは461さんの自宅の近くで、よくアイルさん達と修行する場所らしい。ダンジョン周辺地区で場所も広いからトレーニングしやすい場所だという。
そっか、僕達ダンジョン探索者はダンジョンの近くに住めば、こういう便利な事があるんだ。モンスター流出を恐れて人も寄りつかないし、家賃も安い。戻った時の参考にしよう。
「良いかタルパ。イメージじゃ。実際にそれの恐怖を味わったお主ならば、きっと再現できる。じゃが、サイズは調整するのじゃぞ? ここであのような存在を呼び出せば大混乱になるからの」
シィーリアさんが腰に手を当ててタルパちゃんの後ろに立っている。タルパちゃんは胡座をかいて目を閉じ、瞑想のような体勢をしていた。
賢人達が来るより2時間近く早く到着したのも修行をさせる為らしい。そんなにしてまで、461さんとシィーリアさんは何を呼び出させたいんだろう? タルパちゃんに聞いても「まだ上手くできなくて恥ずかしいから」と言って教えてくれないし……僕達の周囲をパタパタと飛んでいる「コイツら」も。一体何なんだろう?
「マナを掴みました」
「よろしい。ならばもう一度じゃ」
タルパちゃんが魔力を放出する。彼女の魔力はすごい。僕と新宿を攻略している時よりも明らかに魔力量も多くなっているし、濃さのようなものもある。彼女から放出する魔力がオーラのような揺らぎになる。それを放出させながら彼女は魔法名を告げた。
「空想魔法」
彼女の目の前が黄金に輝く。眩い光。その光が凝縮され、さらに眩さが増す。そして……その光が止んだ瞬間、またあの生物が現れた。
「プキュルルル〜」
金色に輝く飛竜の子ども。つぶらな瞳のソイツがパタパタとタルパちゃんの周りを飛び回り、彼女の肩に乗って頬ずりした。彼女が子飛竜を撫でる。他の子飛竜達もタルパちゃんの近くに来て、彼女の膝の上に乗った。
「これで3匹目……まだまだ上手くできないです……」
「いや、かなり良い感じじゃぞ。3匹とも同じ姿、再現ができている証拠じゃ。今は妾が指示した「サイズを小さく」という言葉に引きずられておるのじゃろう」
3匹の子飛竜を撫でながらタルパちゃんが頷く。先程まで黙って見ていた461さんは、子飛竜の首を掴むとその顔を覗き込んだ。
「プキュキュキュア!!」
暴れ回る子飛竜。461さんから逃れようとしているが、全く逃げられないようだった。
「今日呼び出すのはこれくらいにしておくか。次は戦闘でコイツらを上手く指示してやってくれ、3体同時に指示を出す……本番でもやる事は同じと考えていいだろう」
「分かりました」
「すごいよタルパちゃん。子どもとはいえ飛竜を3匹も再現するなんて」
「そ、その……まだ本当に呼びたいものを呼び出せてないから」
「本当に呼びたいものかぁ。そろそろ教えて欲しいなぁ」
「それは……」
タルパちゃんと目が合う。彼女が顔を赤くして俯いてしまう。その顔を見た瞬間、昨日の事を思い出してしまう。タルパちゃんと昨日キスした事を。それを意識した瞬間、僕も恥ずかしくなって顔を伏せてしまう。
「ま、まだダメ……! もっと上手くできるようになってから……!」
「そ、そっか。うん、楽しみにしてるよ」
「はぁ……見せつけられる妾達のことも考えるのじゃぞお主達……」
──ああクソッ……! 体中がむず痒い気がするぜ……!!
なぜかシィーリアさんと九条がシンクロしていた。
◇◇◇
タルパちゃんのトレーニングが終わった頃、賢人達パーティがやって来た。
「お、早いじゃんお前ら……ってなんだソイツら?」
賢人はタルパちゃんの周りを飛ぶ飛竜を見て目を丸くした。
「ドラゴン!? 子飛竜だけどなんで3匹も連れてるの!? ねぇねぇ!?」
賢人と一緒にいたローブ姿に三角帽子の女の子。その子がタルパちゃんに駆け寄って子飛竜のうち1匹に抱き付いてしまう。
「お、おい蒼!やめろって!」
暴れ回る子飛竜。止める賢人。しかし、蒼という女子はそんな事お構い無しに飛竜のお腹に顔を埋める。
「うわ〜お腹はふにふにしてる!!! 気持ちいい!! 可愛い〜!!! 痛い!?」
「プキュア!!?」
「いだだだだ!!?」
頭に噛みつかれて血をダラダラ流す蒼さん。彼女は血を流したまま他のパーティメンバー達を見た。
「バーン〜! 取れないこの子ぉ〜取ってヨ〜」
「はぁ……お前さ、見境なくモンスターに飛び付くクセやめろ……」
バーンと呼ばれた戦士が子飛竜を引き剥がす。大剣を背負って190センチはありそうな大柄な戦士だ。彼らが賢人のパーティメンバーなのか……。
賢人がパーティメンバーを紹介してくれる。1番若い女性魔導士の蒼さん、次に大剣使いのバーンさん。そして……。
「双剣使いのアラタだ」
賢人の後ろから現れたのは九条アラタだった。九条は……。
──ややこしいから呼び方変えろよ。俺が呼ばれたのかと思うじぇねぇか。
うるさいなぁ。同じ名前なんだから仕方ないじゃないか。
だけど、まぁ……内なる声の九条の言う通りだ。ややこしいのは間違い無い。僕も九条九条言ってたら混乱しそうだし、ここは呼び方を変えておくか。
過去の九条改め、アラタは軽装の革鎧に腰には双剣を装備していた。この時代はナイフ装備じゃないのか。彼は、461さんに手を差し出した。
「今日はよろしくな。極力被害は出したくないから協力して戦おう」
「あ、ああ……」
戸惑ったようにアラタの手を握る461さん。そりゃそうか。あの顔で「よろしく」とか「被害は出したくない」とか言ってたら違和感しかないよな。
──うるせぇな。黙って見てろよ。
なんで僕が九条に怒られなきゃいけないんだよ……。
次に、僕達の自己紹介をした。タルパちゃんは召喚魔法を使える魔導士、シィーリアさんは拳闘士ということにして。2人とも全力出すと大変な事になるから上手く立ち回らないとなぁ。
全員の自己紹介を終えると、アラタがこれから挑むダンジョンの説明をしてくれる。「辯天堂」ダンジョンについて。
ここ、不忍池の中心にある辯天堂ダンジョン。その地下にはボス部屋しかなく、強力なボス「ヴォークノス」が1体いるらしい。
賢人の言っていた通り、ボスだけがいるダンジョン。かなり変わった構造だなぁ。
アラタがスマホを差し出してくる。そこに映っていたのは白い鳥型モンスターだった。画像はブレているけど、相当大きい事が分かる。
「このボス、ヴォークノスは白鳥と孔雀を混ぜたような美しい外見をしている。だが、その尾羽から放たれる魔法攻撃は非常に危険だ。今まで何人もの探索者が殺された」
ボスの名前を聞いた461さんは嬉しそうに声を上げた。
「へぇ、俺の聞いてたボスと違うな。辯天堂ってそんな凶悪なヤツがいたのか」
「それはじゃ、ヨロイ。攻略によって1度ボスが倒されたからじゃ。過去の辯天堂ダンジョンはそりゃもう凶悪と話題でのう……」
461さんとシィーリアさんの話に賢人が首を傾げる。
「倒されたってなんだ? ここのボスはまだ1度も倒された事が無いはずだけど」
「あ、ああああ〜!? 妾ゲームの話と勘違いしてた〜!? ね? シンお兄ちゃん?」
「え? あ、あああああうん! いやぁ〜最近シィーリアはダンジョンゲーにハマってるんですよははは……」
いきなり話を振られてなんとか話を合わせる。賢人とアラタは怪訝な顔をしていたが、気を取り直したように話を続けた。
「この攻撃は範囲が広いからな。戦闘時に全体を俯瞰する役割が必要だ。後衛である蒼が役職的に適任なんだが……」
チラリとアラタが視線を送る。その先では蒼さんが子飛竜に再び抱き付いて激しい抵抗に遭っていた。それをバーンさんとタルパちゃんが慌てて引き剥がしている。アラタはため息を吐いてもう1度僕達を見た。
「適任者がこんな状態だ。できれば他の者に頼みたい」
「それならば妾がやるのじゃ」
「は? お嬢ちゃん、流石にそれはやらせられないぜ? 全体を見渡して個々に戦闘指示を出さなきゃいけないしよ、全員の命に関わる大事な……」
面食らったような顔をする賢人。そんな彼をアラタが小脇で突く。2人はヒソヒソと何かを話し始めた。
(これでいいんだ。元からその役目はこの子にやらせるつもりだった)
(え? でもよアラタ? それじゃあみんなが……)
(細かい指示は前衛で俺が出す。それよりも、こんな小さな子を戦わせて死なせでもしたら寝覚めが悪いだろ?)
(あ〜……そうだな……)
話し終えた2人が同時にシィーリアを見る。
「じゃあ頼むよお嬢さん。敵の動きを見て皆に伝える大事な仕事だからね」
「アラタの言う通りだ! 絶対前に出ようとしないこと! な? 頼んだぜ!」
「任せておくのじゃ! 完璧に指示を出してやるからのう!」
シィーリアさんがわざとらしくふんぞり返ると、賢人が安堵したように息を吐いた。アラタは早速みんなの配置について打ち合わせを始め、461さんが熱心に質問する。
そんな様子を見ていると、ふと僕の中の九条が何を思っているのか気になった。
──……確かに他のパーティと攻略した記憶があるが、お前達だったのか? いや、別のヤツと攻略してその役目がお前達に変わったのかも……この辺りはうろ覚えだな、よく思い出せねぇ……。
九条はブツブツと独り言を呟いていた。
なぁ、過去の自分と仲間達を見た気分はどうなのさ?
──……まぁ、昔はこんな風にやかましい探索ばかりしていたな。
目の前で広がる騒がしい光景。その様子を見る九条。彼の言葉は寂しげで、でも少しだけ……嬉しそうに聞こえた。
次回はボス戦の最中からお送り致します。