第263話 461さん、相棒の父親と知り合いになる
赤髪に無精髭の男……アイルの父親、桜田賢人が不思議そうに顎を摩る。
「なんで俺の名前知ってるんだ? アイテムの取引した事あったか……? アンタ、名前は?」
「よ、461……」
「鎧? 変わった名前だな〜。うぅん……客の名前忘れてるとしたらヤバイな……すまん兄さん、どこであったか詳しく教えてくれないか? 絶対思い出すからよ」
どうする? 適当な事言って誤魔化すか? いや、でもこの時代に来たばかりだし誤った事でも話したら余計怪しまれるぞ……。
「い、いや……」
考えろ。この時代にあったダンジョンで言えそうなヤツ……ヤバイと言えば群馬か?
あれ? 群馬の生態系変わったのいつだっけ? 群馬群馬……そういや、リレイラさんが転勤する前になんか群馬でヤバイダンジョンに行った気がするな……なんだっけ? 思い出せねぇ……。
「んん?」
俺が悩んでいる間に桜田賢人がシンへ目を向ける。彼はズイッとシンに近付くと、怪訝な顔で首を傾げた。
「少年も……なんか知り合いにめちゃくちゃ似てるんだが。君、九条っていう親戚いるか?」
「え、はは……知らないですねぇ……他人の空似ですよ、きっと」
「なんか怪しい反応だなぁ」
桜田賢人の顔が疑いの表情になってしまう。その時、突然タルパがシンの腕にギュッと抱きついた。
「九条なんて名前! く、九条ネギくらいしか聞いた事ありません! ねぇシン君!?」
訳の分からないフォローを入れながらシンの腕へ抱き付くタルパ。目を泳がせながら顔を真っ赤にするシン。混乱してるのか恥ずかしいのか分からない顔してるなシンのヤツ……。
(た、タルパちゃん……!? 腕に胸が……!?)
(え……? きゃあっ!?)
バッと距離を取って恥ずかしそうになる2人。顔を真っ赤にした2人はお互いに背を向けてモジモジしだした。
「なーにを惚気ておるのじゃこの2人は……」
シィーリアが呆れたような顔でため息を吐く。桜田賢人がどんな顔をしているのか恐る恐る見てみると、彼は苦笑しながら頭を掻いていた。
「なんか変わったパーティだな。すまねぇな少年。俺の友人と関係あるのかと思っただけなんだ」
カオス感あるが、タルパのおかげで場の空気が変わったな。この間に呼び止めた事も流すか。
「その腰の剣」
「これか?」
桜田賢人が腰の剣……紫電の剣に目を向ける。
「そう、それって紫電の剣ってヤツだろ? 風の噂で聞いたんだ。桜田賢人ってヤツがスゲーレアアイテムを手に入れたってよ。それでつい……悪かったな、その、呼び止めて」
どうだ……? 以前リレイラさんに紫電の剣は相当なレアアイテムだと聞いた事がある。それならこの時代でも有名なはずだ。もし誰に聞いたとか質問されたらダンジョン管理局の名前出そう。それで無理やり誤魔化してやる。
緊張で汗が頬を伝う。しかし俺の焦りとは裏腹に、桜田賢人は嬉しそうな顔をした。
「ああ、これは京都の嵐山ダンジョンで手に入れたんだ。天雲の龍ってボスがいてよ。ソイツが飲み込んでた」
天雲の龍?
……。
そんなボス聞いた事もねぇぞ!?
初めて聞くダンジョン名、初めて聞くボスの名前。俺の不安は一気に吹き飛び、胸の奥が燃え上がるほどテンションが高まってしまう。
「そんなヤツがいるのかよ!? 俺も行きたくなって来たぜ、嵐山ダンジョン!」
「お、兄さんも好きで攻略してるクチか!」
桜田賢人はニカリと笑い、ゴソゴソと探索者用バッグからスマホを取り出す。その顔ですぐ分かった。桜田賢人もダンジョン攻略が大好きなんだってことが。
「今度行ってみるといい! 西のダンジョンも最高だぜ〜? なんつってもこっちとは規模が違う!」
桜田賢人がスマホを取り出して嵐山ダンジョンの位置を教えてくれる。俺の好きな西洋風なイメージじゃなく、寺や竹林がダンジョン化している雰囲気……これも楽しそうだな。
「この寺がダンジョンの入り口でよ! 裏には長い竹林があってモンスターが……」
桜田賢人のスマホ。そのアルバムに映る4人のパーティメンバー。そこに九条の姿もあった。だけど、俺の知ってる九条じゃない。もっと楽しそうで、シンに近い雰囲気だ。
ふと横を見ると、シンとタルパもスマホを覗き込んでいた。シンも思う所あるかもな……過去の記憶を共有していてもおかしくないし。
「そうそう、ここに中ボスがいてよ〜! 蒼が……あ、すまん、俺のパーティメンバーが舐めてかかるから危うく飲み込まれそうになってよ〜俺達全員で引っ張り出して……」
桜田賢人にダンジョンの話を聞いていると、急に腕を引かれた。下を見ると、シィーリアが指でチョイチョイとジェスチャーする。しゃがみ込むと彼女は俺に耳打ちして来た。
(ヨロイ、お主……コヤツと知り合いになっておくのじゃぞ。これは今日中になんとかできる問題ではないからの)
今日中に解決できない?
(じゃあこの12年前の世界でしばらく過ごすってことかよ)
(妾とタルパでまずは宿を確保する。お主は桜田賢人と連絡先を交換しておくのじゃ。ここでコヤツと会ったという事は絶対に願いの中心と関係がある)
願いの中心か。元の時代に帰るには願いの中心を見つけなきゃいけないと言っていたな。アイルの親父さんが……? それじゃあここは……。
(ここで逃せば妾達の帰還は困難になるやもしれぬ。絶対に繋がりを持つのじゃぞ!)
(分かったって)
(スマホは……問題なく使えるのう)
この時代でもスマホで連絡が取れる事を確認すると、シィーリアはわざとらしい演技でタルパの腕を引っ張った。
「ねぇ〜お姉ちゃん〜! 妾疲れたぁ〜! ホテル戻ろ〜!!」
「え、え? ど、どういう事ですシィーリアさん?」
困惑するタルパを引きずりながらシィーリアは妻恋坂交差点の方へ歩いて行く。彼女は振り返ると大きく手を振った。
「おじさん〜! 観光終わったら連絡してね〜! いいダンジョン見つけておいてね〜!」
おじさんって俺の事かよ。
……否定はしないけどシィーリアよりは歳下だろ。なんか納得いかねぇな。
◇◇◇
シィーリアとタルパと別れた後、俺とシンは、桜田賢人を手伝ってアイテムショップまでアイテムを運ぶ事にした。
末広町交差点を御徒町方面へ。俺が知っている洋食屋、冒険家Bの近くの高架下……そこに目的のアイテムショップがあった。
しかし、俺の知っている高架下とは違う。俺が通っている場所は探索者用のショップが立ち並んだスペースだ。だけど2020年のそこは、家具や小物を扱う店が立ち並んでいる洒落た空間。ガチガチの探索者装備で身を固めた俺達には全く似つかわしくない場所だった。
アイテムショップに入るまでは良かったが、そこから出た瞬間、目の前にいたカップルが足早にその場を去ってしまった。
「え、何あれ……コスプレ?」
「不審者? 近付かない方がいいわ……」
彼らの反応を見た桜田賢人は肩をすくめた。
「まだまだ探索者って珍しいのかねぇ……俺も街に出るたびに不審者扱いされて困るぜホント」
アイルの親父さんもそんな悩み抱えてたのか。まぁ、マントやら防具やらを装備した上に腰に剣なんて下げてたら……浮くよなぁ。
思い出す。俺も探索者始めたばかりの頃はよく警察に通報されたな。家の近くに鎧を着た不審者がいるって。毎回毎回説明するのが大変なんだよな。
「分かるぜ、その気持ち」
「鎧の兄さんもそうかい? お互い苦労するよなぁ……」
うんうんと頷く俺達。ふと横を見るとシンが困ったような顔で俺を見ていた。
「いやぁ……全身鎧装備の461さんの場合はちょっと違うんじゃないですか?」
「うん? なんで俺は違うんだ?」
「あ、いや……! 気にしないで下さい!」
苦笑いを浮かべるシン。そんなに俺の装備って変か? 実用性もあるしリレイラさんにも褒められるけどなぁ。
──か、カッコいい……!?
頬を赤らめたリレイラさんの顔が浮かぶ。リレイラさんの為にも絶対元の時代へ帰らないと。
……。
大通りまで戻って来た所で桜田賢人に礼を言われた。
「観光って言ってたよな? 今夜飯でも食わねえか? 手伝って貰った礼するからよ」
シンへ視線を送ると彼は静かに首を振る。できれば早めに帰ってシィーリアに状況を確認しておきたい。知らず知らずのうちに墓穴掘っていたなんて勘弁願いたいからな。
「あ〜ちょっと夜は用事あるんだ。それより良いダンジョン教えてくれよ。俺達まだ東京に詳しくないんだ」
アイルの親父さんは俺に近いタイプだ。繋がりを持つにはダンジョン攻略が1番だろ、多分。
そう思って提案してみると、彼が嬉しそうな顔になる。
「お、じゃあ明日珍しいダンジョンに連れてってやるよ」
「珍しいダンジョン?」
「そう、ボスしかいないダンジョン。中々ねぇ構造だろ?」
ボスしかいないダンジョン……この辺にそんなのあったか?
考えてもそれらしいのが思い付かない。だが上手くいったな。シィーリアも繋がり持っとけって言ってたし。
こうして、俺達は桜田賢人と連絡先を交換し、ダンジョン攻略へ行く事になった。
次回、シィーリアが時間魔法によって歪められた現状を教えてくれる回です。過去・現在・未来がどんな状況にあるのかも話してくれます。
そして、彼らの帰還にある問題が浮かび上がります。果たして……?