第260話 アイル、願いの中心
翌日。
「ありがとうリレイラ、みんなのおかげでどうしたら良いか分かったわ」
昨日の夜、リレイラに筆記魔法の原理を教えてもらって全てが繋がった。私だからできる、私にしかできないエモリアの攻略法。それがあればヨロイさんと一緒に戦える。一緒に戦って……そして未来に辿り着いてみせる。
「アイル君」
リレイラが私の手を取る。彼女の優しい顔を見ていたら、胸の奥がジンワリと暖かい気持ちになった。
「君ならきっと大丈夫。何も心配することは無いよ? 未来でまた会おう」
未来でまた会おう……か。私を心から信用してくれている瞳。そう思って貰える事が嬉しい。
「ねぇリレイラ? ユウちゃんを抱っこしてもいい?」
「もちろんだ。ほらユウちゃん、アイルお姉ちゃんにお別れして」
ユウちゃんは少しもためらわず私に飛び付いて来た。
抱き上げると、不思議な感覚がした。重いのに柔らかくて暖かくて、不思議と軽くも感じる。ユウちゃんの頭からミルクのような良い匂いがして……言葉では説明できない事ばかりだけどユウちゃんを抱きしめていたら、絶対に守らなきゃいけない気持ちになった。
「アイルちゃんまたあそびにきてくれる?」
「ユウちゃんが生まれたらずっと一緒にいるわ。だからまた私と遊んでくれる? 今度はもっと上手くダンジョンゴッコしてみせるから」
ユウちゃんは不思議そうに首を傾げた後、満面の笑みになった。
「うん!!」
大きく返事をするユウちゃん。リレイラとユウちゃんにお別れを言って、私とカナはマンションを後にした。
◇◇◇
マンションを出て3時間。
私はカナと一緒に渋谷ダンジョンへと来ていた。
正直、カナの戦闘技術には驚いてしまった。モンスターの攻撃モーションも完全に把握しているし、私への指示も的確だ。装備も今の私と違う。腰のナイフは同じだけど左腰にショートスタッフを装備していた。そして、ジークの使っていた紫電の剣も。
彼女はそれを装備している経緯を教えてくれないけど私が過去に戻って上手くやれば分かると思う。きっと、この未来ではジークも大丈夫なはずだ。中途半端な未来なら、カナはまだ他の道を探していたと思うから。
あの時、ジークに酷い事を言ってしまった。ジークにはジークの事情があったはずなのに……私は自分の事でいっぱいで……。
「何ボケッとしてるの! 右後方に幻影騎士がいるわ! 電撃魔法で対処して!」
「わ、分かった!」
背後に向かって電撃魔法を放つ。杖から放たれた雷は、私の背後を狙っていた幻影騎士のロングソードに吸い込まれるように直撃した。
「グギャアアアアアア!!?」
幻影騎士がのたうち回って消滅する。カナは、私達の前に立ちはだかった人形使いを真っ二つに叩き切って次のモンスターへ向かって駆け抜けた。
「はぁ!!!」
分裂スライムの懐へ飛び込み、カナが叫ぶ。
「氷結魔法を撃って!!」
カナの合図で氷結魔法を放つ。凍りつくスライム。カナがスライムの核めがけて紫電の剣を一閃する。核を破壊されたスライムは、声ともならない声を上げて消滅した。
「ふぅ、モンスター多かったけどなんとかなったわね」
「ホント気を付けなさいよアンタ。帰る前に大怪我されたらたまったもんじゃないわ」
カナがジトリと睨んで来る。う……言い訳できないわね……戦闘に集中できなかったのは事実だし。
「ホント、真面目な時は良いけど気を抜くとすぐお荷物になるわね」
「やめてえええ!! そんな自分でも気付いてない事自覚させないでええ!!」
私は、絶対に言い返せない説教を受けながら先へ進んだ。
……。
カナの後について最後の階段を登る。辿り着いたそこは以前ヨロイさんと休憩した場所だった。
渋谷に来ると聞いた時、なんとなくここだと思っていた。ここは私の大切な場所だから。ヨロイさんが私に誓ってくれた場所だから……。
「ここが願いの中心。なぜかは分かるわよね? アンタが願いの中心を見つけた時、帰りの魔法陣が現れるわ」
「うん」
何をすれば願いの中心が出現するのか……それはきっとアレしかない。アレはヨロイさんが私の不安を消す為に誓ってくれたこと。
私はまだ、それに応えられていない。
カナから離れて、あの日ヨロイさんが立っていた場所に立つ。杖を握り締めて、上を見上げた。
目を閉じる。すると、ヨロイさんと出会ってから今までの事が頭に浮かんだ。ヨロイさんとダンジョンを冒険して、色んな事を教えて貰って、いつからか私は思うようになった。ヨロイさんと冒険する事が何より楽しいって。
ヨロイさん……ヨロイさんはあの日誓ってくれたよね、ヨロイさんの相棒は生涯私1人だって。私が望む限り、相棒であり続けるって。
時の迷宮でも、それを私に伝えてくれた。いつも私はヨロイさんに助けて貰ってた。私はそれを返そうと必死だった。
だけどね、今は違うの。ヨロイさんが全部をかけて時の迷宮に迎えに来てくれて、この未来を見て……思った。
私はヨロイさんの為に出来る事はなんでもやりたい。きっとそれはヨロイさんと同じ気持ち。助け合って、隣にいて、ずっと一緒に生きていく。それで良いんだ。
私がヨロイさんに寄りかかるんじゃなくて、一緒に立つの。一緒に歩くの。私は私の意思で、私のやり方で。
相棒で、仲間で、大好きな人で……大切な家族であるヨロイさんと、一緒に。
だから、誓うわ。
「ダンジョン配信者『天王洲アイル』は誓うわ! 私の相棒は生涯ただ1人! 探索者『461さん』だけ! ヨロイさんが望む限り私は、相棒であり続ける。そして……そしてアナタと一緒に生きていくわ」
これが私の気持ち。今までの事全部含めた、私の……。
誓いを告げた瞬間、目の前に赤い魔法陣が浮かび上がった。きっと、戻りたいタイミングを願いながらこれに乗れば元の時代に戻れる。時の迷宮が起動する前に戻って仲間を集めないと。
「アイル、ヨロイさん達はエモリアに飛ばされた直後……時の迷宮の最深部へ帰って来るわ。彼らにはそれしか選択肢が無いはずだから」
「それまでが勝負って事よね? やってみせるわ」
答える代わりにコクリと頷くカナ。魔法陣に乗ろうとすると、急にカナが声を上げた。
「ねぇアイル。最後に……私の気持ちを伝えさせて」
「気持ち? 何それ?」
え、怒られたりしないわよね?
でも、私の不安をよそに彼女は手をギュッと握っていた。胸を抑えて迷っているようにも見える。彼女は「少しなら大丈夫」とポツリと呟いた。
そしてゆっくり深呼吸をして、私の目を見つめてきた。
「無駄じゃ、なかった」
「……え?」
その言葉を言ったカナは……微笑んでいた。今まで見せていた厳しい顔じゃなくて、すごく優しい顔。ユウちゃんに見せていたような顔で、それがカナの本当の顔なんだと思った。
「お父さんには会えなかったけど……天王洲アイルがやって来た事は無駄じゃなかった。アナタは私に大切なものを、数え切れないほど与えてくれた」
「カナ……」
「だから……ありがとう、私。天王洲アイルになってくれて」
無駄じゃなかった。
お父さんの事を知った時、私は今までの事が全部無駄だったと感じてしまった。虚しくて、もう天王洲アイルではいられないって……でも、ヨロイさんが私を助けに来てくれて、引き止めてくれた。
そう……そうか。それはきっと無駄じゃなかったからなんだね。私がやって来た事がヨロイさんやリレイラや、みんなとで出会わせてくれて……ユウちゃんにも会わせてくれたって……。
視界がジワリと滲む。1番言って欲しい言葉を1番言って欲しい人に言って貰えた気がして。
私は涙を拭って、私も真っ直ぐ彼女を見つめ返した。いつか自分がなる彼女に。
「さようならカナ。後は任せて」
「頑張ってねアイル。信じてるわ」
未来の自分へ手を振って魔法陣に乗る。行く先は、私達が時の迷宮中心部にたどり着く2日前。どうしても連絡がつかなかった彼女の元へ。その後は私の大切な仲間達の所へ。
リレイラから彼女の住所は聞いた。後は飛んで、彼女を説得して、仲間達を迎えに行くだけだ。
絶対できる。信じるんだ、私を。みんなを。
白い光に包まれ、私の意識は遠のいた──。
次回、「未来の章」最終話。再び舞台は現代へ。最強のS級の元へある訪問者が……?
そして物語は461さん達の飛ばされた「過去の章」へ。