第257話 邂逅
〜天王洲アイル〜
2032年。
──時の迷宮。
「キエテ」
イシャルナの声が響いた直後、昼間のように周囲が明るくなる。
「アイル!!」
背中を押される。振り返ると、ヨロイさん達が光に飲み込まれる所だった。
手を伸ばそうとした瞬間、光が消える。目の前に、再び真っ暗になった広間が広がった。
そして。
目の前にいたヨロイさんは………跡形も無く消え去っていた。
「ヨロイさん!! ヨロイさん!!」
周囲を見渡してもヨロイさんも、シィーリアも、シンも、タルパちゃんも誰もいない。
「嘘……嘘よ……!!」
イシャルナが私を見下ろす。竜の眼は、憐れみの籠ったような顔で私を見つめた。
「カナシイ、カナシイ」
こんなの、こんなことって……これから帰っていつもの日々に戻るはずだったのに……!! ヨロイさんと、みんなと一緒に……。
「うあ゛あああああああああ!!!!」
杖を向けて炎渦魔法を発動する。イシャルナに放たれた炎の渦。しかしそれは彼女のヒレによって一瞬の内に掻き消されてしまった。
「ヒテイシナイデ」
イシャルナが呟いた瞬間、私の足元に赤い魔法陣が浮かび上がる。
「しまっ──!?」
「キエテ」
全身が真っ白な光に飲み込まれる。
私は……いつもの日々を選んだのに。
なんで、こんな……。
ヨロイさん。
……。
…。
2037年。
──桜田カナのマンション。
真っ白な光に飲み込まれた後、目に映ったのは暗いマンションの一室だった。
武器や道具がゴチャゴチャと並んだ部屋。5時14分を指した掛け時計。そこには見覚えがあった。
「私の……部屋……?」
そこはどこからどう見ても私の住んでいたマンションだった。ヨロイさん達と暮らし始めてアイテム部屋にした私の……。
自分が無事だと分かった瞬間、足から力が抜けて座り込んでしまう。イシャルナの光によってヨロイさん達が消えてしまった事……それを思い出して、目の前がジワリと滲んだ。
何度も床を叩く。叩いて叩いて叩いて……それでなんとかなる訳なくて、余計に涙が溢れてしまう。
「う、ううぅ……ヨロイさん……」
なんであの時、手が届かなかったの? もっと早く状況が理解できていれば……床に涙がポタポタと落ちる。
みんなどこに行っちゃったの? 私のせいだ。私がお父さんに会いたいなんて思ったから……。
「はぁ……やっぱり泣いてるわね」
急に声がして顔を上げる。
「え……だ、誰……?」
見ると、ドアの所に女の人が立っていた。外から差し込む光ではっきりと姿は見えないけど、マント姿に目元を覆う仮面をしているのが見える。彼女が付けている仮面には、目のような符呪の模様が描かれていて、紫色に光っていた。
その人は苛立ったように私の元にやって来ると、急に胸ぐらを掴んで来た。仮面に描かれた眼の模様が私の顔を覗き込む。それが不気味で背筋に寒気が走った。
「い、痛い……何するの!?」
「アンタ、ここに来る直前にヨロイさんになんて言われたか覚えてる? 「泣くのはもういいじゃねぇか」って言われたの。分かる? 泣いてる暇無いの」
その言葉に、涙が止まった。悲しみよりも「なぜ?」という疑問が上回る。その言葉は時の迷宮の中で言われた言葉で、私しか知らないはずなのに……。
「あ、貴女誰なの……? なんでそんな事を知ってるの?」
女の人が仮面を取る。彼女の顔が露わになる。
「え、な、なんで……?」
……その顔には見覚えがあった。動画の編集をする時、鏡を見る時、いつもそこにあった顔だから。
「桜田カナ。5年後のアンタよ」
「わ、私……!?」
頭が回らない。混乱していると彼女は顎でドアを指した。
「事情は移動しながら話すわ。行くわよ」
◇◇◇
彼女に着いて行くと、裏通りに止めてある軽自動車に乗るよう言われた。ドアを開けて後部座席に乗る。そこにはなぜか鞘に収められた紫電の剣があった。
「わ〜!!! 懐かしい!! 可愛い〜!!」
運転席にいたショートボブの女性。彼女が興奮気味に私の顔を覗き込んで来る。あまりにジロジロ顔を見られるから恥ずかしくなって顔を伏せた。
「恥ずかしがってる〜!!」
「後にして名護さん。リレイラの所へお願い」
「あ、ごめんね! じゃ、ダンジョン管理局に行くね〜!」
名護さんという女の人は、嬉しそうな顔をしながら車を発進させた。
……。
バックミラー越しに桜田カナを見る。なんか怖い顔してるわね……私ってこんな風になるのかな……。
「何ジロジロ見てるの?」
不機嫌そうな低い声。怖くてつい言葉に詰まってしまう。
「あ、えっと……どういう事か教えて欲しいなって……」
未来の私は、目を閉じて深呼吸すると、冷たい口調で説明を始めた。
「アンタは魔法を受けて5年後の未来に飛ばされたの。時間神エモリアの時間魔法でね」
「み、未来に!? なんで!?」
「アンタが願ったからよ。ヨロイさん達との未来をね。だから時間魔法は未来へアンタを飛ばした」
「それって……帰れるの?」
「……時間魔法には元の時間への帰還効果がある。この未来でアンタの「願いの中心」を見つければ、元の時間へ帰れるわ」
「じゃ、じゃあ……ヨロイさん達も?」
未来の私は一瞬考える素振りをした後、ゆっくりと頷いた。
「元の時間から12年前よ。ヨロイさん達は12年前の秋葉原に飛ばされたの」
「ヨロイさん達は無事ってこと……よね」
「ええ、ヨロイさん達も12年前の願いの中心を見つけたら帰って来るわ」
「良かったぁ……」
ため息を吐いてしまう。さっきまでの不安が一気に飛んでいく。ヨロイさんも、タルパちゃんも、シンも、シィーリアもみんな無事なんだ……良かった……本当に……。
でも、安心した瞬間、今の桜田カナの言葉に違和感を持った。
「12年前……って、え、なんでそんなことまで知ってるの?」
「それは……この未来が時間神エモリアを倒した先にある未来だから」
「え」
エモリアを倒した?
「じゃあもう全部終わったって事? 私が元の時代に戻れば全部解決?」
「何も終わってない」
桜田カナは、眉間を寄せて窓の外へ視線を向けた。
「私もアンタと同じ経験をした。未来に行って、未来の桜田カナからエモリアの倒し方のヒントを貰って……エモリアを倒した。だけどね、それじゃ終わらないの」
「どういう事?」
「時間魔法のせいで『この未来に天王洲アイルが飛ばされて来る』という因果が繋がれてしまった。そして、時の迷宮はこの時間軸の中心、特異点なの」
因果? 特異点? 何を言っているか全然分からない……というか質問できそうな空気でも無いし……話の途中で切ったら怒られそうだし……どうしたらいいの?
「特異点が存在している間はエモリアの力で無数の並行世界が生まれ続ける。だけど、エモリアを倒したこの世界にもう神の力は存在しない。それによって時間軸が収束を始めているの」
え、全っ然分からないんだけど? 助けを求めるように名護さんを見る。バックミラー越しに彼女と目が会うと、彼女は小さく「ごめんね」と言った。助けてくれないの?
……なによ。
なんでこの未来の私は私に分かるように説明してくれない訳? というか、さっきなんで胸倉掴まれたのよ。この女……未来の私なら私がどんな気持ちでここに飛ばされたか分かったはずでしょ……!!
私はこの理不尽な状況にイラつきを感じて来た。
「あのねぇ……! アンタ……」
「話切らないで。今大事な話してるの」
「ぐぬぬ……!」
ピシャリと言葉を遮られて余計イラッとした。
そう……歩み寄る気は無いって事ね……なら、全力で理解してやろうじゃないの……!!
そんな事を思っている間にも桜田カナは話を続ける。
「この未来を特異点の呪縛から切り離すには、アンタを無事に送り返すしかない。私と同じ事を経験させて。そして時間神エモリアを倒して貰う。私の望みはそれだけよ」
「もし失敗したら?」
「アンタが私と同じ事ができなかった場合……アンタ達の5年前の世界諸共この未来は他の並行世界に飲み込まれて、上書きされるわ」
は?
「せ、責任重すぎでしょ!?」
「あのねぇ……それを説明している私の気持ちも考えなさいよ」
桜田カナはあからさまにため息を吐いて頭を押さえた。なんだか「これだから子供は」とでも言いたげだ。
何よコイツ……! ちょっと私より大人になって……その、胸が大っきくなったぐらいで偉そうに!! ムカつくわね!
「……いいわ! やってみせるから! 早くエモリアの倒し方を教えてちょうだい!!」
「ヒントは上げるけど方法自体は教えられない」
「え」
あっけらかんとした言い方をする桜田カナ。先程までと矛盾した言葉にあたまの中が真っ白になる。
「私も教えて貰えなかったから。私に」
「はぁ!? なんで!?」
「……エモリアの倒し方は『アンタが自力で思い付かなきゃいけない』の。私もそうだったから」
「え、も、もし……思い付けなかったら?」
「全部消し飛ぶ」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「これからリレイラの所へ行って、伝えられる範囲の情報提供をするわ。その後は私がアンタを願いの中心に……」
桜田カナが先の話をしてるけど頭に入らない。ミスったら未来ごと消し飛ぶ?
何よそれ……頭痛いわ……。
頭痛がして頭を押さえた。これって何かの罰? 私がワガママ言ったから?
神様、こんな責任を17歳の私に背負わせるなんて……私そんなにも罪深い事をしましたか? 確かに……イシャルナと九条について行ってしまったけど……そんなに?
あ。
この状況にしたのは神様だった。
あのバカ神!!! 意地でもぶっ倒して上げるから!! 首を洗って待ってなさい!!
怒ったら元気になった。
次回、未来リレイラ登場。彼女の口から時間神エモリアの能力を聞くアイル。しかし、エモリアの能力が想像以上に凄まじくて……?
もう1つサプライズがある回です。