第256話 桜田カナの憂鬱
〜桜田カナ〜
「名護さんはこの辺りで待ってて」
「了解にゃ! あ、了解!」
名護さんが言い直して右手を額に当てる。その動きが敬礼みたいでちょっと面白い。
御徒町駅の近くで車を降りてマンションへ向かう。時間は5時2分。急がないと。
「あれ? あの顔って」
「なんかあった?」
「い、いや……気のせいか……」
すれ違う人がチラチラ見て来る。……流石に仮面しておこうかな。今は装備だし、仮面してても違和感無いでしょ、多分。
歩きながら仮面を付けて眼界魔法越しに周囲を見渡す。角を曲がって人混みの中に入ると、仮面を見た人達がギョッとした顔で道を開けた。
「ちょ、仮面て……」
「模様怖っ……」
「なんかあるのかな……?」
「物騒ね……」
「ほ、ほらこっちに来なさい!」
子供を連れた母親が私を見て子供を引っ張っていった。
……傷付くわね。
っといけない。今のうちに最終確認しないと。あの時、聞いていない事は私とリレイラ、名護さん以外みんなの現状。聞いた事はエモリアのこと。
リレイラは多少の誤差は大丈夫と言ってたけど、緊張する。
「はぁ……」
深呼吸する。気が重いわ……優しくできる気もしないし。ホント、私しかできない事ってこんなに大変なのね。プレッシャー感じるわ……。
これ終わったら名護さんの作ったケーキ食べまくろう。あの人の奢りで。
「というか。早く裏ダンジョンから帰って来なさいよねダンジョンバカ。相棒が不安になってるんだから優しくしなさいよ」
まぁ、用事があるから先に帰るって言ったのは私だけどさ。
……。
御徒町のマンション。私の部屋の前で時計を確認する。5時12分。なんとか間に合ったわね。
緊張が高まる。緊張しすぎて吐きそうだ。もう1度深呼吸して自分を落ち着かせる。
落ち着いて、大丈夫よ私。ちょっとくらいならこの未来に影響無いから。まずはちょっと高圧的に行かないと。まずは泣き止ませないとちゃんと情報も与えられないから。
あの時、なんであんなに怖いんだろうと思ったけど、こんな気持ちだったのね、私。
時計を見る。5時13分。
あと1分。部屋に入って来たのは現れて少し後だった。ふぅ……そろそろね。
ドアに鍵を差してゆっくり回す。
5時14分。ドアの隙間から眩いほどの光が漏れた。しばらく訪れる沈黙。そして、部屋の中から啜り泣く声が聞こえ始める。
「う、ううぅ……ヨロイさん……」
……来たわね。
ドアを開けて中に入る。暗い部屋の中には彼女がうずくまって泣いていた。
「はぁ……やっぱり泣いてるわね」
見ると情けなくなるな、我ながら。
「え……だ、誰……?」
彼女が顔を上げる。
薄い青色に紫のメッシュが入った髪。その長いツインテールがフルンと揺れる。泣き腫らした目をこちらに向けながら、彼女は私を見た。
天王洲アイル。
時間魔法によって未来へ飛ばされて来た、5年前の私が。
……あの日、絶望したまま時間魔法で飛ばされた私。その前に現れた未来の桜田カナ。私はその状況を必ず再現してみせる。5年前の私にあの神を倒す方法を閃かせないと。
私しかできない。私がやらなくちゃいけない事。絶対に時間軸をこの世界へ導くんだ。悲劇が起きた未来へ上書きなんて……させない。
私は守ってみせる。
イシャルナ……ううん、「時間神エモリア」を倒してみんなが掴んだこの未来を。
この先のお話は未来の桜田カナにとって経験した話、現在の天王洲アイルにとってはこれからの話。
「未来」と「現在」2人のアイルが邂逅します。状況の詳しい説明も……?
次回は時間魔法で飛ばされてきた5年前のアイルの視点でお送り致します。飛ばされる直前よりお送りします。
ヤキモキさせたまま過ごして頂くのも申し訳ないなと思いましたので予定を変更して水曜日にお送りしました。時間は金曜日更新です。