第250話 再会
〜461さん〜
タルパが倒れた九条を確認する。
「……生きてる。良かった……ありがとうございます461さん」
これで九条は無力化した。後は全部終わったら連れ帰ってシンと分離させるだけだ。この前見たアレが使えればきっと上手くやれる。問題は目を覚ました九条をシンにさせなきゃいけない事だが……その方法は後で考えるか。
「よし、次は」
「ヨロイさん!!」
言いかけた所でアイルが飛び付いて来る。首に手を回されて、九条にやられた傷がズキズキと痛んだ。
「痛てぇ!?」
致命傷は回避したが流石にダメージ受け過ぎたか……。
「あ、ご、ごめんね!!」
心配そうな表情をするアイル。その頭に手を置いて、探索者用バッグから回復薬を取り出す。
「大丈夫だ。回復薬かければなんとかなる」
出し惜しみはしていられない。回復効果の高い高濃度回復薬を頭から被り、残りをダガーで切られた傷口にかける。ジュウジュウと煙が沸き立ち痛みが軽くなった。まだ完全じゃないが戦えるか。
落としたヘルムを拾い上げて被る。ヘルムのスリット越しにアイルを見た瞬間、安心したような気持ちになった。彼女のいつもの顔、いつもの光景に。
「アイル、色々話したい事はあるが……俺達はまだやらなきゃならない事がある。手伝ってくれるか?」
「イシャルナを止めるんでしょ? 大丈夫。戦えるわ」
「よし、頼んだぜ」
シィーリアの方へと目を向ける。イシャルナは黒い剣で斬撃を放ち、遠距離では黒い魔法の波を発生させる事でシィーリアを追い詰めていた。走り回ってその攻撃を回避するシィーリア。身体能力は彼女の方が上のようだが、イシャルナはそれを魔法で補っているようだ。
「私見ました。スージニアがあの黒い空間に飲み込まれるところ……あそこに浮かんでいる球体の場所です」
タルパが指した先には光の球体がフヨフヨと空中を漂っていた。飲み込まれた……か。クソ、スージニアの離脱はかなりの痛手だな……。
「アイル、あの魔法のこと何か情報はあるか?」
「イシャルナはあの魔法を次元魔法って言ってたわ。あの亜空間の門も次元魔法の1つみたい。他のモンスターに使用してるのも見たけど、あの攻撃に当たると存在そのものが消滅するの」
次元魔法……亜空間の門……か。
恐らく、別の空間への入り口を出現させる魔法なんだろう。その入り口を無理やり閉じると、飲み込まれた部位だけが亜空間へ投げ込まれる。斬撃や黒い波はそれを利用して攻撃してるのか。
もう一度2人の戦闘を観察する。広間の奥で繰り広げられる戦闘は人間のそれを超えていた。魔族同士での戦闘はああなるのかよ。下手に突っ込めば死ぬだけだぞ。
シィーリアが次元魔法の攻撃を避けながら、一瞬の隙を突いてイシャルナへと飛び込む。しかしシィーリアが放った攻撃は、イシャルナが出現させた亜空間の門に逃げ込む事で回避されてしまう。シィーリアから離れた位置に新たな亜空間の門が開き、その中からイシャルナが現れた。
……イシャルナの攻撃パターンは3つ。次元魔法の剣による近距離攻撃。次元魔法の波による遠距離攻撃。そして亜空間の門による移動。どれも危険だが、特に厄介なのは亜空間の門か。アレの影響でシィーリアの攻撃が当たらない。魔族よりも圧倒的に身体能力の劣る俺達だと攻撃を当てる事すら叶わないだろう。
アイルの魔法で牽制して……いや、タルパの空想魔法で撹乱した方がいいか?
……いずれにせよ、攻撃が当てられなければ攻略できない。
どうする? この限られた戦力でどうやって戦う? イシャルナが倒せなかったら全部が無駄になっちまう。そうなったらアイルも連れて帰れねぇし、シンも……。
……シン?
急に、先程の光景が浮かんだ。俺が九条と戦う前。タルパが九条に捕まった時の事を。
「なぁタルパ。俺がクロウダガーを投げる直前、九条の手が止まらなかったか?」
タルパは少し嬉しそうな顔で頷いた。
「……はい。シン君です。シン君が助けてくれたんです」
タルパの眼は真剣だ。タルパなら、シンの存在を感じていてもおかしくないか。
そういえば、シンはタルパに電話して来たと言っていた。それは九条の意識が無い時に体を奪い返したってことだよな?
って事はシンも時壊魔法を? なら、今この瞬間でも魔力さえあれば……。
……。
失敗したら全てが無駄になっちまうが、賭けてみるか。
◇◇◇
〜タルパマスター〜
「タルパ、九条のバッグに魔力回復薬があるだろ? 飲ませてやれ」
461さんの言葉にアイルさんは困惑したような顔をする。
「え……な、何言ってるのヨロイさん? そんな事したら九条が……」
「今は戦力が必要だ。それも、頼れるヤツがな」
「でも九条が協力する訳無いじゃない……」
拳を握りしめるアイルさん。461さんは彼女の肩をポンと叩いた。
「大丈夫だ九条じゃねぇ。俺らの仲間のシンに頼むのさ。タルパ、お前を助けてくれたのがシンだとしたら、きっと大丈夫のはずだ」
461さんが真っ直ぐに私を見る。アイルさんも461さんの言っている事が分かったのか、ハッとした顔をして私の手を取った。
「シンを起こしてあげて、タルパちゃん」
「……はい!」
九条のバッグから魔力回復薬を取り出す。今もシィーリアさんは戦ってる。時間はかけていられない。
倒れた九条に駆け寄って、その頭を膝に乗せる。眠るように意識を失った九条を見ると、シン君の面影が見える。この人も、元はシン君みたいな人だったんだろうな……。
魔力回復薬のボトルを開ける。祈るようにその口に魔力回復薬を流し込んだ。
「大丈夫かな……肺に入ったり……しないよね……?」
ボトルを伝う紫色の液体。それが九条の口に入っていく様子を見ていると、シン君との事を思い出した。
「シン君、私……来たよ。君に会いに来たよ? 起きて」
声をかけた瞬間、九条の体が青く光った。ジークさんが言っていた時壊魔法が発動した証だ。
それが光を増していく。やがて、九条の体が黒い影に包まれて見えなくなってしまう。その影は、動画の巻き戻しのように九条の体を縮めていく。それを見て余計に涙が溢れてしまう。私のよく知る人の姿になっていくから。
影が霧を掻き消すように消え、その中から私の大好きな人が現れた。新宿にいた時のままの装備で、そのままの姿で。私の膝に頭を乗せたその人は、恥ずかしそうな笑顔を向けてくれる。
私の好きな笑顔を。
「な、なんか恥ずかしいんだけど……」
「久しぶりに会って最初に言うのがそれなの? シン君」
涙で視界が歪む。涙が溢れてシン君の頬に落ちる。彼は真剣な表情で私の頬に手を添えた。
「ごめんね。あの一瞬しか手伝えなくて……」
「ううん……嬉しかった」
彼の手に自分の手を重ねる。やっぱり私を守ってくれたのはシン君だったんだ。
俯いてしまう。声が聞けるのが嬉しい。触れられるのが嬉しい。私の事を考えてくれるのが嬉しい……。
でも。
嬉しさを噛み締めるのは全部終わってからだ。
「シン君、やらなきゃいけない事……分かる?」
「うん。アイツの中で全部見ていたから」
シン君がそう言った時、461さんとアイルさんが来た。
「元気そうで安心したぜ」
461さんの差し出した手を取ってシン君が立ち上がる。そして461さんにお礼を言った後、九条の落としたダガーを拾い上げた。
「お前にも戦ってほしい。時壊魔法……使えるって事でいいんだよな?」
「任せて下さい」
「よし! これで勝ちの目も見えて来たぜ!」
461さんがシン君の背中をバンバンと叩く。シン君は少し嬉しそうな顔をしていた。きっと私と同じだ。誰かに頼られるのが嬉しいんだ。私達はずっとスキルの事で悩んでいたから。
でも、今この局面で私達は戦える。461さんやアイルさんと一緒に戦える。それが嬉しい。
「一応確認なんだけど、途中で体が奪い返される事はある?」
アイルさんの言葉にシン君は静かに首を振った。
「……大丈夫。アイツの精神は今弱ってる。それに僕も、もう自我が確立してますから。僕の意識がある限り、そう簡単に九条に乗っ取られたりはしません」
「仕組みはよく分からねぇが……戦闘は大丈夫そうだな。よし、今からコンビネーションを伝える。シィーリアを援護するぞ」
461さんは、私達に対イシャルナ用のコンビネーションを伝えてくれた。
次回はシィーリアvsイシャルナのよりお送り致します。