第236話 証
〜ジークリード〜
「グァウ!!!」
スージニアが召喚した狼が飛び込んで来る。それをバルムンクで受け止めた瞬間、スージニアは後ろへと飛び退いた。同時に現れる新たな2体の狼。天王洲は、スージニアの腕の中で意識を失っていた。
周囲を見渡す。ミナセも、ユイも、キル太も皆地面に倒れている。九条は、俺の事を観察するように静かにこちらを見ていた。
……クソ。状況は限りなく最悪に近い。
「グルルルル……ッ!!」
狼の牙がバルムンクの刀身に食い込み、ギリギリと音を立てる。バルムンクの帯びた電撃にも怯まないその様子はただのモンスターではないようだ。
バルムンクに目を向ける……俺自身も動揺してしまっている。天王洲があの探索者の家族? そんな偶然があってたまるか……っ!
怒りに身を焼かれそうになった時、先程の天王洲の言葉が胸に突き刺さった。
──ジークのせいでお父さんは死んだの……?
だがあの言葉、それがこの偶然を事実だと突き付けてくる……俺は、俺は……。
「分かったろジークリード? お前の責任だ。この状況になったのも、な」
「……お前が仕掛けた事だろう!! ミナセも、ユイもお前に苦しめられた!!」
「賢人が死ななければ俺は何もしなかったさ。それに、お前はもっと早くカナを探すべきじゃなかったのか? 探し出して、謝罪すべきだった」
九条が一歩前に出る。ヤツは冷たい瞳で俺を見つめた。
「紫電の剣の話を聞いて運命だとか思ったんだろ? お前は賢人の意志を継ぐ者か? 厨二病拗らせたガキがよ」
「なにを言っている……!?」
九条がその手を自分の顔へ向ける。瞬間、ヤツを包み込むように黒い球体が現れた。それが消え、中から現れた九条は壮年の姿をしていた。
その顔に見覚えが、ある。
「お、お前……あの時の……!?」
その男は、俺にバルムンクの存在を仄めかした男だった。見た瞬間、強烈に脳内に蘇る。あの男の姿、声、何もかも今目の前に立っている男そのものだ。
「その剣を持つお前には教えてやるよ」
俺にバルムンクの存在を教えた男は、不敵な笑みを浮かべた。
「俺は時間を操れる。見た目も何もかもな。あの時の俺がお前に紫電の剣の事を伝えたのは、試すためだ」
「試す……だと?」
ふたたび黒い球体に包まれる男。それが消えた瞬間、そこには先程の20代後半の見た目である九条が立っていた。
「確かめたかったんだよ。賢人がその身を犠牲にして生かしたヤツが、その価値のある男かどうかをな」
九条はそこまで言ってから「だが」と話を切った。
「お前さぁ……六本木の配信の時、カナ達を試すとか抜かしてボスをけしかけただろ? それがその剣を持った男のやる事か?」
「そ、それは……」
言い訳できない。あの時の俺は、完全にどうかしていた。焦燥感と苛立ちに支配されていたから……。それが突き付けられて、胸を刃物で突き刺されたような痛みが走る。俺の胸中を察してか、九条は侮蔑を込めた表情を浮かべる。
「カナ達が死んでいたらどうするつもりだったんだ。あ?」
お、俺は……。
九条は大袈裟に肩を落とした。
「ガッカリだぜ。アレで確信した。お前には信念も何もねぇ。ただ賢人の真似事をしているだけだ。お前がやって来たのはただのゴッコ遊びだな」
やめろ。
九条の姿に、俺を助けてくれた探索者の姿が重なる。天王洲の父親の姿が。ヤツのその言葉は、あの探索者からの宣告のように俺の頭に入り込んだ。
「やめろ……」
動悸が激しくなる。やめてくれ。俺は……俺は……。
そして、九条は決定的な一言を放った。
「ジークリード。お前にその剣は相応しくない」
ヤツに言われて、あの探索者に言われた気がして、力が入らない。意識が集中できない。俺は……。
「ガルルァアア……っ!!!」
狼がバルムンクを押し返してくる。
ダメだ……余計な事を考えるな。今は全力でこの場を乗り切る事だけを考えろ。
「はぁ!!」
右脚に閃光を発動し大地を蹴る。バルムンクを支点に回転し、狼の頭部を蹴り飛ばす。狼が吹き飛び、ダンジョンの壁に激突した。
壁に向かって駆け抜け、身動きの取れない狼へバルムンクを叩き付ける。今は俺以外戦える者がいない。俺が弱気になったら全滅する。
「ふぅん。この程度じゃ落ちないか」
肩をすくめる九条。ヤツを無視してスージニアへと突撃する。天王洲は捕えられたままだ。助け出さなければ……っ!
「俺の仲間を返して貰う!」
「桜田カナは渡さない」
スージニアが右手を構える。そこから幾重にも魔法陣が浮かび、狼が無数に現れていく。
……閃光で翻弄しろ。スージニアを倒して天王洲を解放しなければ。
九条の足元にいるミナセ達へと目を向ける。すまない2人とも。もう少しだけ待っていてくれ……必ず何とかする。
両脚に閃光を発動し狼達を翻弄する。狼達をバルムンクで斬り伏せながら、スージニアの元へ駆け抜ける。
波動斬で残った狼達を吹き飛ばす。ヤツは、表情1つ変えずに右手を突き出し、新たな狼を出現させた。
「……想定より速い。新宿のレベルポイントで強化したか」
「舐めるな!!」
踏み込もうとした瞬間、背筋に悪寒が走る。咄嗟に攻撃の手を止め、後ろに飛ぶと、目の前を巨大なカラスのようなモンスターが通り過ぎた。
「狼だけじゃないのか……!?」
「勘がいい。だけど、まだ読みが甘い」
スージニアがそう言った瞬間、両肩に鋭い痛みが走る。
「ギュアアアアア!!!」
カラス型の精霊が鋭利な脚で俺を掴んで空中へと舞い上がった。
「ぐっ!?」
「このままバラバラにして殺す」
ギリギリと食い込む鉤爪。肩から血がブシュリと溢れ出す。
「ギュアアアアアア……ッ!!」
「がっ……あ゛ぁぁ……!?」
「その子の力は人間では振り解けない。抵抗しても無駄」
……このままでいいのか俺は?
俺はいつも大切な者を守ることができない。
子供の頃友人を死なせ、俺の為に天王洲の父親を死なせてしまった。
ミナセをスキルイーターから守る事ができずに……そして今、俺の大切な仲間達が傷付けられている。
それを黙って見ているのか?
何もできないのか?
九条が言うように、俺はただのゴッコ遊びをしてきただけなのか?
「その剣は貰う」
スージニアの冷たい言葉。剣……バルムンク。
バルムンクへと目を向けた。波動斬の発動から時間が経ったその刀身は、再び電撃を纏っている。
「ギュアアアアア!!!」
「ぐうっ……!!」
食い込んだ鉤爪で大ガラスが俺を引き裂こうとする。脳への閃光を発動する。その効果によって周囲の時間を遅く感じる。突破する方法を考えろ。恨まれてもいい、俺がどうなってもいい。みんなだけは、絶対に……。
バルムンクの電撃。掴まれた肩。脚はダメだ。俺はまだ走らなければならない。今無くても戦える部位は……。
俺は……。
「俺は!!!」
バルムンクを握りしめ、その切先を俺の左腕に突き刺した。
「何をするつもり?」
スージニアが驚いたような顔をする。左腕に突き刺した刀身から電撃が俺の体を駆け抜け、俺の両肩を掴んでいた大ガラスへと流れ込む。
「グギュアアアアアアアアア!!?」
「ぐ、うぅぅぅ……っ!?」
苦しみの声を上げたカラスが俺を離す。もう一度脳への閃光を発動する。下には3体の狼。その先にスージニア。体は……まだ動く。
動け。俺はここにいる全員を守る……っ!!
「うおおおおおお!!!」
地面に着地した瞬間、目の前にいた狼へと飛び込む。その首元にバルムンクを突き刺し、引き抜くと同時に次の狼に飛び込む。すれ違い様に狼の背中へと乗り、その首をバルムンクで掻き切った。
仲間がやられたと飛びかかって来た狼を閃光で加速した脚で蹴り飛ばし、地面に叩き付けた瞬間、バルムンクを狼の顔面に突き刺した。
滑空して来る大ガラスへと向かう。走り抜けながら高速で過ぎていく景色。両手が使えない今、閃光の速度を活かして攻撃しろ。
壁を蹴って飛び上がり、縦に回転する。バルムンクを体全体で支えながら大ガラスに突撃する。
「ギャアアアアアアアアアアアア!?」
真っ二つになる大ガラス。再びヤツを踏み台にスージニアへと真っ直ぐ飛び込む。波動斬を連続で放ち、ヤツが新たな精霊を召喚するのを妨害する。
「……!?」
驚愕の表情を浮かべるスージニア。その体に真っ直ぐバルムンクを──。
「その剣で俺の仲間を殺すんじゃねぇよ」
スージニアの手前で刀身の軌道が逸れる。目の前にはダガーを構えた九条がいた。無防備になった鳩尾に九条が拳を叩き込む。とてつもない威力に体が浮き上がる。次の瞬間、ヤツが放った蹴りで俺の体は後方へ吹き飛んだ。
「がはっ!?」
地面に叩き付けられる左腕に激痛が走る。なんだ今の攻撃は? ただの体術ではなかった。一体何をされたんだ……!?
「九条様……」
「お前は下がってろ。俺がやる」
「……はい」
スージニアが静かに後ろへと下がる。九条は、その手のダガーをクルクルと回し、切先を俺へ向けた。
「諦めが悪いガキには俺が直接引導を渡してやるよ」
左腕が痛む。だがそのおかげで、先程までのヤツの言葉を考えなくて済みそうだ。
「……俺は……守ってみせる……」
「やってみろよジークリード」
閃光を発動し、俺は九条へと駆け出した。
次回、閃光vs時壊。その決着は……?