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第235話 アイル、真実を知る

 〜天王洲アイル〜


 午前4時。私達は竜の逆鱗を手に入れるため、ダンジョン「雑司ヶ谷地下墓地」へと来ていた。初めてヨロイさんと出会った場所。こうしてまた来るとは思わなかったな。


 1時間ほどかけて私達はボス部屋へと辿り着き、ドラゴンゾンビ戦に入った。戦闘を続けるうち、チャンスが巡って来た。


 吹き出す毒霧ブレスをミナセさんのバリエルで防ぎ、暴れ回るドラゴンゾンビの口にユイさんがカラバの実を投げ込む。ドラゴンゾンビがゴクリと実を飲み込んだ瞬間、ドラゴンゾンビは2本脚で立ち上がり、首元からキラリと光る何かを落とした。


 ミナセさんがそれを拾い上げたのを確認してから私は速雷魔法(ラピッドショック)を発射した。


「グギャオ!?」


 バチバチと電撃を迸らせ動きを止めるドラゴンゾンビ。私は、剣を構えていたジークに向かって叫んだ。


「今よジーク!」


「よし……波動斬!!!」


「グギャアアアアアア!!?」


 ミナセさんとユイさんの強化魔法を受けたジークの波動斬。それがドラゴンゾンビの頭部に直撃する。ドラゴンゾンビはバタリと倒れ込むと、全身からレベルポイントを溢れさせた。


「はい、アイルちゃん」


 ミナセさんが逆鱗を渡してくれる。逆鱗は、角度を変えると色を変える不思議な見た目をしていた。ドラゴンゾンビのドロップアイテムだけど、これだけ見ると普通の竜から採取した物のように見える。


「外に出るまで油断するなよ」


「あ、待ってよ和巳(カズミ)!!」

「ブギ〜!」


 ツカツカと歩いて行くジークとそれを追いかけるユイさん。それを見ていたミナセさんは肩をすくめた。


「最近なーんかユイがカズ君に近いんだよねぇ」


「ユイさん、ジークのこと好きだったりして」


 冗談で言ったつもりだったけど、ミナセさんはあからさまに顔をしかめた。


「やめてやめて〜! 私はアイルちゃんやリレイラさんみたいに心広くないから! 姉妹で彼氏の取り合いとか勘弁だよ〜!」


 考えたくもないという様子のミナセさん。なんだか申し訳ない事言っちゃったな……。というか、私達ってそんな風に思われてたんだ。


 そんな事を考えていると、通路からユイさんがヒョコっと顔を出した。


「何やってんだよマイ〜! 置いてくぞ!」


 通路の奥からジークがミナセさんを呼ぶ声もする。この3人だとミナセさんが中心にいるんだな。


「ほら、そんな感じには見えないでしょ〜?」


 ミナセさんは肘で私をつつくと笑みを浮かべた。




◇◇◇


 帰り道に現れたスカルゴブリンを倒しながら出口へ向かう。ジークは、私達を庇って先行してくれていた。


 ジークのバルムンクがスカルゴブリンを一閃する。ガラガラと崩れる骨のゴブリン。周囲を確認したジークは剣を振るって鞘へと納めた。


「ありがとねジーク。先行してくれて」


「気にするな。それに……」


 少しジークが言い淀む。彼は恥ずかしそうに顔を背けて頭を掻く。


「天王洲は鎧の相棒だからな。傷付けたりしたら……俺は自分を許せない」


 ぶっきらぼうだけど優しい言葉。初めて会った時はとんでもないヤツだって思ったけど、きっとこっちが本当のジークなんだろうな。ヨロイさんの事もすごく信頼してくれてるし、それが嬉しい。


「お! 出口が見えてきた!」

「ブギブギ〜!」


 出口手前の広間。その先には外につながる階段が見えていた。階段に向かってユイさんが走り出す。しかし、彼女は部屋の中央で急に立ち止まってしまった。なんだか様子が変だ。私達は、急いでユイさんに駆け寄った。



「どうしたのユイさん?」


「……」



 無言のまま、ワナワナと手を震わせるユイさん。彼女の視線の先、階段の近くに1人の女の人が立っていた。青くて長い髪に、氷のように冷たい表情をした女の人。黒い手袋にパンツスタイルのスーツ姿……どことなく、その姿にリレイラが思い浮かんだ。なんでだろう? ツノが無いから人のはずなのに。


「あ、あの人……誰……?」


「スー」


 私の後ろにいたミナセさんが呟いた。



「久しぶり、2人とも」



 女の人が言うと、ミナセさんもユイさんも怒ったように叫ぶ。


「ふざけんじゃねえスージニア!!! 何のようだ!!」


「ユイを連れ戻すって言うなら私が……っ!!」


 2人とも敵意を剥き出して構える。ユイさんを連れ戻す? なら、あの人は九条商会の人間ってこと?


 ジークが、私を庇うように一歩前へと踏み出した。


「下がっていろ天王洲。ヤツは俺達がやる」


「で、でも……」


 スージニアと呼ばれた女の人は、ミナセさん達にはそれ以上興味が無いように私とジークへと顔を向けた。その瞬間、ゾクリと寒気がする。私達を物か何かと思っているような、そんな顔に。


 全身から逃げろと警告音が鳴り響く。彼女の力量は、私達からかけ離れているような気がする。


「お前達姉妹はどうでもいい。私は紫電の剣と、その剣の本来の持ち主の娘(・・・・・・・・)を回収に来ただけ」


「本来の持ち主の、だと……?」


 ジークが顔を真っ青にして私を見る。え、どういうこと? 何を言ってるの?



「よぉ、デカくなったじゃねぇか。ガキども」



 スージニアの後ろからもう1人現れる。同じような真っ黒なスーツを来た男が。彼はヘラヘラと嫌な笑みを浮かべると、ドカリと階段に座り込んだ。



「九条……テメェ……!!!」


 飛びかかろうとするユイさんを、ミナセさんが抱きしめるように止めた。ミナセさんが男を睨み付ける。


「九条……アラタ……やっぱりアンタもいたの?」


「悪りぃな。今日はお前ら姉妹と遊んでやる暇は無いんだ」



「何を訳わかんない事言ってんだよ!!」


 ユイさんの叫びに、九条アラタという男は肩をすくめる。


「はぁ……興味ねぇって言ってんだろ。どうでもいいんだよ。お前らの事なんかよ」


「ど、どうでもいい……? お前、自分がアタシ達に何をしたか」


「知らねぇな。あの状況を選んだのはお前達姉妹だぜ?」


 九条の答えにユイさんは声を荒げて走り出す。ミナセさんも同じだ。2人とも、怒ってる。だけど何かおかしい。九条の口調はワザと怒らせようとしてるみたいな感じがした。


「2人とも、ちょっと待」


「マイ、フォローしてくれ!!」

「分かった!!」


 2人は私の声を遮って走り出してしまう。強化魔法を使ったユイさんとミナセさんが、同時に九条へと飛び込んだ。



「させない」



 スージニアが右手を上げると魔法陣が現れ、そこから2体の狼が現れた。それは軽自動車くらいの大きさがあって、犬というより狼に近い形をしていた。2人の攻撃は、狼の体当たりで阻まれてしまう。



「ぐっ……やっぱウゼェなスージニアの能力……」

「なら障壁魔法で……っ!」



 2人が狼に反撃しようとした次の瞬間。



 九条が2人の前に現れた。一瞬。瞬きをした時には既にそこにいた(・・・・・)。何が起こったの? 速いとかいう次元を超えてる。気が付いたらそこにいたとしか言えないわ。


「なっ!?」

「速……っ!?」


「そういやこの力はお前らに見せてなかったな」


 九条が2人に蹴りを放つ。……放ったような気がした。そう思った時には2人とも苦しそうに地面に倒れ込んでいたから。


「な゛んだよ……これ……」

「い、痛い……」


 何……今の……。



 九条は、ユイさんの頭を踏み付けると蔑んだような顔で彼女を見た。


「お前は気に入ってたんだけどな。出て行っちまったらもう情も湧かねぇ」


「だ……まれ……」


「コイツがスキルイーターか」


「ブギ!?」


 九条が背後に視線を送る。そこには透明化していたキル太がいた。九条はキル太を何度も踏み付けた。ボロボロになったキル太がゴロリと倒れ込む。


「やめろ!!」


「なら寝てろ」


 九条がユイさんの腹部を蹴り上げる。


「かは……!?」


 空中に浮きそうなほどの強烈な蹴りに、ユイさんは血を吐いて動かなくなってしまう。


「ユ……イ……!!」


「お前もさ、一回見逃してやったんだから静かに暮らしてろって」


 ミナセさんの髪を掴んで地面に顔を叩き付ける九条。何度も叩き付けられ、ミナセさんも動かなくなってしまった。


「ミナセ! ユイ!」


 ジークが走り出そうとする。しかし、スージニアが私達の前に立ち塞がる。彼女が手を翳すと空中に魔法陣が3つ現れて、その中から3体の犬型の精霊が現れた。



「グァウ!!!」

「グウア!!!」



 狼が私達に襲いかかる。咄嗟に杖を構えようとした時、ジークが2体の狼を波動斬で吹き飛ばし、残った1体の噛みつきをバルムンクで受け止めた。


「ジーク! そのまま抑えてて! 私が決めるわ!」


 杖を構えようとした時、ジークが左手で私を制した。


「……逃げろ」


「え……何言ってるの?」


「お前を死なせる訳にはいかないんだ!! 早く逃げろ!!」


 ジークの様子がなんだか変だ。声が震えてる。ミナセさん達の事もあるけど、それにしても狼狽え方が異常だ。


 困惑していると、九条が私の方を見て声を上げた。その声はとても優しい物で、どこかで聞いた事があるような気もするものだった。



「カナ。迎えに来た。俺と一緒に賢人を助けに行こう」



「え」



 賢人ってお父さんのこと……?


 九条の声以外、何も聞こえなくなる。なんでこの人は私のお父さんの事を知っているの?


「天王洲!! ヤツの話を聞いてはダメだ! 九条がミナセ達に何をしたか聞いただろう!!」



「お前のせいでな」


「な、なにを……」



 九条が発した言葉で、ジークが後ずさる。襲いかかって来ていた狼が霧のように掻き消え、九条とジークが対峙する。ジークの表情は分からないけど、なんだか怯えているように見えた。


 九条がゆっくりとこちらへ向かって来る。


「ジークリード。俺の親友はお前のせいで死んだ。俺は……親友の賢人を蘇らせる為にあらゆる事をやってきた。ミナセも、ユイも、その為の犠牲だ」


 どういうこと……? ジークのせいでお父さんが、死んだ……?


 突然、背後に気配がした。いつの間にかスージニアが私の後ろに立っていて、私に囁いた。


「この男を庇ったせいで桜田賢人は死んだ。この男がいなければ、アナタは死んだ父親を探す事も無かった」


「そ、そんな嘘に」


「嘘じゃない。なら、なぜ私達が桜田賢人の事を知っている? 九条様の話は真実。嘘だと思うならジークリードに聞いてみるといい」


 聞いてはいけないと頭では分かっているのに、スージニアの言葉が入り込んでくる。視界がグニャリと曲がる。足に力が入らなくなってしまう。



「ウソ……お父さんがもういないなんて、そんなはず、ない……」



 でも、考えてしまう。いつまでも見つからない父親、私とお父さんの名前を知ってる九条達……私の事情はほとんど誰にも話していない。真実じゃないと、誰もそんな事言えないはず……。


 私は、今まで何をしていたの?


 ずっとお父さんがどこかにいるって信じてた。その為に探索者になるって……学校に入って、配信者になったのに……。


「わた、私は……何の為に……」


 もう、お父さんの声は聞けないの? 抱きしめて貰えないの? 私の中のお父さんは、小さかった時の記憶の中にしかいないの? あのぼんやりした思い出が、全てなの?


 お父さん。


 お父さん……なんで?


 なんで私を置いて行っちゃったの?


 涙が止まらない。息が苦しい。ジークが何かを叫んでるけど、何も聞こえない。


 ふらついて倒れそうになった瞬間、スージニアが後ろから私を抱きしめた。


「大丈夫。九条様はどんな事をしてもアナタの父親を助けてくれる。アナタの父親は蘇る。だから私達に協力して。アナタが最後の鍵。アナタが必要」



 お父さんが助かる? そんなのどうやって……。



 そう思った時、ジークが私達の前に飛び込んだ。スージニアが狼を召喚し、ジークがそれを波動斬で吹き飛ばす。そして、スージニアへ「お父さんの剣」を突き付けた。



「行ってはダメだ……俺は、お前を無事に鎧の元へ返さなければいけない。帰ろう、鎧の所へ」


 頭がグチャグチャになる。今までの事が次々に浮かんで、何も考えられない。



「ジークのせいでお父さんは死んだの……?」



 ジークが目を大きく見開く。なぜ否定しないの? なぜお父さんの剣を使ってるの? 



 不信感と嫌悪感が渦を巻く。信じたいと思っても、心がついていかない。



「そ、それは……」



 ジークが言い淀む。なんで目を逸らすの? こんなのは作り話だって言ってよ。



「ほら、言った通り」



 スージニアの囁きが、頭の中をグルグル回る。差し出されたジークの手がすごく嫌なものに見えてしまう。



「……事情はちゃんと説明する。だから今は!」



「い、いや……来ないで!」



 ジークが伸ばした手を反射的に弾いてしまう。弾いてしまうと、ジークの顔が固まった。それで全て悟った。全部本当なんだ。



 お父さんはずっと昔に死んでいて、それを私は知らなかった。知りもせず、配信者なんてやってたんだ。



 天王洲アイルでの日々は全部無駄だったんだ。



 全部嘘。私がやって来た事は全部意味が無かったんだ。ただ馬鹿みたいに笑って、前向きになろうって、人にいい顔して、アンチに酷い事言われても笑って流せば言いって言い聞かせて……。



 お父さん……。



「よくできた。後は私達に任せて」



 スージニアが私の顔に手を向ける。



睡眠魔法(スリープ)



 魔法がかけられた瞬間、猛烈な眠気に襲われて、私の意識は暗闇に落ちていく。




 意識が消える瞬間、ヨロイさんの事が脳裏によぎった。



 ヨロイさん。私……もう「天王洲アイル」じゃいられないよ……。






 次回はジークの視点でお届けします。1人九条と対峙したジークはどのように立ち向かうのか……?

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