第232話 アイル、プレゼントを探す
461さんとシィーリアが中野に行っている頃。
〜天王洲アイル〜
私はリレイラと一緒に秋葉原の方内武器店へと向かっていた。ヨロイさんの誕生日プレゼントを買うために。
先日、リレイラがコッソリと教えてくれたからだ。次の日曜日がヨロイさんの誕生日だって。
それで、ヨロイさんの誕生日パーティーをする事を思い付いた。だってずっとソロでダンジョン探索してた訳だし? サプライズでパーティをしたら絶対嬉し泣きするはず! ……多分。
それにタルパちゃんの事もあるしね。楽しいことに誘って元気出して貰いたいな。
よーし! 私が盛り上げるわよ!
私は気合いを入れ直した。
準備の事を考えると、シィーリアとヨロイさんが中野に行ってる今日しかプレゼントを探すチャンスは無い。最近のヨロイさん、秋葉原で探索用アイテムばっかり見に行くからプレゼントを選ぶ暇が無いのよね。
だからシィーリアに頼んでヨロイさんを連れ出して貰った。ナーゴはお店、ミナセさんとジークは救出任務、ユイさんはモモチーに配信に連れて行かれちゃったし……。
「ふふっ。シィーリア部長の顔、アレは絶対頼まれて嬉しいという顔だったよ」
リレイラが思い出したかのように笑う。
「シィーリア優しいわよね。ブツブツ言ってもちゃんと自分の仕事に合わせてヨロイさんを護衛にしてくれたんだから」
「彼女は面倒見がいいんだよ。本人は否定するけれど」
2人で話しながら歩いていると、目的の方内武器店に到着した。
ダンジョン探索が好きなヨロイさんなら、武器や探索に使えるアイテムの方が絶対喜んでくれるはず。
店へ入ると、方内兄妹のミネミちゃんが嬉しそうな顔をした。暇を持て余した所に知り合いが来たという様子……どうやらお兄さんのワタリは店を空けてるみたい。
「リレイラさん! アイルちゃんもお久しぶりッス!!」
元気な声。しかし、すぐにミネミちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「でもなんで一緒なんスか?」
「あ、そっか。ミネミちゃんには事情話して無かったわね」
「私達は今一緒に暮らしてるんだ」
リレイラが言う。ミネミちゃんはますます不思議そうな顔をする。
「ルームシェアッスか〜?」
ミネミちゃんなら言ってもいいかな? そう思ってリレイラを見ると、彼女がコクリと頷く。私はミネミちゃんに私達の状況を話す事にした。
……。
「え〜〜!? 461さんとリレイラさんが!? しかもアイルちゃんと同居!?」
ミネミちゃんが大きな声を出す。他に聞かれていないかヒヤヒヤしたけど、昼過ぎの方内武器店には私達以外は誰にもいなかった。ミネミちゃんは「ちょっと待ってて欲しいッス!」と言うと、カウンターの奥から丸イスを2つ出してカウンターの外へポンと置く。
「もっと詳しく教えて欲しいッス!!」
その後、私達はミネミちゃんの質問攻めに遭う、しばらく話し終えた後、ミネミちゃんは「あれ?」と言った。
「そういえば461さんは一緒じゃないんスね」
「そうなんだ。アイル君が内緒で買い物したいと言ってな」
「内緒で買い物?」
話そうとして、急に恥ずかしくなる。
「ヨロイさんが誕生日だからね、プレゼントしたいの。今までのお返しもかねて」
ずっとヨロイさんに沢山の事を教えて貰ったのに、私はほとんど何も返せてない。この前の海ほたるを攻略した時も、ブリッツアンギラとの経験があったから勝てたと感じて……急に思い立ってしまった。
事情を説明すると、ミネミちゃんは両目をウルウルと涙ぐませた。
「相棒想いッスねぇ……分かったッス! 予算を教えて欲しいッス!」
ミネミちゃんに予算を伝えると、彼女は3つのアクセサリーを出してくれた。
「アクセサリーはどうッスか? 戦闘を補助する効果付きなら男の人でも喜んでくれそうッス!」
ミネミちゃんが並べてくれたアイテムは3つ。
まず、黒鉄の腕輪。物理防御力15%上昇に加えて軽くて取り扱いもしやすい。もう1つは隼のアミュレット。これは速度10%強化。最後が紅玉の指輪。これはスタミナ上昇10%が付与されている。どれも値段が高いだけあって効果も強力だ。
でも……ちょっと気になってしまう。
「アクセサリーはヨロイさん付けないかも」
「ど、どうしてッスか!?」
「腕輪と指輪は装備すると鎧の可動を阻害しそうな気がしちゃうの。アミュレットは首元で揺れるし、戦闘中気が散っちゃうかなって」
「うう……面目無いッス……」
ミネミちゃんが申し訳なさそうにする。私も初めに気が付けば良かったな。彼女に謝って店内を見ていると、ふと、奥に気になるものがあった。
店内の奥に、ダガーとナイフが対になるように壁にかけられていた。ダガーは刀身が滑らかな曲線を描いていて、その刃はヒスイのように鮮やかな緑色をしてる。対してもう1つのナイフは燃えるような赤色。それが妙に気になった。
「あれは?」
「あぁ……今日入った商品ッス。曲がってるのが『クロウダガー』。赤いのが『ブレイジアナイフ』って言うッス。でもアレはッスねぇ……」
ミネミちゃんがダガーとナイフの説明をしてくれる。この二つは元々「クロウスラッシャー」というチャクラムのような武器と、「ブレイズナイフ」という名前のナイフが市場に出回ったものだったらしい。
武器の説明を見る。クロウスラッシャーは元々存在していたアイテムだけど、アレに使われたのは効果が違う特殊な物みたい。風の刃を帯びて壁に当たると反射すると書いてある。ブレイズナイフも炎を放つ事ができるとか。
どこで取れたのかも一切不明の謎のアイテム。特殊な効果があると話題になって、市場に複数本出回ったけど……1度使うと消えてしまうらしく、実際に使用される事は無くなって観賞用アイテムとして扱われていた。
だけど、最近になって1人の武器職人がそのチャクラムとナイフをかき集め、他の素材と混ぜ合わせることで加工。使用回数を撤廃することに成功したらしい。
「その代わり2本とも1点物ッス。ウチはその職人と知り合いだったから販売を任されたけど、高すぎるからオススメはできないッス」
「あの武器は……どこかで見たような気がする……」
後ろで黙って見ていたリレイラは、惚けたように2本の武器を見つめていた。
「知ってるのリレイラ?」
「うぅん……どこかで見たような気がするが……」
リレイラが頭を押さえる。彼女は少し顔をしかめると諦めたように頭を振った。
「……やはり思い出せない。もしかしたら、昔ヨロイ君と北関東のダンジョンを攻略していた頃に見つけた物かも。それにしても、気になるな……」
もう一度リレイラは2本の武器を見つめた。
ヨロイさんとリレイラが?
ここまでリレイラが気にしてるなんて、きっと何かあるんだわ。
……これほど相応しい武器は無い気がする。ヨロイさんはダガーとナイフを扱うし、過去に使ったことのある物なら尚更だ。
「あの武器はいくら?」
「2本セットで300万円ッス」
「さ……300万!?」
「そ、それはすごい額だな……」
リレイラと2人で顔を見合わせてしまう。いくら何でも高過ぎる。私の貯金全部足しても半分にも届かないじゃない……。
あああ……絶対ヨロイさんにピッタリの武器なのにぃ……この前高級ドローンを買った事が悔やまれるわね……ま、まぁあれは海ほたるに行く時に絶対必要なものだったけど。
「アイル君、そんなに無理をしなくても……」
「でも、アレなら絶対喜んで貰えると思うの!」
これは値段じゃない。今までヨロイさんに教えて貰った事への恩返しなんだ。絶対あの武器を渡したい。
でも、お金が……。
頭を抱えていると、カランとドアが開く音がした。ミネミちゃんのお兄さん、店主のワタリが帰って来た。
「あれ? リレイラさんとアイルさんが一緒なんて珍しい組み合わせですね」
「お兄〜話を聞いてあげて欲しいッス〜!」
ミネミちゃんと一緒にワタリへあの武器が欲しいことを相談してみた。
……。
「なるほどですねぇ……」
ワタリは考え込むように腕を組む。
「どうしてもアレを渡したいの! ワタリはあの武器を作った人と知り合いなんでしょ? 強力してくれない?」
「う〜ん……上手く行くか分からないですが良い方法がありますよ」
ワタリは立ち上がると、カウンターの裏からゴソゴソとノートを取り出した。
「何か手があるの?」
「あの武器は販売委託された物と言いましたよね? だから値段を決めたのも職人……その制作者本人に直接交渉すれば値引きして貰えるかも」
「!? やるわ! その職人の居場所を教えて!」
カウンターに身を乗り出すと、ワタリはびっくりしたように仰け反ってからメモを書いて渡してくれた。
「ここです。ここにその人の工房があります」
「ありがとう2人とも!!」
メモを受け取って、私達は工房へ向かった。
◇◇◇
その後、秋葉原の外れを進み、神田明神を抜けて御茶ノ水の方へ向かった。職人の工房は小さな場所で、中では1人の職人が黙々と作業していた。
「なんだ武器の強化……って、天王洲アイルか!?」
職人は、驚いたように声を上げた。
事情を説明して、ヨロイさんにプレゼントしたいと伝えると、職人はひどく嬉しそうな顔をした。
「マジかぁ……マジかぁ……俺の武器が461さんに? 夢かこれ!!」
職人は何度も何度も頬をツネって確かめる。不思議に思って聞いてみると、ヨロイさんの攻略をずっと見ていたファンの人らしい。あの武器も、元々ヨロイさんがダガーとナイフを使っていたのを見て作った一品だと教えてくれた。
これはチャンスだと思った私は、職人さんに値引き交渉をしてみた。職人さんは、金額を下げる代わりに条件をくれた。
彼が紙にメモしてくれた素材を手に入れたら、金額は3分の1にしてくれるという破格の条件だった。
その紙に書かれていたのは「竜の逆鱗」。普通の探索者だと中々手に入れられない希少なアイテムらしいけど、ジーク達も協力してくれるんだ。絶対手に入れてみせる。明日はみんなと作戦会議しないと。
私達は、ヨロイさんの誕生日前日にまた来ると伝えて、工房を後にした。
◇◇◇
「だからね? 明日の夜はヨロイさんとデートして貰っていい? みんなと竜の逆鱗を手に入れる作戦会議したいから」
「ああ、仕事もだいぶ落ち着いたからな。早めに切り上げるよ」
帰り道、リレイラと作戦会議しながら歩いていると、彼女が喫茶店に入ろうと言った。末広町の交差点から上野方面へしばらく歩いたホテル。その1階に構えた喫茶店に私達は入った。
「ここのお店はホットケーキが有名なんだ」
店員はリレイラと顔馴染みらしく、彼女が入ると目立たない1番奥の席へと案内してくれる。メニューを見て迷ったが、私は濃厚チョコレートホットケーキとカフェラテ、リレイラはレアチーズホットケーキとコーヒーを頼んだ。
どんなホットケーキなのかワクワクして待っていると、リレイラが真剣な顔で言った。
「アイル君、君はヨロイ君に何も返せていないと言っていたが……そんなことないよ」
「え」
「彼がアスカルオを毎日手入れしてるのは知ってるだろう?」
ヨロイさんは毎日アスカルオを欠かさず手入れしている。その事を思い出した時、リレイラは私の事をジッと見つめた。
「アレは伝説の武器だからじゃない。君が彼の為に頑張って、2人でハンターシティを優勝して手に入れた物だからだよ」
コーヒーとカフェラテがテーブルに運ばれる。リレイラは、コーヒーを一口飲んで、言葉を続けた。
「だから今回無理をしてあの武器を手に入れなくても良いと思うんだ。なんだか、アイル君が焦っているように見えてしまって……」
リレイラは彼女なりに私の事考えてくれてたんだ。それがすごく嬉しくて、でも恥ずかしくて私は俯いてしまった。
「……ありがとう。でもね、あの武器を見た時ビビッと来たの。アレはヨロイさんが持つべき物だって。だからね、これは無理じゃないよ? 私がそうしたいだけ」
「そうか。私の心配しすぎだったかな」
「そうそう。リレイラは気にしなくても……って多いわね!?」
ホットケーキが届いて、そのボリュームの多さに思わず驚いた。リレイラは、イタズラをした女の子みたいな顔で「ヨロイ君には内緒にしよう」と言った。こんなにすごいスイーツを2人の秘密にするのもなんだか楽しい。
……ヨロイさん、プレゼントもサプライズも喜んでくれるかな?
私は、ヨロイさんがあの武器を装備してるところを想像して、ドキドキした。
次回はジークリードの閑話です。アイルとの作戦会議に向かう日の朝。ジークはユイから探索者になった経緯を聞かれて……?
※サブタイトルを変更しました。
また、本作がカクヨムコン10 現代ファンタジーランキング34位にランクインする事ができました。書籍化目指してさらに上に登りたいので、もしカクヨムの方にもアカウントがある方がいらっしゃったら作品フォローや評価頂けないでしょうか?レビューなどもお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。