第231話 新興宗教シィーリア教
時間は遡り、タルパマスターがシンの電話を受け取る数日前。
〜461さん〜
「瑠璃亜。預けておった竜人達の様子はどうじゃ?」
「はい。皆徐々にですがこの世界に慣れて来ておりますよ。こちらへ」
俺は、シィーリアに依頼されて護衛として亜沙山瑠璃亜のいる中野ブロードウェイへと来ていた。
以前ジークから聞いた話だと、池袋ハンターシティの後、シィーリアは亜沙山瑠璃愛と一触即発の所まで行ったとか。だから今回中野に誘われた時は正直驚いた。彼女達の関係が繋がっている事に。
シィーリアの話によれば、新宿迷宮から助け出した竜人25名を瑠璃亜に預けたそうだ。竜人はエルフのフィリナとは違い、この世界の人間から姿も常識もかけ離れている。だからこそ中野から徐々にこの世界へと慣れさせるつもりらしい。やがてフィリナと同じく探索者として保護するために。
瑠璃亜と彼女の付き人である初老の男、式島に案内されてブロードウェイの地下1階へと降りる。その一画には居住スペースがあり、竜人達が日常生活を送っていた。一部の店舗を改造してホワイトボードに机を並べた学校のようなスペースもあった。そこでは竜人達が講師からこの世界の常識を学んでいるという。なぜかホワイトボードには都内の路線図が貼られていた。
「ヒュリス! 真面目に話を聞け!」
「え〜だってさ、なんでこんなゴチャゴチャした地図みたいなの覚えなきゃいけないの?」
「まずは東京の地名をだな……」
ヤクザみたいな見た目の講師とピンク色の肌をした竜人が揉めている。学校みたいな光景のはずだが……なんか妙に面白いな。
(なぁシィーリア? 亜沙山一家に教育任せて大丈夫なのか?)
(大丈夫じゃ。ここで学ぶのはキッカケで良い。詳細に教育を施すのはもっと慣れてから……)
「シィーリア様は私を信用して下さらないのですね……」
シィーリアの肩からぬっと顔を出した瑠璃亜。彼女はシクシクと泣き真似のようなポーズをとった。シィーリアが驚いたように彼女から距離を取る。
「彼らを信頼して預けて下さったシィーリア様のため、私はどこに出しても恥ずかしくない日本人に教育しようと思いましたのに……」
「日本人って……妾はそこまで頼んでは……」
対峙している2人を横目に奥を見ると、ヤクザがカチャカチャと抹茶を立てている。それを向かい合った竜人が飲んでいた。
「おい、あそこの竜人茶道みたいのを習ってるぞ……」
周囲をよく見ると、教室だけではなく、茶道の他に剣道、柔道、華道と純日本的な教育を施す施設ばかりが立ち並んでいた。
しかも、どこの壁にもシィーリアの肖像画が大きく貼られている。竜人達は、なぜかシィーリアの肖像画の前を通る時に一礼してから通り過ぎていた。
「な、何じゃこれは……!?」
シィーリアがゾッとした顔をする。肖像画のシィーリアは凛々しい表情をして明後日の方向を見つめていた。
「もちろん。シィーリア様に反抗する事なきよう徹底的にせんの……教育する為です。私はシィーリア様に忠誠を誓った身。これくらいのせん……教育を施すのは当然の事ですよ」
(今、洗脳と言わんかったかの?)
(いや、俺に聞かれてもな……)
「もちろん亜沙山の人間も皆シィーリア様にお仕えする自覚を持つよう、私自身もシィーリア様を愛するため部屋にシィーリア様の肖像画を飾り、シィーリア様の写真に平伏し、シィーリア様の笑顔に毎朝挨拶をしているのです。はぁはぁシィーリア様……はぁはぁ……本日も愛らしゅうございますシィーリア様はぁはぁ……!!」
話しているうちに瑠璃愛の様子がおかしくなっていく。頬を赤らめ息を荒くした彼女はジリジリとシィーリアににじり寄った。
「や、やめろ!! 妾はそんなこと頼んではおらんのじゃ!!」
「シィーリア様ああああ!!!」
瑠璃亜は目をギラつかせてシィーリアに抱きつこうとした。
「のじゃああああああ!?」
シィーリアはそれを躱して逃げ出し、瑠璃亜は頬を紅潮させながらシィーリアの後を追いかけていった。
「なんだありゃ……瑠璃亜はシィーリアとバチバチにやり合ったんじゃなかったのか?」
「まぁ……お嬢はずっとトップに立つプレッシャーを感じていたからな。あの娘なりの子供らしさだと思って何も言わないようにしている」
式島が胸ポケットからタバコを取り出し火を付ける。フーッと煙を吐き出した時、彼の肩を竜人がポンポンと叩いた。式島が「なんだ?」と嫌そうな顔をすると、肩を叩いた竜人が壁に貼られたポスターを無言で指差した。
そこには瑠璃愛が両手でバツ印を作った写真と「喫煙禁止!!※違反者罰金15万!!」と大きく書かれていた。
「……」
式島は、無言でタバコを握り潰した。
「まぁ……お嬢はずっとトップに立つプレッシャーを感じていたからな。あの娘なりの子供らしさだと思って何も言わないようにしている」
式島は、今のやり取りが無かったかのように先程と同じ話を振った。
「おい、今の」
「言うな」
式島は、有無を言わさず話を終わらせた。
「シィーリア様あああああご寵愛をおおおおお!!」
「嫌じゃああああああああああ!?」
広い中野ブロードウェイの中を瑠璃亜の嬌声とシィーリアの悲鳴が響き渡る。シィーリアは俺の所まで戻って来て俺の背後に隠れた。それを瑠璃愛が捕まえようとして2人の少女が俺を中心にグルグル回る。
一見すると歳の近い少女達が遊んでいるようだが、どちらの表情も必死過ぎて怖い。
……。
亜沙山ってこんなに馬鹿っぽい集団だったか?
◇◇◇
最初は心配していたが瑠璃亜の竜人教育は意外に上手く機能していた。司祭を信奉していた竜人達は新たな崇拝対象を突きつけられたことに加え、瑠璃亜の狂信具合を目の当たりにしたことで冷静に自分達を振り返ることができたそうだ。
教育を受けている中にはラムルザが助けたミュゼという女魔導士もおり、ラムルザの時に出会った竜人達に礼を言われた。今回俺がシィーリアに呼ばれたのは、ミュゼ達が俺に会いたいと言ったかららしい。
一通り竜人達を見て回った俺達は、4階の応接室へと通された。そのテーブルには複数のボストンバッグが並べられていた。
「こちらに彼らから集めた武器とアイテムをまとめております。彼らが探索者となる際には我ら亜沙山で手に入れられる武器類を渡す予定です」
瑠璃愛がすっかり元に戻った様子で報告をする。シィーリアがボストンバッグを開けて中身の確認を始めた。
「武器は中々の業物じゃな。装飾品類もこちらではまだ流通していない符呪がある。それと、この魔法の巻物は……?」
シィーリアが巻物の中を覗き込んでため息を吐く。
「レベルドレインが込められた巻物か。厄介な物を残してくれたのう……」
「ですから管理局へと引き渡すようにしたのです。疑われたりすればたまりませんので」
シィーリアが書類に受け取りのサインをする。彼女は、ボストンバッグを掴むと俺に差し出した。
「ホレ、持つのじゃ」
「へいへい。ていうかジーク達はどうしたんだよ?」
「ジークとミナセは救出任務、ユイとアイル、リレイラには別の仕事を頼んだのじゃ」
ため息を吐きながら言うシィーリア。その口調はなんだか変だった。聞いても無いのにアイルやリレイラさんのことまで……まるで台本を読むようだ……なんでだ?
シィーリアがチラチラとスマホを見る。そして何かを確認するとホッと胸を撫で下ろすようにした。
(全くアイルのヤツ、妾を顎で使いおって……)
「どうした?」
「なんでもない。仕事は終わったのじゃ。そろそろ帰るかの」
「シィーリア様! 次はいつ来られるのですか!?」
「お主が元に戻るまで来ぬのじゃ!」
「そ、そんなぁ……」
部屋を出る時、瑠璃愛はガックリと肩を落とした。
◇◇◇
〜式島〜
461とシィーリアが帰った後、お嬢は来客用の椅子に深く腰掛けた。
「どうでしたか式島。私の演技は」
「はい。上出来だったかと」
「ふふっ。これでシィーリア様も私を心から信頼するでしょう。亜沙山の地位も安泰です」
お嬢が不敵に笑う。彼女なりの計算だったのだろう。
……。
そう、俺達に恥ずかしい姿を見せた事を取り繕うという、な。
俺は知っている。お嬢が昨日から楽しみで夜も眠れなかったこと、そして、あの醜態はお嬢の本心であった事を。
以前やり合ってからシィーリアはお嬢をいつも気にかけ、仕事を与え、よく可愛がっているようだった。友達という存在がいないお嬢はその信頼に対して友情と忠誠を混ぜて応えてしまっているようだ。
……まぁ、可愛いもんだ。こういう時は。
「何を見ているのですか式島。もう下がって良いのですよ?」
「はっ」
応接室を出て行く。お嬢のすましたその顔は、いつもと違って年相応の少女のように見えた。
次回、一方その頃リレイラとアイルは……?というお話。どうやらアイルは461さんを祝いたくてしょうがないようです。
次回は12/26(木)12:10投稿です!