第225話 覚醒した力
〜タルパマスター〜
階段を全て登り切ると、そこは中央にポッカリと大穴の空いた空間だった。深くまで続いた大穴は、覗き込んでも底が見えない。
その大穴を包むように配置された足場は、道幅の広い輪っかみたいだ。周囲を見渡し、もう一度大穴に目を向けると、その中央に……丸い球体みたいな物が出現した。ユラユラと揺れる大きな球体が。
「何あれ?」
「なんでしょう?」
アイルさんと顔を見合わせていると、461さんが私達を庇うように一歩前に出た。
「触手か尻尾か……いずれにせよ、ここのボスはかなりデカいな」
「え?」
アイルさんが疑問の声を上げた時。
球体が一気に頭上へと飛び上がった。
「ギュアアアアアアアアアアア!!!」
地面が揺れる。轟く鳴き声。その声の大きさに思わず耳を塞いでしまう。
「な、何よあれ!!?」
大穴から赤いトカゲみたいなモンスターが顔を出す。いや、トカゲじゃない? 焦点の合わないギョロリとした目に、両頬の青いエラ。そのエラから血飛沫みたいな物がバシャリと噴き出した。
ポイズン社長のDVDで見たヤツに似てる。確か、蒲田に出て来た……怪獣映画の……。
というか、大きい……このボスだけでイァク・ザァドに迫るほどの大きさがある。こんなの……私達だけで倒せるの?
怪獣が大口を開ける。その口から、糸みたいに細くなった水流が発射された。
「ギュアアアアアアアアアアア!!!」
「飛べ!!」
461さんが私とアイルちゃんに覆い被さるように地面に飛び込んだ。頭上にレーザーみたいになった水流が通り過ぎる。通り過ぎた瞬間、私達の立っている通路が真っ二つに切り裂かれた。バキバキと崩れる足場。足場が崩れたせいで、元来た階段を降りるにはこの丸い通路をグルっと一周しなくてはいけなくなってしまった。
〈!!?!?!!!?〉
〈威力高すぎぃ!?〉
〈え? カマタくん?〉
〈全然違うだろ。尻尾にあんな球体無いし〉
〈色も違うし〉
〈節穴か?〉
〈ヒェッ!?特撮ヲタ怖いンゴ……〉
〈そんなことどうでもいいのよ!!〉
〈普通のウォーターカッターじゃないぞ!?〉
〈水竜ゼクォン。ヤツの水圧ブレスは体内で水を圧縮し、魔力を混合する事で威力を上げている:wotaku〉
〈ヤバすぎなんだ!?〉
〈あんなの逃げるしかないお!〉
「ギュアアアアアアアアアアアア!!!」
「走れ!! 足場がぶっ壊されるぞ!!」
起き上がって全力で走る。コメントで言っていたゼクォンという水竜は、私達を追うようにブレスを吐き続けた。背後を通り過ぎるいくつもの線。それがいくつも足場に直撃し、私達の真後ろでガラガラと音を立てながら崩れていく。
「このままじゃあの大穴に落ちちゃうわ! タルパちゃん! またアレやってくれない!? 3人とも乗れて空飛べるヤツお願い!」
「分かりました!」
走りながら考える。3人乗れるもの、3人、3人乗れて空を飛ぶ……。
魔法障壁の外、海の景色が目に入った。脳裏に一瞬サメが映る。
「空想魔法!」
ポンッという音と共に、私達の目の前にサメクマが現れた。
「シャアッ!!」
サメクマが情けない感じの威嚇ポーズを取る。サメクマは、走り抜ける私達を見送ると、崩れる足場と共に下へと落ちていった。
「シャア〜!?」
〈!!?!?!?〉
〈おいwwwwww〉
〈何やってんの!?〉
〈可愛いんだ!!〉
〈焦ってるからか?〉
〈そんな事言ってる場合じゃないやろ!〉
〈このままじゃ落ちるお!〉
〈なんかスゲーヤツ出して!〉
「ちょっ!? タルパちゃん!?」
「ご、ごめんなさぁあああい!!」
しまった……焦りすぎて……せっかく空想魔法の魔法名を使ったのに! サメクマが……!?
どうしようどうしようどうしよう!? 空を飛べる物って何!? ホントにサメを出してもニドロックフィッシュみたいに泳げるか分からないし……あ、ニドロックフィッシュを出せば……ってあの針が邪魔で上手く乗れないかも!? あああぁぁぁ……!? 走ってるから全然頭が回らない……!?
走りながら頭を抱えていたら、体がフワリと持ち上がる。目の前にフルヘルムの男の人。461さんが私を横抱きに抱き上げてくれていた。
「え、あ、461さん!?」
「悪りぃな。シンに会ったらちゃんと謝っとくから今は我慢してくれ。俺も絶対コイツ倒したいんだ」
461さんがチラリと私に顔を向けた。461さんは自分がやりたいから私を助けてくれると言っていた。仲間だからって。それはきっとシン君も……461さんもシン君に会いたいんだ。
その思いに応える為にも、私は私の役割を果たすんだ。
「はい……大丈夫です。がんばります」
〈お姫様抱っこよ!?羨ましいわね!〉
〈僕もお姫様抱っこされたいのだ!!〉
〈ん?〉
〈なんか見たことある語尾のヤツおるぞ?〉
〈僕もされたいんだ!!〉
〈なんだブギハメか〜〉
〈僕じゃないんだ!偽物なんだ!〉
〈そっちが偽物なんだ!〉
〈どっちか分からないお!?〉
〈どした?〉
〈常連の偽物が出たらしい〉
〈草wwww〉
〈お前ら戦闘見ろよw〉
「アイル、氷結晶魔法当てれるか?」
「あんなデッカい的なら絶対外さないわよ」
「よし、ならそれでヤツの首を狙え。距離を取るぞ」
「オッケー」
アイルさんが杖に魔法を溜める。彼女の周囲がゆらりと揺れる感じがして、周囲のマナに魔力を送っているのが分かった。フィリナさんが言った通り、アイルさんは無意識にマナを扱えてるんだ。
魔力がマナを変質させ、冷気が溢れ出す。それがアイルさんの杖に集まる。アイルさんは、走りながら杖をゼクォンに向けた。
「氷結晶魔法!!」
放たれる氷の礫。それがゼクォンの首に直撃すると、その首をパキパキと凍り付かせた。
「ギュオオオオオオアアアアア!!!」
首が凍ったせいで、水圧ブレスの狙いが固定される。首が固定されたまま、ゼクォンは一箇所に水圧ブレスを打ち続けた。水圧ブレスから距離が取れて、少しだけ心に余裕ができる。
その時、私はある光景が思い浮かんだ。
彼女の氷結晶魔法を見た瞬間、脳裏にアレが映った。池袋ハンターシティに出た時、私の頭上を飛んでいったアイツ……大型モニターで見た、アイルさんが氷結晶魔法を撃った時の光景を。
「サンキューなアイル」
「えへへ〜! 当然よ!」
そうだ、アレなら3人乗れそうな大きさだし、空を飛ぶ。私が見た事あるものなら空想魔法で再現できるかも……。
意識を集中する。461さんが私の代わりに走ってくれてるから集中しやすい。足りない造形はパララもんの家で見たゲームで補う。ゲーム画面で見た炎の不死鳥。アレを参考にすれば。
魔力とイメージを積み上げ、私は魔法名を告げた。
「空想魔法」
魔法名を告げた瞬間、頭上に大きな翼が現れた。
その翼がはためく度に氷の結晶が空を舞う。その粒の1つ1つがダンジョンを包む魔法障壁の光に照らされ、キラキラと輝いた。
その生物は、私達の前に降り立つと、もう一度翼を広げた。
「コイツ……」
「こんなのも出せるの!?」
461さんとアイルさんが驚いたような顔をする。その顔を見て安心した。イメージ通りの物を出せたのだと。
「キュオオオオオオオオオオオオン!!」
青い不死鳥の甲高い鳴き声がダンジョン内に響き渡った。
〈!!?!?!!?!?〉
〈アイツ池袋のヤツやんけ!!〉
〈嫌な思い出なのだ!?〉
〈461さん達が戦ったボスなんだ!?〉
〈ケープスフェニックス……:wotaku〉
〈ヤババババババ!?〉
〈召喚した!?〉
〈あの不死鳥を模して作り出したのか:wotaku〉
〈そんなんできるんかよ!?〉
〈そういやタルパちゃんハンターシティ出てたもんな!〉
〈モンスターも召喚できんの!?〉
〈チートやんけ!〉
〈タルパちゃん強すぎぃ!?〉
〈嫌いじゃないわ!!〉
「キュウウ……」
461さんに降ろして貰って、不死鳥へ近付く。青い不死鳥が甘えるように私へ顔を擦り付けてくる。その頭を撫でて「背中に乗せてね」と伝えると、不死鳥はコクリと頷いた。
その時、バキバキと音がしてゼクォンの首を覆っていた氷にヒビが入った。
「乗って下さい!」
私、アイルさん、461さんの順で不死鳥の背に乗って空へと飛び上がる。大きな翼で海底ダンジョンを飛ぶ不死鳥。私達の周囲には大量のコメントが流れた。
〈なんやこれ!?〉
〈海の中を鳥が飛んでいるのだ!?〉
〈不思議な空間なんだ!〉
〈めっちゃおもろいwww〉
〈ゲームかよw〉
〈イベント戦みたいになってるお!〉
〈熱すぎてクラクラしちゃう!?〉
〈ネキがw〉
〈タルパマスターBランクと違うだろこれ〉
〈ボスが動き出したぞ!?〉
ゼクォンが首を払い、拘束していた氷が剥がれ落ちる。
水竜ゼクォンが大穴から飛び上がり、その全身を曝け出す。あの大口にトカゲのような体。球体の付いた尻尾を大穴に入れて、怒ったように雄叫びを上げた。
「ギュオオオオオオオオオオオオ!!!」
私達を見失ったのか、水圧ブレスを無茶苦茶に発射するゼクォン。その隙間を縫うように飛んでいると、461さんが叫んだ。
「ダンジョン中央に誘導しろ! そこなら俺も戦える!」
「分かりました!!」
連続で水圧ブレスを発射するゼクォンへアイルさんが電撃魔法を撃ち込む。再び私達に気付いたゼクォンが私達を追いかけ始めた。ドスドスと手脚をバタつかせながら、石舞台を破壊して追いかけて来るゼクォン。ヤツは、怒ったように雄叫びを上げた。
「ギュオオオオオオアアアアア!!!」
振り返ってヤツを観察していた461さんがブツブツと独り言を呟く。そして、何かの考えに至ったのか、アイルさんを見た。
「アイル。もう一度氷結晶魔法いけるか?」
「ブリッツアンギラ戦の応用ね」
〈アンギラちゃんなんだ!?〉
〈品川のヤツか〉
〈反応してるヤツいるw〉
〈懐かしいな〉
〈アーカイブで見たわ!ぶっといヤツよね!?〉
〈ネキwww〉
〈そうか、凍らせてから強烈な一撃を浴びせれば……:wotaku〉
〈なんか作戦ありそうだお!〉
〈期待〉
〈みんな頑張ってぇ……〉
〈応援なのだ!〉
「俺達ならやれる。一撃で決めるぞ」
「フォローは私とタルパちゃんでするわ」
不敵な笑みを浮かべるアイルさん。すごい……このやり取りだけで作戦が伝わってるの? この2人は本当に通じ合ってるんだ。
「タルパちゃん! この子って氷結ブレスは使えるの!?」
「本物より威力は劣るけど使えるはずです!」
「分かったわ! 461さん、行って!!」
461さんは、コクリと頷いて腰からボトルを取り出した。アレは……ナーゴさんの最大魔力上昇ドリンク? 口元の装甲をカシャリと開いた461さんは、ドリンクを一気に2本飲み干した。その行動で、彼が何をやるつもりなのか分かった。
「あ〜流石に一気飲みは腹に溜まるな……っし。後は任せたぜ2人とも!」
461さんに頷いて返す。彼が降りやすいように中央の石舞台ギリギリまで高度を下げる。461さんが地面に飛び降り、着地の衝撃を逃すようにローリングした。
「しゃあ! 来いよエラ野郎!!」
ゼクォンが461さんに喰らい付く。しかし、彼はそれをサイドステップでギリギリで躱し、その右眼にアスカルオを突き刺した。
「ギャアアアアアアアアアアア!?」
暴れ回るゼクォン。ヤツが両腕を叩き付ける。461さんがローリングで回避する。その攻撃は苛烈だった。何度も脚を叩き付け、その牙で461さんを噛み砕こうとする。だけど、461さんは全ての攻撃を的確に避け、攻撃の終わったタイミングを見計らったようにアスカルオで斬撃を放つ。
攻撃する度に傷付くゼクォンが苛立ったように右腕を大きく振りかぶった。
「三重発射!!!」
その瞬間を狙ったようにアイルさんが速雷魔法を放つ。一瞬だけ動きを止めるゼクォン。アイルさんが私をチラリと見て「今」と呟いた。その意味に気付いて不死鳥をゼクォンの右腕に向かわせる。
「アイツの攻撃を止めて!!」
「キュオオオオオオオオ!!!」
青い不死鳥は、その強靭な両脚でゼクォンの右腕を掴むと、クルリと横に回転してその腕を捩じ切ってしまう。ゼクォンが苦しみの声を上げた。
「グギャアアアッ!?」
〈すげえええええええ!?〉
〈あんなに大きいボスを押してるんだ!〉
〈さすがなのだ!〉
〈タルパマスターすごE〉
〈不死鳥強え!!〉
〈コンビネーションが素晴らしい:wotaku〉
〈ヤバ……アイルちゃん立派になって……〉
〈泣くなよw〉
〈てか461さんも凄すぎだろ!〉
「ギュアアアアアアアアアアア……ッ!!!」
怒りが頂点に達したのか、ゼクォンが461さんに狙いを定める。水圧ブレスを放つ為、その大口を開けた。
「来たわね……っ! タルパちゃん! 私の合図でアイツの口に氷結ブレス撃てる!?」
不死鳥に「できる?」と話しかけると、不死鳥は肯定するように「キュオン」と鳴いた。
「やれます!」
「オッケー! それじゃあいくわよ!」
不死鳥を反転させて、軌道をゼクォンへと向ける。
ふと、461さんを見ると、彼はアスカルオを下段に構えていた。オーラのようになった赤黒い魔力が、聖剣の刀身へと集約していく。
「ギュオオオオオオオオオ!!!!」
ヤツが水圧ブレスを発射しようとした時、アイルさんが叫んだ。
「今よ!!」
「はい!!」
アイルさんが氷結晶魔法を放ち、不死鳥が氷結ブレスを発射する。水圧ブレスを放とうとしたゼクォンにそれが直撃し、ボスの体は一瞬にして凍り付いた。
「ヨロイさん!」
アイルさんの叫びで、461さんがアスカルオを斬り上げる。刀身に圧縮された魔力は、彼が技名を告げた瞬間、真っ赤な光を放った。
「ストルムブレイド!!!」
放たれる赤い斬撃。それがゼクォンへと直撃する。
直後。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!?」
ゼクォンの叫び声がダンジョン内に響き渡り、凍り付いたその体は粉々に吹き飛んだ。
ボスを倒した461さん達。次回、タルパはドローンを通して世界へ、そしてシンへ自分の想いを……?
次回は12/16(月)12:10投稿です。よろしくお願いします。
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