第222話 海ほたるへ
〜461さん〜
海ほたる攻略当日の土曜日。
俺とアイルとタルパは早朝に霞ヶ関を出発した。リレイラさんが管理局から借りてくれたミニバンの後部座席に装備類を詰め込み、リレイラさんの運転で海ほたるへ。
ふとサイドミラーを見ると私服にヘルム姿の俺が映った。運転席にはスーツ姿のリレイラさん。後ろには私服のアイルとタルパ。装備類は到着してから準備する段取りになっている。こう改めて並ぶと俺だけ完全に不審者だな……。
「461さんはヘルムを外さないんですか?」
タルパが不思議そうな顔で聞いてくる。
「自分の顔見られるの苦手なんだ。俺、昔引きこもってたからさ」
「え!? 461さんにそんな時期があったんですか!? 意外!」
驚いたようなタルパの声。その様子にリレイラさんは小さく笑い声を漏らした。
「ヨロイ君は探索者になるまで大変だったんだ。体力が無かったから泣き喚くヨロイ君に無理やりトレーニングさせたり……」
「ちょっ!? その話は今は無しで!」
「え〜! 私は聞きたいわよ?」
「私もです! 聞いてみたいです!」
アイルとタルパにせがまれてリレイラさんが昔の話をする。やめてくれ……。
出発早々、俺は妙な辱めを受けた。
管理局の車両の為、霞ヶ関から下道を走り、霞ヶ関トンネル入り口から首都高へ。
休日だと言うのに首都高はガラガラで、トラックが走っているくらいだ。ダンジョンの影響で東京の観光産業は壊滅したと聞いていたが、こういう光景を見るとはっきり分かるな。
「運転は久しぶりだから少し緊張するな」
少し固い声のリレイラさん。助手席から見る彼女の横顔を見ると、なんだか込み上げて来るものがある。俺とリレイラさんで北関東のダンジョンを攻略していた頃は、いつもリレイラさんの運転でダンジョンに行ったな。
リレイラさんは、横目で俺を見ると、笑みを浮かべて少し窓を開いた。外から入る冷たい風と彼女の香り。彼女も同じ事を思っているような気がした。
「懐かしいか? ヨロイ君」
「……なんか、嬉しいですね。昔に戻った気がして」
「ふふっ、私もだ。遠征する時はこういうのもいいな」
彼女の顔を見てつい恥ずかしくなってしまう。そんなやりとりをしていると、席の真ん中からアイルがぬっと顔を出した。若干頬を膨らませて。自分だけ仲間外れで怒ってるな、これは。
俺の視線に気付いたアイルは少し恥ずかしそうにして言った。
「ねぇリレイラ? 海ほたるまではどれくらい?」
「1時間と少しだな。混んでもいないし予定通り到着できるだろう」
海ほたるについてはこの1週間で調べた。東京湾に浮かぶサービスエリア。海底トンネルを抜けて入るそこは、上空から見るとまるで孤島のように見えるのだそうだ。
ただ、海ほたる自体は通常のサービスエリアで、ダンジョンという訳じゃない。海ほたるのさらに神奈川県寄りに存在している風の塔。そこに海底ダンジョンへの入り口が出現している。
「海ほたるの展望デッキに風の塔へ渡る転移魔法陣がある。そこから風の塔へ渡り、風の塔にあるもう一つの魔法陣から海底ダンジョンに入るんだ」
リレイラさんが説明してくれる。これは、海底ダンジョンがこの世界に転移する際に座標がズレてしまったかららしい。だから1番近い海ほたるから風の塔を経由するという形で管理局が魔法陣を設置した。さらに、風の塔に設置された魔法陣は特殊なものだという。
海底ダンジョンは入り方まで凝ってるな。楽しみだぜ。
リレイラさんがコホンと咳払いをする。彼女は、真面目な口調で続けた。
「事前に言ったとおり、海ほたる海底ダンジョンの難易度は渋谷並みの高難度。だが、今の君たちなら大丈夫だろう」
通常の探索ならジーク達も誘いたい所だったが、今回の目的はあくまで注目を集めた上でタルパのメッセージを発信することだ。タルパに注目を集める為に俺達だけの攻略にした。その代わり、ジーク達には別の方面で協力して貰うことになった。
「その拡散っていうのは大丈夫なのかアイル?」
「もっちろん!! ミナセさんにパララもんに鯱女王まで拡散に協力してくれるって!」
「鯱女王が……?」
タルパがまさかと言うような顔をした。
「信じられない……自分の事しか考えてないような人なのに」
すげー言われようだな……タルパは鯱女王と行動共にしてたし、相当振り回されたりしたのかもしれないな。
「それがね、好きな人にメッセージを伝えたいって言ったらね『……気持ちが分かるから協力してあげる』って言ってたの! あの鯱女王が! ビックリよね!」
アイルが手で髪を後ろに束ねて、目を吊り上げながら低い声で鯱女王の台詞を言う。良く特徴を捉えていて思わず笑ってしまう。
というか鯱女王と連絡先交換してたんだな。アイルの行動力すげーな……だけど、これでみんなが配信を宣伝してくれるらしい。アーカイブも拡散してくれるということで、ネット上にかなり広くメッセージを届けられそうだ。
「似てますね! アイルさんもっと見せて下さい!」
『僕は誰の指図も受けない』
「あはは! 似てる〜!」
海ほたるに到着するまでアイルの鯱女王モノマネは続いた。タルパもリラックスしているみたいだし、攻略は大丈夫そうだな。
◇◇◇
インターチェンジを海ほたる方面へ進む。海底トンネルを抜けてから左の側道に入ると、海ほたるサービスエリアに到着した。
海ほたる自体は普通のサービスエリアだからか、家族連れや大学生で賑わっていた。駐車場で装備を整える。アイルとタルパが車の中で着替える。俺は、人が通らないか見張りながら2人の準備を待った。
しばらくすると準備を終えた2人が出てきたので、俺も鎧を装備してアスカルオを腰に差す。
階層状になっている駐車場からエスカレーターで上に向かう。すると、反対のエスカレーターに乗っている大学生くらいの若者が騒ぎ出した。
「わ!? 461さんに天王洲アイルじゃん!?」
「タルパマスターもいる!?」
「コラボじゃね!?」
「やべ!? サイン欲しい!!」
「写真撮っていいですか!?」
学生達にカメラを向けられ、アイルが笑顔で手を振った。タルパも少し恥ずかしそうに手を振っている。
「海ほたる海底ダンジョンの攻略配信するからみんな見てね〜! ツェッターでもリツイートしてくれると嬉しいな!」
「よ、よろしくお願いします……っ!」
学生達は男も女も興奮気味にスマホを操作してる。すげーな配信者は……アイデア出したのは俺だけど、こういう所までは流石に考えてなかった。
その後も家族連れと握手したり宣伝しながら階層をのぼり、展望デッキまでやって来る。海の向こうに見える風の塔。それを見ながら展望デッキの先端へ。リレイラさんが詠唱すると、足元に紫の魔法陣が軌道した。
「ここから風の塔へ行ける。向こうの魔法陣は起動されているから」
「分かりました」
「ありがとね、リレイラ」
リレイラさんが俺をギュッと抱きしめ、次にアイルを抱きしめた。彼女は「ヨロイ君のこと頼んだよ」とアイルに告げると、最後にタルパに歩み寄った。
「タルパ君。君のこと……応援してるよ」
「はい。色々とありがとうございました」
ペコリとお辞儀をするタルパ。彼女は、決意に満ちた顔で風の塔を見た。
「よし、行くか!」
転移魔法陣に乗る。俺達の周囲を、眩い光が包み込んだ。
あとがき。
次回、海ほたる海底ダンジョンの全貌が明らかに……。
【お知らせ】
新作の461さん過去編は57000文字まで書けました。※舞台になる群馬県みなかみ町にも取材に行って来ました!
連載開始する時は改めてお知らせします!