第218話 タルパマスターの涙
〜461さん〜
ランク付けも決まって、3人で管理局から帰ろうとした俺達。前を歩いていたアイルがクルリと振り返る。
「ね、せっかくだからどこか行きましょうよ。リレイラもいいでしょ?」
「う〜ん……行きたいのは山々だが、私は今日の資料をまとめないといけないしなぁ……」
「え〜!? せっかく3人で出かけたのに〜!?」
アイルが頬を膨らませる。休みの日に俺達を呼び出したシィーリアに文句を言いたい所だが、新宿攻略後の調整や全員集めるための配慮もあっただろうし事情が分かる分文句は言いづらい。帰り際にもみんなに謝ってたしな、シィーリア。
「まぁ今日はもういいじゃん。出かけるなら今度にしようぜ?」
「分かったわよぉ……」
アイルを宥めながら霞ヶ関駅方面の階段を降りていると、アイルが「あれ?」と声を上げた。
「あれってタルパちゃんじゃない?」
アイルが階段の下を覗き込む。そこにはゴスロリ服を着た少女……タルパマスターがベンチに座って俯いていた。
階段を駆け降りてタルパの前まで行ってみる。すると、タルパがゆっくり顔を上げた。
「461さん、アイルちゃん……」
タルパは、両目に涙を溜めていた。
……。
俺達は近くの喫茶店に入った。管理局地下の喫茶店。オフィス街にあるそこは、今日が休みだからなのかガラガラだった。
4人で奥の席へと行き、タルパの隣にアイル、向かいに俺とリレイラさんが座る。店員へコーヒーを注文し、リレイラさんをタルパに紹介してから本題に入った。
「どうしたんだよタルパ? 何かあったのか?」
何かあったのかと尋ねると、アイルがハッとした顔でタルパを見た。
「もしかして……シンがいなかったから?」
アイルの言葉に、タルパがコクリと頷く。シンか……連絡が付かないって言ってたしな。しかもこの今日の会議に1人だけ欠席……か。
タルパは新宿でシンとずっと行動を共にしていた。心配になるよな、そりゃ。
「シンと最後に連絡が取れたのはいつなんだ?」
「新宿迷宮を出た日です。メッセージが何通か来て、家に着いたって連絡が来てからそれっきりで……」
話してるうちに目を潤ませるタルパ。隣のアイルが彼女の背中をそっと撫でる。
「最初は嫌われちゃったのかと思ったの。だけどメッセージを送っても既読が付かないし、何かあったのかもって……今日もしかしたら……って思ってたんだけど……」
嗚咽混じりに言葉を絞り出すタルパ。少なくとも俺はシンがワザと無視をするなんて思えない。それも、よりにもよってタルパになんて。なにか事情がありそうだな。
タルパの背中を摩っていたアイルは、リレイラさんへと目を向けた。
「リレイラ、シンの担当と連絡取れないの?」
「そうだな、ちょっと調べてみよう」
リレイラさんがカバンからタブレット端末を取り出し、画面を数度スクロールする。
「探索者「シン」は彼か。担当は……探索管理三課のジェシカ・ハラルドマンか」
リレイラさんは「少しすまない」と言うと、スマホと端末を持って席を立った。
「新宿の時にシンにおかしな様子は無かったのか?」
「え、えっと……」
タルパが言い淀む。彼女は少し躊躇った後、ポツリと呟いた。
「イァク・ザァドを倒した後に……シン君が「探さなきゃいけない物がある」と言ってました。それが、関係あるのかも」
「探さなきゃいけないもの? シンは何を探してたの?」
「いや、それが分からねぇからタルパは困ってんだろ」
アイルが腕を組んでうんうん唸る。正直、俺も見当が付かないな。
探さなければならない、か。あのタイミングで言い出したなら、イァク・ザァドのドロップアイテムか何かだろうか? だけどそれなら俺達も気付いていたはず……いや、ヤツを倒した瞬間、俺はレベルポイントの光を見て安心し切っていたかもしれない。
あの瞬間なら、注意深く見ていなければ見逃してしまうだろう。なら、シンは元々それ目的で新宿に行ったということか。
だけど分かるのはここまでだ。これ以上は憶測にしか過ぎないな。
3人で唸っている時、電話を終えたリレイラさんが戻って来た。
「どうだったリレイラ?」
「その、言いにくいのだが……」
アイルの質問にリレイラさんは顔を背けた。なんだ? シンの担当に何か言われたんだろうか?
「何? 言えない事なの?」
言い淀むリレイラさん。彼女は、しばらく迷ったような仕草をした後、オズオズと口を開いた。
「……落ち着いて聞いてくれ。シンという探索者のデータは管理局のデータベースにあるのだが……担当も、ランクも、他の情報も全てチグハグなんだ」
「ん? どういう事ですかリレイラさん?」
「連絡を取った担当とされる局員が、シンを認知していなかった。考えたくは無いが……管理局のデータベースが改竄されたのかも」
「え……」
リレイラさんが申し訳無さそうに目を伏せる。彼女は、深呼吸してもう一度口を開いた。
「シンという探索者は、存在しない」
存在しない?
「シンは俺達も接してる。いないってどういうことなんだ?」
「可能性の話なのだが、その、身分を偽ってダンジョンに入り込んだのかも……」
リレイラさんの言葉に、タルパが目を見開く。彼女の両目からとめどなく涙が溢れ出した。
「ウソ……です。そんなはず、ありません!」
「ちょっ!? タルパちゃん、落ち着いて!」
アイルが宥めようとしても、余計にタルパは泣き出してしまった。テーブルを叩いて俯いてしまい、どこかに訴えるように悲痛な声で喚き散らした。
「シン君は! シン君は私とパーティを組むって約束したんです!! 私を助ける為に1人で竜人と戦ったんです!! 仲間がやられた時もあんなに……必死に……」
泣き崩れるタルパ。彼女は、テーブルに塞ぎ込んでブツブツとうわごとのように呟いた。
「ウソ……ウソ……シン君は私を騙したりしない……そんな人じゃないもん……シン君……」
俺達以外誰もいない店内で、タルパの啜り泣く声が聞こえる。シンとタルパに戦闘技術を教えた時の事が脳裏に浮かぶ。仲の良い2人だった。あのシンが彼女を騙すなんて……そうは思えねぇ。
「タルパちゃん……」
アイルも感化されたように涙を浮かべている。彼女の気持ちが分かるからかもしれない。アイルもずっと、親父さんを探し続けているから。
「会いたいよ……シン君……どこにいるの……」
リレイラさんと顔を見合わせてしまう。俺達にできることはなんだろうか? 本当のシンは管理局のデータベースに存在しない。ならどうやって探せば……アイルの親父さんと同じかよ……。
親父さんと同じ? 本当にそうか?
シンは俺達と一緒に新宿を攻略して、つい最近まで一緒にいた。だったら、この日本のどこかにいるのは分かってるんだ。
どこにいるんだよシン。お前の事こんなに探している人がいるんだぜ? こんなにも……。
泣いているタルパを見ていて、ある事が思い浮かんでしまう。
物凄く馬鹿なアイデア。徒労に終わってしまうかもしれないことだ。アイルだって散々現実を突き付けられたことだ。
だけど、もし日本のどこかにシンがいるなら、見ているかもしれない。タルパのことを。
それに、俺達がやってやれる事は結局これしかねぇんだ。俺とアイルがやってやれることは。
「なぁリレイラさん。今挑めるダンジョンで1番注目されてるダンジョンってどこだ?」
「急にどうしたんだヨロイ君?」
「注目って……そんなの分からないわよね」
「だったら言葉を変える。1番バズりそうなダンジョンって無いですか? 知りたいんです。ネットのヤツらが興味持ってるダンジョン。誰もが攻略を見たいと思っている場所を」
俺が思い付いたのは、以前の俺なら考えもしなかった事だ。俺がアイルと出会って、タルパや、色んな配信者達と出会って、接したから思い付いたこと……ダンジョン配信だ。
リレイラさんが戸惑ったようにタブレット端末を操作する。その中で、彼女は1つのダンジョンの名前を言った。
「海ほたる……東京湾に浮かぶ『海ほたる海底ダンジョン』。そこはもう数年間誰も挑んでいない。海底ダンジョンという好奇心を刺激する場所にもかかわらず、だ。ここならあるいは……」
「あ、私も聞いた事あるわ。2年前にレゾルトっていう有名配信者が攻略断念したのよね。それからみんなが敬遠してる。レゾルトが断念したならみんな無理だろうって」
「海ほたるか……今からすごく馬鹿なアイデアを言う。だけどよ、やってみる価値はあるんじゃないかと思う。なぁ、タルパはどう思う?」
俺の言葉にタルパが顔を上げる。涙で真っ赤に腫らした目が、俺を見つめる。
「俺達と配信やってさ、世界に言ってやろうぜ。お前の気持ちを」
「私の、気持ち……?」
「どうなるのか分からねぇし、意味が無いかもしれない。だけど、お前はこのまま泣いてるだけでいいのか? もしどこかにシンがいるのなら、やってみる価値はあるかもしれねぇぜ?」
隣にいるアイルが困ったように腕を組んだ。
「そんな事やったらタルパちゃんのファン減っちゃうじゃない。タルパちゃんを恋愛対象として好きな人もいるのよ? ガチ恋勢を舐めちゃいけないわ」
「そ、そうか? そう言われるとなぁ……」
急に自信が無くなる。だけどアイルは、今度は優しげな笑みを浮かべてタルパの手を取った。
「でも……ヨロイさんの言う通り。やってみる価値はある。だって、シンはつい最近まで私達と一緒にいたんだから。シンになら、きっと……届くと思うわ」
「アイルちゃん……」
「でも、タルパちゃんにとってリスクはすごく大きい。やるかやらないかはタルパちゃん次第よ」
タルパが唇を噛み締めて目を閉じる。そして、深呼吸すると、コクリと頷いた。
「やります……やってみたいです。だから、協力して下さい皆さん」
静かに話を聞いていたリレイラさんが元気良く立ち上がる。それに釣られて俺達も立ち上がった。
「よし! 決まりだな! なら私は当日用に車を手配しておこう!」
「しゃあ! ならしっかり準備していかないとな!」
「来週は3連休よ! 人も集まりやすいし配信にうってつけね!」
3人とも気合い入り過ぎて笑ってしまう。だけど、一緒に攻略したタルパとシンの事を考えたら、自然と気合いが入るな。
「みなさん……ありがとうございます」
タルパはまた涙を流した。でもその涙は、先ほどまでの悲痛なものでは無くなっていた。
本日は15:30にも投稿があります。シィーリアの閑話です。よろしくお願いします。