第212話 透明な敵
川崎ダンジョン「ラチッタデッラ」を進む。最初こそ独断で動いていたモモチーとユイさんだったけど、戦闘を繰り返す度にコンビネーションが洗練されてきた。
「ギャルオオオオオオ!!!」
エイブラスの進化系、ヤツらよりも2回りほど大きいモンスター「ルブラス」が両拳を岩石化して叩き付ける。
「ダブルアクアエッジ!!」
モモチーが両手のショートソードに水の刃を纏わせる。刀身に流れる水流。モモチーはその水流を巧みに使ってルブラスの連続攻撃の軌道を逸らした。
「氷結魔法!!」
「ギャウ!?」
私が放った氷結魔法が、ルブラスに直撃する。両腕が凍り付いた事で、先ほどまで放たれていた連続攻撃はピタリと動きを止めた。
「キル太!!」
「ブギィ!」
ユイさんがキル太を蹴り飛ばす。敵に当たる直前、岩のように硬化したキル太がルブラスに体当たりする。悶絶するルブラス。その懐にユイさんが飛び込んだ。
「おらぁ!!」
「グアァ!?」
ユイさんがルブラスの顔面を蹴り上げる。無防備となったルブラスにモモチーが剣技を放った。
「お逝きなさい!!」
一閃。その直後、ルブラスの頭部と胴体がスッパリと切断される。バタリと倒れ込んだルブラスから光が溢れ出す。
『レベルポイントを300pt獲得しました』
〈1人300ptだから合計900ptか:wotaku〉
〈強い敵だお!?〉
〈でもコンビネーションが良くなって来たから大丈夫なんだ!〉
〈今の所ほぼ瞬殺だしな〉
〈他のサル達逃げてばっかやんけw〉
〈漆黒に揺れる果実が心を掴んで離さない〉
〈スカジャンからたまに見える果実がヤバいw〉
〈ちょw〉
〈影響受けてるヤツいるぞw〉
〈これだから男は……〉
〈戦闘見ろってwww〉
雑魚から考えて3倍のレベルポイント……それがさっきから少しずつ顔を出してる。そろそろダンジョンの中心なのかな。
◇◇◇
それから戦闘を繰り返しながら進んだ。進んだけど、なんだか不気味だ。
エイブラスとの戦闘に入ると、上位種のルブラスが絶妙のタイミングで現れては仲間達を逃すからだ。雑魚のエイブラスは無傷のまま建物へと消えてしまう。
戦ってる回数は多いのに、数が減らせない。もしかして私達を消耗させてる?
「……気持ち悪いですわね」
「アタシもだ。なんか変だな」
「ブギッ」
〈果実に元気が無いとは、私も気持ちが悪い〉
〈自己紹介かな?〉
〈失礼で草w〉
〈コイツ、変態紳士だからなぁ……〉
〈ヤンキーちゃんに搾られたい〉
〈また出たw搾られたいおじさんwww〉
〈だから戦闘に集中しろよ〉
〈不気味だお〉
〈全然雑魚が倒せ無いんだ!〉
〈何か狙いがありそう:wotaku〉
変なコメントはスルーするとして……違和感を感じている人もいるわね。というか改めて思うとモモチー毎回こんなコメント見てるの? ある意味強いな……。
……っといけない。集中しないと。
川崎ダンジョンは高低差がある迷路のような構造だ。それを進む度、道を決めようとする度にエイブラスが現れて戦闘になる。しかも、雑魚のエイブラスを倒せたのは入り口での戦闘でだけ。
後はルブラスが盾になって逃してしまうから、雑魚のエイブラスは仕留められない。なんだか、どこかに誘い込まれているような気がする。
「嫌な予感がするわ。一度入り口まで引き返した方がいいかも」
「そうですわね。深追いしすぎは……」
モモチーが戻ろうと歩き出した時。
「ブギィッ!!!」
キル太がモモチーに体当たりした。
「きゃあ!? 何をするんですの!!」
それと同時に振動が走る。彼女が戻ろうとした通路に街灯が飛んで来て、地面に深々と突き刺さった。
〈っぶねぇ!?〉
〈心臓止まるかと思ったお!〉
〈街灯が飛んで来るとかヤバすぎぃ!?〉
〈キル太ナイスなんだ!〉
〈おおちおちつけけ。モモモモチーがやられることととなどないいいだろううう〉
〈焦り過ぎてて草〉
〈良かったなマジで〉
〈ボスの攻撃か?:wotaku〉
「……あ、危なかったですわ」
モモチーの頬に汗が伝う。キル太が突き飛ばしていなかったら、モモチーは今頃あの街灯に潰されていたかも……。
上を見上げると、入り口で見た透明な歪みがいた。またアイツだ。もしかして、今のもアイツが?
「……っ!」
透明な敵は、また私が見ているのに気付くとどこかへ走り去っていった。
「アイルさんが言っていた透明な敵、またいたんですの?」
「うん、戦闘中にも何回か見かけたよ。すぐ逃げちゃうけど」
逃げるってなんでだろう? 隙を突いて襲うなら、いつでもできるはずなのに。
〈ウォタクニキ分かる?〉
〈エイブラスの進化系で思い当たるヤツはいる:wotaku〉
〈なんなんだ!?〉
〈教えて欲しいお!〉
〈中途半端な状態で断定はしたくない:wotaku〉
〈マジメw〉
〈下手に情報を与えて探索者を危険に晒す可能性もあるから:wotaku〉
〈コメント見てるからか〉
〈確かに決め付けは危ないよなぁ〉
〈はえ〜賢い〉
モモチーの手を掴んで引き上げる。その様子をユイさんがジッと見つめていた。
「……なんですの?」
「キル太のこと、見直したか?」
「見直すって……」
「キル太は優しいヤツなんだ。そんなキル太を馬鹿にされてムカついたんだよ、アタシも……」
強気な姿勢から一転して悲しそうなユイさん。彼女はキル太をギュッと抱きしめた。
モモチーも視線を逸らしながら頬を掻く。
「わ、悪かったですわよ、その、ワタクシ……スライムには嫌な思い出があって、その子に酷いこと言い過ぎましたわ……」
〈なんかあったんかモモチー?〉
〈バブみスライムの事じゃね?〉
〈バブみwwwなんだそれw!?〉
〈おとめ山公園の時かぁ〉
〈気になるんだ!〉
〈検索したけど出て来ないお!〉
〈あのチャンネルアカBANされたからなぁ〉
〈もう見れないとか……〉
〈これでいいのさ。我々は目の前の果実をただ味わうのみ〉
〈カッコ良く言ってるけど変態すぎるんよw〉
おとめ山公園? アカウントBAN? もしかして、モモチーが誰かとコラボした時にスライムに酷い目に遭わされたって事なのかな。それで修行に……だから同じスライムのキル太に拒否反応を示してたのね。
「その子が私に向かって来た時、未熟な自分を突き付けられた気がして……私の弱さを、その子にぶつけてしまっておりましたわ」
「ま、まぁ? アタシはもう、別に……そっちにも事情があったって分かったし……なぁ? キル太」
「ブギィ……」
なんだか、モモチーも、ユイさんも、キル太も居心地が悪そうだ。私は空気を変えようと手を叩いた。
「ほら、これでケンカは終わりにしましょ? ここからはダンジョン攻略に集中しないと」
「そうですわね」
「だな」
「ブギィ!」
私達は、気を取り直して先に進んだ。
◇◇◇
さらにダンジョンを進む。戦闘を繰り返しながら細い階段を抜けて、円形に掛けられた橋を渡る。どこも横道に入ろうとすると、電灯が飛んで来て道を塞がれてしまう。誘導したいみたいだ。
そうして歩いていると、ガラスで作られたような透明な円柱が目の前に現れた。塔のように高いその上に、ゆらりと人型の歪みが現れる。
「ブギ、ブギィィィィ!!」
ユイさんに抱き上げられていたキル太が暴れ出す。それで察した。ヤツらはきっとこの場所に誘い込む為に動いていたんだって。
「塔の上に何かいるわ。ボスのお出ましみたいね」
思考を切り替えるんだ。ボスの動きを見て、確実に指示を出さないと。自分が1番冷静でいられるくらいに……。
「グオオオオオオオオオオオ!!!」
〈!!?!?!?〉
〈見えないのに声がするんだ!?〉
〈ドローンの映像では判別がつかないか:wotaku〉
〈大丈夫なのかお!?〉
〈みんな死なないでぇ……〉
〈彼女達ならやれるさ〉
透明な歪みは、よく見ると巨人のような姿をしている。エイブラス達が占拠するダンジョンの構成から見るに、恐らくエイブラスの最上位種、群れのリーダーね。
周囲を見渡すと、無数のエイブラスやルブラス達が建物の上から私達を見下ろしていた。グルリと一周取り囲むように。
〈!!?!?!?〉
〈囲まれてる!?〉
〈襲いかかって来そうなんだ!?〉
〈ヤババババ!?〉
〈やはりエイブラスのボス、エイブロードか:wotaku〉
〈どんなヤツや?〉
〈怪力、姿を消す、群れを統率して連携攻撃するボス:wotaku〉
〈強そうだお!〉
コメントが目に入る。連携攻撃に怪力か……攻撃パターンを読まないと。
モモチーが両腰のショートソードを引き抜く。
「なるほど、あのサル達は私達をここで袋叩きにしようという魂胆みたいですわね」
「まどろっこしい事するヤツらだなぁ」
「ブギブギィ!!」
道が塞がれたのは……別通路から逃げられ無いようにする為ね。恐らく、通路はここを周回するように残されているみたい。完全に罠に嵌められたってことか。
「グオオオオオオオオオオオアアアア!!」
透明なボス……エイブロードが雄叫びを上げる。周囲にいる無数のエイブラスとルブラスが私達に襲いかかって来た。
次回、ボス戦配信回です。
次回は11/27(水)12:10投稿です