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第207話 シィーリア、気付いてしまう

 〜シィーリア〜


 ──異世界、ルガトリウム。


 意識が戻り、魔族の国の首都「タルピア」周辺の転移神殿へと到着した。転移魔法の魔導士達に挨拶を交わして外に出る。神殿の前では馬車が待ち構えており、中から壮年の見た目をした魔族、バドルが現れる。古くより魔王様一族にお仕えする男が。


 バドルは大袈裟な動きで頭を下げた。


「お帰りなさいませシィーリア様」


「そんなに畏まらなくとも良いぞ」


「何をおっしゃいますか。貴女様は大切な魔王様の血族にございます。例えこの世界を離れても、敬意を払うのは当然のことにございますよ」


 執事のように腰が低いバドル。その様子にこちらの居心地が悪くなってしまう。血族と言っても遠縁……そこまでのもてなしを受ける資格は無い。これはひとえに現魔王様のご意向によるものだろう。


「では早速参りましょう。魔王様への謁見の準備は整っております」


 促されて馬車に乗る。馬車と言っても馬は召喚された精霊じゃが。バドルが妾の向かいに座って手を叩くと、フワリと浮遊感に包まれた。空中に浮いた馬車は、そのままゆっくりと進み始める。


 馬車が速度を上げ草原を駆け抜ける。浮遊した馬車に乗っていると、向こうの世界の電車に乗っているような感覚に見舞われた。久々過ぎて変な感じじゃの。


 馬車の中から遠くの景色へと目を向ける。草原の中に点々と現れる村々。その合間に、時折巨大な塔のような建造物が現れる。妾達魔族が作ったダンジョンが。この草原地帯では塔型のダンジョンが多く作られていた。


「国の様子はどうじゃ?」


「相変わらずですよ。神族とは定期的に(いさかい)が起きる。人間達は我らが領地への侵入を繰り返しております」


 魔族と神族は対立しておるが、毎回交渉の場が用意され、何とか戦争にならずに済んでおる。だが、この世界の人間達は違う。己の欲望の限りに資源や財宝を狙い、妾達の国へも何度も侵入して来ておる。


 だからこそ、魔族達は防御壁として各地へとダンジョンを建造した。ダンジョンから溢れ出る魔物の脅威によって人間達の活動を制限するために。


「シィーリア様のおかげでダンジョンは強化され続けております。そのおかげで村が人間に襲われる事は随分と減りました。魔王様も感謝しておられますよ」


 ジークやミナセ達の世界がダンジョン実験場となった理由がこれじゃ。探索者にダンジョン探索をさせ、攻略情報を収集。そのデータを元にルガトリウム(異世界)のダンジョンを強化する。


 そのダンジョンが、この世界の人間達に脅威を与え、魔族を守る。何とも皮肉なシステムじゃの……別世界とはいえ、人間同士で争っているようなものじゃ。


 まぁ、こちらの世界でもダンジョン攻略を生業にする冒険者(・・・)もおる。一概に脅威だけを与えている訳ではないか。



 タルピアの正門を通り、馬車で街の中を進む。石造りの白い壁の家がいくつも並んでいる中を進むと甲高い鳴き声がする。空を見上げると竜を操る兵士が空を舞っているのが見えた。


 この世界にいた時はなんとも思わなかったが、こうして見るとジーク達の世界で言うファンタジーという世界のようじゃの。もしかしたら、彼らの世界にルガトリウムから紛れ込んだ者がおるのやも……その者がそのファンタジーという物を作ったとしたら面白いの。


 などと適当な事を考えていると、魔王城へと到着した。バドルが門番と会話をした数秒後、巨大な門が開いた。




◇◇◇


 玉座の間に通される。視線を下に向けながら進み、玉座の前に片膝をつく。この国の謁見では許しがあるまで魔王様を見てはいけない。静まり返った様子に耳鳴りがしそうじゃ。


 隣にいたバドルが歩いていく。彼が玉座の横に立つと、座っていた魔王様が声を上げた。この荘厳な雰囲気、魔王様もさぞ立派に──。



「久しぶりだのシィーリア!! 顔を上げるが良い!」



 ……なんとも間の抜けた声が響き渡る。顔を上げると、そこには朗らかな笑みを浮かべた少年がいた。魔王ウルダリウス・アルテ・ファラベラム──アイルと同じほどの年齢に見える少年が。


「ま、魔王様……お変わりないようで」


「幼少期から全く変化のないソナタに言われてもなぁ」


 ケラケラと笑う魔王様。この世界を旅立つ前と同じじゃ。魔王様は妾より100歳ほど年上じゃったはずじゃが……妾の方が落ち着いていないかの? 10年と少しではそれほど変わらないということか。


「思い出すのぅ。ソナタが旅立つ日がつい昨日のことのようだ。子供のように泣きじゃくるソナタは中々に可憐であったぞ?」


「や、やめて下さい! 妾も部下と共に二度とこの地を踏まぬと誓った身……故郷への別れを想って涙を流すのは当然ですのじゃ!」



 昔のことを言われて顔が熱くなる。しかし、魔王様は妾の言葉を聞いて、目を閉じた。



「そう、ソナタはそういう女だ。そのような者がこの地へ戻って来るとは、只事ではないな?」


 ゆっくりと両の眼を開いて真剣な表情になる魔王様。その様子は先ほどからは考えられぬほど王たる風格を漂わせていた。変わらぬと思っていたが……妾の心配しすぎだったようじゃ。



「はい、先日妾達の管轄する世界……テラ(地球)で竜人が発見されました」



「竜人が?」



「はい。そしてヤツらの神、イァク・ザァドも……我ら管理局には一切情報が与えられておりませんでした」



「……」



 口元に手を当て考え込む魔王様。どうじゃ……? 次の一言で何を発する? 魔王様がご指示なされた事なのか否か……妾の目で確かめさせて貰う。もし魔王様がご指示なされた事なら……妾は……。



 しかし妾の心配とは裏腹に、魔王様は悲痛な表情で声を上げた。



テラ(地球)の者達は無事なのか!? 我が同胞は!? 人間達は!?」



「……え、ええ。何とか探索者達で攻略は完了しました。死人は出ておりません」


「良かった……中々やるな、テラの人間も」


 魔王様は胸を撫で下ろすと再び妾を見た。


「シィーリアよ。まだ攻略されていないダンジョンはあるか?」


「はい。私の管轄国で1つ。他の国は確認してみないと……」


「ならばすぐに確認するが良い。バドル、ダンジョン管理局に軍の情報を開示できるよう権限を与えよ」


「魔王様、それではいささかダンジョン管理局に力を持たせすぎかと」


 バドルの言葉に再び魔王様が思案する。


「限定的な権限にすれば良かろう。開示要求できる期間に制限を設けよ」


「……分かりました。すぐに書状を用意致します。シィーリア様は書面が出来上がるまで客間でお待ち下さい」


 バドルがうやうやしく頭を下げて退出する。その様子を見送った魔王様は悲しげな表情をした。


「なぜ軍がそのようなことを……指揮官のリングスは私が直接任命した男だぞ。私を欺くなど……」


 この反応……嘘を言っているようには思えぬぞ。


 元々魔王様は徳を持って統治される内政に強いお方じゃ。魔族からの信頼も厚い。妾としても魔王様を裏切る魔族がいるとはとても考えられぬ。



「これは全て私の責任だ。テラへダンジョンを出現させて12年余り。それまであの世界をまとめられたのもソナタ達の尽力あってこそ。それを裏切るようなことを……本当に申し訳ない」



「め、めっそうもございませんのじゃ! そのように頭を下げないで下さい!!」


 魔王様は頭を下げたまま続けた。


「いや、そんな事は無い。誰にも相談できず辛かったであろう。ソナタの心労に報いる為に、私は全力を尽くそう」



「魔王様……」



 そうだ。ウルダリウス様はこのようなお人じゃった。部下を労い、民を想い、動く王。だからこそ、妾も全力を尽くそうと思えたのじゃ。



「ソナタには苦労をかけるな。私からもリングスに事態を確認しておこう。結果はバドルから報告させる」


「何から何までありがとうございますのじゃ」


「気にするな。私もできればテラ(地球)への侵攻などしたくは無かった。彼の地の者達にも本当に……」


 悲しげな笑みを浮かべる魔王様。本当に、なんとお優しい方じゃ。



 ……。



 あれ?



 侵攻したくなかった?



 妾達魔王様の配下の者は、魔王様のお気持ちを最優先にする。なのに、なぜテラへの侵攻など実行できたのじゃ? 魔王様が「やめよ」と一言申されたのなら、立案した者も普通引き下がるじゃろう。


「ま、魔王様……無礼を承知でお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「テラ侵攻を立案されたのは、一体誰なのですか?」


「立案者か?」


 魔王様は不思議そうな顔で答える。



姉君(・・)だ。この世界の人の侵犯から民を守るにはそうする他ないと」



 魔王様の姉君……イシャルナ・アンダ・ファラベラムが、テラ(地球)侵攻の立案者……?



「い、イシャルナ様ですか?」



「ああ。国土防衛に関して姉上の右に出る者はおらぬからな」


 ……魔王様のイシャルナ様への信頼は厚い。先代魔王様が亡くなってからイシャルナ様は献身的に魔王様を支えて来たのじゃ。それはもう幼き頃より……。


 妾の頭の中で、何かがカチリと音を立てた気がした。それが正しいのかを確認する為、妾はもう1つの質問をした。


「魔王様、ひと月前よりイシャルナ様は妾達の世界へと来られています。それは……魔王様のご指示で?」


「いや? 姉君はしばしば独自で動かれるからな。今回は監査機関の業務と聞いている」


 その言葉で、今まで妾の中にあった疑念が、パズルのように組み合わさってしまう。


 新宿迷宮の攻略指示を妾に伝えたのはイシャルナ様だ。軍の魔王様への信頼は厚い。軍の者が魔王様を裏切るとは思えぬ。


 じゃが……もし、もしもそのように指示自体を出したのが「魔王の姉君」であるイシャルナ様であったなら?


 軍の者でイシャルナ様に逆らう者はおらぬじゃろう。



 もしかして……イシャルナ様は……。



「どうしたシィーリア?」


「い、いえ……なんでもございません」


 このようなことは言えぬ。魔王様の姉君が魔王様を欺いているなどと……口にしてしまえば妾の首が飛ぶ。イシャルナ様は魔王様を何百年も支えて来たのだぞ? イシャルナ様の魔王様への愛を……妾達は皆知っておる。


 そんな彼女だからこそ、魔王様も上級貴族達の偏見の目からイシャルナ様を守り、今の彼女の地位へ押し上げたのじゃ。


 じゃが……そうであったなら、ここ最近の不可解なことが全て説明できてしまう。魔王の姉であり、監査機関の最高責任者である彼女なら。


 新宿迷宮の解放、竜人の転移……さらに言うなら池袋で不死鳥に魔法障壁を突破させたのも、九条商会と繋がっている魔族がいる事も、アスカルオがジーク達の世界に流れ着いたのも……イシャルナ様の指示した事ならば説明できてしまう。末端の魔族達の中で、彼女の指示に従わない者はいないのじゃから……。



 推測が確信に変わっていく。イシャルナ様……貴女はなぜ、このようなことを……。









 次回は?????の視点でお送り致します。この物語の核心に迫るお話かもしれません。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 ……あ~…。こりゃアレですかね?あんまり展開予想するのも無粋なので、気になった点だけ書くなら…。 魔王様からお姉さんへの矢印の愛情と、お姉さんから魔王様への矢印の愛情は、見た目は…
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