第199話 最後の一撃
〜461さん〜
ミナセと共に武史の元へと走る。目の前を竜の頭部を引き連れたジークが駆け抜け、3つ首を編み込んでいく。全ての首が編み込まれた時、アイル達が駆け寄って来た。
「ヨロイさん! ナイフは全部の頭に設置したわ」
「分かった……そろそろキメに入るぜ」
アイルが拳を差し出してくる。時折アイルがする仕草……それで何を求められているか分かってしまう。反射的にアイルの拳に俺の拳を当てた。
「気を付けてね」
「ああ……お前もな」
アイルは一瞬笑みを浮かべると、シン達に向かって叫んだ。
「首が解かれないように全力で抑えるわ! みんな手伝って!!」
シンやタルパ達と一緒に竜の右頭部へと走って行くアイル。その背中を見ていると物悲しい気持ちになってしまう。
この作戦を考えた時から分かってはいたが、トドメを刺すまで俺は何もしてやれない。アイルに何かあったら……。
頭の中で浮かぶ言葉を、別の思考で遮る。
……アイルはもう一人前だ。池袋の時も、新宿に入ってからもずっと頼りになる相棒だったろ。信じろ、アイツを。戦闘が始まって時間も経っている。俺が見ていない所でもアイルは自力で危機を乗り越えたはずだ。
自分に言い聞かせていると、微笑みを浮かべるミナセが目に入った。
「どうした?」
「いや〜? いいコンビだなって」
「なんだよそれ」
おどけたように言うミナセ。しかし彼女はすぐに真剣な表情になった。
「だから絶対無事に戻って来るんだよ鎧さん。みんなは私とカズ君が絶対に守るから」
「ははっそうだな。頼りにしてるぜ」
ミナセが軽く拳を上げたのでアイルにしたように拳を当てる。
……俺は自分の役割に集中しろ。
ナーゴから貰った最大魔力上昇ドリンクを2本取り出す。ヘルムの口元を外し、それを一気に飲み干した。鼻を抜けるハーブの香り。そこに加えられたジガルビーのミツの味がハーブの苦味を消してくれている。さすがナーゴだな。これですら美味いと感じる。
ナーゴ、ミナセ、ジーク、そして……アイル。
……自分以外のヤツに任せられるっていうのは、いいな。
再びヘルムの装甲を戻し、俺は走った。
◇◇◇
目的の場所へと辿り着く。そこでは武史が技発動の為に大剣を下段に構えて魔力を集約させていた。
「来たなヨッさん! 俺の方は準備できてるで!!」
「頼む」
武史の大剣の上に乗り、アスカルオを鞘から引き抜く。ミナセが俺の体に障壁魔法をかけてくれる。
「後は武史君の大剣だね」
ミナセが魔力を溜めるのを見ながら、俺も技を発動する。ナーゴのドリンクによって上昇された俺の魔力が全て放出され、剣の刀身へと集約されていく。
上空を見上げる。そこには、鯱女王がイァク・ザァドの魔法を封じ込めた水の球体がフワフワと漂っていた。
「武史、あの電撃ブレスを封じ込めた水球を狙ってくれ」
コクリと頷く武史。彼は魔力を解放しながら叫んだ。
「しゃああああ!! 行くで2人とも!」
「オッケー!」
武史が岩烈斬の技名を叫ぶ。上空へと技を放つ瞬間、ミナセが武史の大剣へ障壁魔法を発動した。
岩烈斬の技発動エネルギーに、俺と大剣にかけられた2つの障壁魔法の反作用が加わり、俺は空高くへと跳躍した──。
◇◇◇
跳躍して数十秒。鯱女王の作り出した蒼球魔法が浮かぶ一帯までやって来た。浮力が弱くなる、もうすぐ上昇が止まるな。
「……いくぜ」
目の前に浮かぶ電撃ブレスを閉じ込めた球体へアスカルオを突き刺す。発動する聖剣の「魔喰い」の符呪。それは球体ごと電撃魔法を喰らい尽くした。
「よし!」
剣を肩に構え、地上で戦うアイル達へと目を向けた。アイル達が戦っている。竜は結び付いてしまった首の根本を解くのを諦め、首を伸ばしてアイル達に攻撃を加えている。
左頭部が連続で引力魔法を放つ。上顎が破壊されたことであらぬ方向に発射される引力球。しかしそれは勝者マン、ポイズン社長とパララもんを後方へと吹き飛ばし、戦闘から引き剥がすことに成功してしまう。解放された左頭部がアイル達へ薙ぎ払い攻撃を仕掛ける。
思わず声を上げそうになったその時、武史が竜の薙ぎ払いを受け止めた。
中央の頭が電撃を連続で発射して追撃を与える。武史と共に皆の前に飛び込んだミナセ。彼女の障壁魔法がみんなを守り、ジークが波動斬の連撃を放って左頭部を跳ね飛ばした。竜の3つの頭は完全にアイル達を攻撃する事に意識を奪われていた。
これなら……いける。
水と電撃を纏った刀身を、赤黒い光が包み込む。魔力コントロールに意識を集中する。
受け継いだ技だからか、体が技を覚えているような気がする。一気にアスカルオの魔力を解放し、技の発動体勢に入る。イァク・ザァドの元へ落下しながら思考をめぐらせる。後は技名を叫ぶだけだ。タイミングを見計らえ。
ドローンが飛んでいる近く、3つの首が編み込まれた箇所へ狙いを定める。あそこを斬り落とせば、ヤツは再生魔法を放つ間もなく死に絶える。チャンスは一度。集中しろ。
剣を構え、技を放つ刹那──
「「「キュオオオオオオオ!!!」」」
──竜が俺の存在に気付いた。
「「「キュァァァァァ………ッ!!!」」」
「まずい……っ!」
上空を見上げた右頭部が大口を開け、魔力を集約させる。形成されていく火球。今発射されたら身動きが取れない。もう俺は技の発動タイミングに入ってしまった。今火球が放たれても、アスカルオの魔喰いで対処できない……っ!
〈何で竜が上見てんだ?〉
〈あ!?〉
〈461さんがいるぞ!!?〉
〈マジ!!?〉
〈ひゃだ!? すごそうな技使おうとしてるわよ!?〉
〈461さん技使えたっけ?〉
〈連携技か?〉
〈きっとラムルザの技なんだ!!〉
〈でも今攻撃されたら……〉
〈避けられないのだ〉
〈空中なのだ〉
〈身動き取れないのだ〉
〈嘘……:wotaku〉
心臓が跳ね上がる。脳裏に、俺を送り出してくれたリレイラさんの言葉が響いた。
──絶対帰って来て。私は、君に伝えたい事があるから。
……ダメだ、俺は死ねない。俺は生きて帰らなくちゃいけないんだ。
死を目前にして珍しく手が震えた。落ち着け、震えるな。自分に言い聞かせる。それでも震えはおさまらない。
「……鬱陶しい。こんな土壇場で……っ!」
落下する浮遊感に火球を避けられない焦りが加わり、体がいう事を効かない。
呼吸を整え、刀身を持つ手をギュッと握りしめるとアイルにオフィスビルで言われた事を思い出した。
──私達は大丈夫。絶対大丈夫だから。
あの「私達」には俺も含まれていた気がする。あの時、額に感じたアイルの熱、呼吸……それを思い出した瞬間、手の震えが止まった。
大丈夫だ。俺は帰れる。みんなの所へ、あの2人の所へ。だから信じろ。技を止めるな。倒して、絶対に生き残って見せる!!
ダメだった時は考えるな。技を放つことだけを考えろ。狙え、最大威力が発揮できるタイミングを!!
「「「キュアアアアアアア……ッ!!!」」」
〈ヤバいって!!〉
〈撃たれちゃうわよ!!〉
〈誰か止めるのだ〉
〈他の頭が邪魔してるのだ〉
〈近付けないのだ〉
〈お願い……誰か……:wotaku〉
〈大丈夫なんだ!!〉
〈なんで分かるんだよ!!〉
〈適当な事言うな!!〉
〈そこにいるからなんだ!!〉
〈何がだよ!!〉
「「「キュアァッ!!!」」」
火球が発射された瞬間。
「瀑布魔法!!!」
ヤツの頭上から巨大な滝が現れた。それは火球を消し飛ばし、竜の首を大地に叩き付けた。
「「「ギュアッ!?」」」
「瀑布魔法……?」
視線を向けると、竜の傍らにナーゴの肩を借りた鯱女王がいた。彼女は俺を見て叫んだ。
「やれ461!! 僕がフォローしてやる!!!」
〈!!!!!?!?!?!!?!??〉
〈鯱女王なんだ!!!〉
〈うああああああああああああ!?〉
〈やべえええええええええええ!?〉
〈嫌いじゃないわ!!嫌いじゃないわ!!!〉
〈ギリギリなのだ!〉
〈助かったのだ!〉
〈行けるのだ!!〉
〈お願い……!:wotaku〉
鯱女王の叫びが周囲に響く。他の首が上空を迎撃しようとすると、鯱女王が瀑布魔法でそれを潰す。竜が絡み付いた首元を解こうと暴れ回るとアイル達がそれを全力で押さえ込む。
1人では絶対にあり得ない状況。一瞬死を覚悟した事で脳汁が溢れ出す。おもしれぇ……最高におもしれぇ攻略だな!!!
剣の魔力を解放させる。全身を駆け巡っていた緊張感は、別の物となって俺の全身を駆け巡り、血液を沸騰させるような興奮を抱かせた。
「うおおおおおおおおおおおあああああああああああああああ!!!!」
雄叫びをあげて、俺は人生で初めて技名を叫んだ。
「ストルムブレイド!!!」
技名と共に斬撃を放つ。電撃を帯びた赤い斬撃。巨大なそれが、イァク・ザァドの首の結び目へと直撃する。
「「「ギィ!? ア、アァァァァァァァァ……ッ!!?」」」
しかし、斬撃がヤツの首の結び目に食い込んでも完全に切断する事ができない。魔力を放出する俺の両手を押し返して来る。右頭部が斬撃に噛みつき、左頭部はその顔を斬撃に押し当ててゆっくりと斬撃を押し返し始めた。
「クソ!! いい加減に諦めなよ!!」
鯱女王が叫ぶ。3つ首竜の執念は凄まじく、彼女が瀑布魔法を連続発動しても微動だにしない。
残った中央の頭は、その口に魔力を集約させ始め、ヤツの体全体が緑色の輝きを帯び始めた。
あの野郎。耐え切って再生魔法を発動するつもりかよ……っ!!
「「「ギィ、ギギギギィィィィイィィ!!」」」
〈!?!?!??!?!??〉
〈押し返してる!?〉
〈こんだけやって倒せないのかよ!?〉
〈なんか魔法使いそうだぞ!?〉
〈ヤバない!?〉
〈大丈夫なんだ!〉
〈みんな頑張ってたでしょ!? 絶対大丈夫よ!!〉
〈アレがあるのだ〉
〈準備していたのだ〉
〈みんなが用意したのだ〉
〈何を!?〉
〈電撃:wotaku〉
〈電撃?〉
その時。
俺の斬撃に迸っていた電撃が放出され、3つの頭部に突き刺されたナイフへと吸い寄せられる。電撃は、ナイフが帯電していた速雷魔法によって増幅され、その刀身を媒介にイァク・ザァドの体内を駆け巡った。
「「「ギュアア!?」」」
「死にやがれええええええええ!!!」
俺は、全身の力と全体重をかけて斬撃を押し込む。電撃によってイァク・ザァドの2つの頭部が急速に力を失い、首の結び目に深い傷が刻み込まれる。
直後、ストルムブレイドの赤い斬撃がイァク・ザァドの3つ首をまとめて斬り落とした。
「「「ギィ、ギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」」」
全ての首が同時に断末魔の叫びを響かせる。漆黒の3つ首竜は、全身から膨大なレベルポイントの光を溢れさせた。
〈!!!?!!!?!??!〉
〈うああああああああああああああああああ!?〉
〈やったああああああああああああああああああ!!〉
〈すげえええええええええええええええええ!!〉
〈新宿迷宮攻略!!!〉
〈俺スレ立てて来る!!〉
〈ツェッターで拡散しないと!〉
〈この配信生で見られて良かったぁ……〉
〈倒したのだ!:8666円〉
〈がんばったのだ!:8666円〉
〈みんなすごいのだ!:8666円〉
〈涙が止まらないんだ!!〉
〈すごいわ!! みんなやるじゃない!!!〉
〈良かった……:wotaku〉
俺を受け止めようと、タルパのぬいぐるみ達が無数に集まって山を作る。ドローンが俺の周りを飛び回る。
アイルの方を見ると、彼女は泣きながら笑っていた。きっと着地した瞬間飛び付いてくるんだろうな。
簡単に想像できる光景に、俺も思わず笑ってしまった。
次回。イァク・ザァドを倒した461さん達。喜び合う探索者達の裏で、ある事に気付いたシンは1人都庁へと戻ります。一体シンは何に気付いたのか……?
まもなく新宿迷宮編も完結です。どうぞ最後までよろしくお願いします。
楽しかった、脳汁が出た、続きが少しでも気になると思われましたら
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それと……レビューなど頂けたら泣いて喜びます!もっと多くの人に届けられるので……(切実)