第188話 ラムルザの光
〜461さん〜
視界の隅に何かが飛んでいる。耳元に聞こえるホバリング音。アイルがドローンを飛ばしたのか。
〈前に戦った竜人と再戦してる!?〉
〈奥でアイルちゃん達も戦ってるぞ!〉
〈ここ都庁じゃない?〉
〈都庁がこのダンジョンの最深部だと思う:wotaku〉
〈マジ!?〉
〈新宿迷宮攻略してくれるんちゃう!?〉
〈461さん達ならきっとやってくれるんだ!〉
「はっ!!」
ラムルザが剣撃を放つ。それをアスカルオの刀身を使って軌道を変え、反撃にその頭に振り下ろしの斬撃を放つ。
「仕留められるとでも思ったか!!」
ラムルザは半身を捻って避け、横薙ぎに一閃する。速い。バックステップしてたんじゃ間に合わねぇ。
「くっ!?」
地面にうつ伏せに倒れ込み、転がりながら奴との距離を取る。視界の隅にヤツが飛び上がって剣を構えるのが見える。俺は、腰のナイフを抜いて空中のラムルザへ投擲した。
〈ちょ!? コメントできねぇ!!〉
〈手数ヤベェ!〉
〈戦闘の攻守が目まぐるしく入れ替わっている:wotaku〉
〈接戦すぎるって!?〉
〈身体能力は竜人のが上だろ!?〉
〈凄すぎるんだ!〉
「小癪なことを!!」
ラムルザがその剣でナイフを叩き落とす。その行動によってヤツの振り下ろしのモーションが潰れる。ヤツは、着地するまでの間、完全に無防備となった。
立ち上がりと同時にヤツの懐に飛び込む。着地する瞬間を狙ってその胴体にアスカルオの一撃を叩き込んだ。
「オラァ!!」
ミナセにかけて貰った物理攻撃上昇の青い光が輝きを増す。2段階の上昇効果を受けた俺の一撃は、ラムルザの鎧を砕いた。
「がっ……!?」
〈うおおおおおおお!?〉
〈威力ヤバ!〉
〈こんなに461さん攻撃力あったっけ!?〉
〈体が青く光っている。強化魔法を使っているな:wotaku〉
〈竜人との身体能力埋めてる感じか〉
〈これで互角なんだ!!〉
〈でも他は竜人のが上やろ? 461さん大丈夫か?〉
〈技術で他の身体能力差をカバーしている:wotaku〉
〈凄すぎぃ!!〉
ラムルザが咄嗟に飛び退く。ちっ、本体を斬る前に逃げられたか。
剣を構えようとしたヤツは、よろけて膝を付いた。
「強化魔法を受けるとここまでの一撃を放つか……」
「身体能力はお前のが上だからよ。文句は言わねえよな?」
「……言うものか。もはや貴様がどのような手を使おうと卑怯とは言うまい」
剣を杖のようにしてラムルザが立ち上がる。ヤツの隻眼が、真っ直ぐに俺を捉えた。
「これは私と貴様の生死をかけた戦いだ。私もそのつもりで挑む」
「剣士のプライドはいいのかよ?」
「しれたこと……私は貴様に勝ちたいだけだ!!」
ラムルザが飛び込んで来る。ヤツの言葉……以前戦った時よりも厄介な相手になったな。
◇◇◇
〜竜人の剣士 ラムルザ〜
私は今……喜びに打ち震えていた。我ら竜人を守るという使命を果たすため磨き上げた剣技の数々。それを全て使える相手と巡り会えたのだから。
「ふん!!」
袈裟懸けに剣を放つ。私が幼き頃、唯一父に剣筋を褒めて貰った一撃。
ヤツはそれを聖剣で弾き、反撃の刃を放つ。私はそれを剣でいなし、ヤツの顔面へ斬り上げの斬撃を繰り出した。
初めてモンスターと相対した時、恐怖で動かぬ体を気合いで動かし、ついにモンスターを仕留めた一撃。
鎧の男は、それを紙一重で躱し、私の腹部を蹴り飛ばした。押し除けられるようにバランスを崩した所に、同じく斬り上げの一撃を放たれる。仰け反って避けようとするが一歩及ばず、鎧の肩装甲が切り裂かれる。私の体にも浅い傷が付き、身体中に痛みが駆け巡った。
「調子に乗るなよ!!」
ヤツの顔面を殴り付けた。吹き飛ぶ鎧の男。しかし、手ごたえが浅い。自ら地面を蹴って威力を殺したか。
ヤツは、着地と同時に走りだし横薙ぎに一閃した。それを跳躍で回避し、跳躍斬りの構えを取る。
幾度となくガランドラとの模擬戦で放った一撃。この一撃で勝負を決めた事も何度もあった。
「っぶねぇ!?」
鎧の男はローリングで攻撃を躱す。これを避けるか。
私の一撃が地面に亀裂を走らせる。当たれば生命を刈り取る必殺の一撃。いなす事も受ける事も選ばず回避に全霊をかけるとは……並の戦士なら反撃を企て殺されていただろう。ヤツの嗅覚、勘……全てが戦士として一流だ。
「おい、技は使わねぇのか? 確か大技があっただろ?」
鎧の男が問いかけて来る。本来なら奥の手としてチラつかせておきたいところだが、やはり私はそのような事ができぬ性分らしい。
「貴様に潰された技だ。それに……」
「なんだよ?」
「貴様との戦いに大技など無粋な物は必要ない!!!」
今私は、自分の役目など全て捨て、目の前の敵から生き延びる為に戦っている。己の全てを使い、なおもヤツは私を超えて来る。
もはや侮りなどは無い。目の前の男は強い。
身体能力の差を技術で補って余りある実力。女魔導士を除いてもなおこの力。一体どれだけの死線を潜り抜けて来たのか。
剣を放つ。いなされる。
この狭い世界に押し込められていた私とは経験の数が違う。
斬撃を放つ。躱される。
だからこそ敬意を払いたい。私の全力を超え、己が弱さを認めた先の戦いを与えてくれるこの男に。
「オラァ!!」
「ぐっ!?」
反撃を放たれる。その切先を紙一重で避ける。しかし半歩届かず、うっすらと頬に傷が付いてしまう。
放った剣が衝突し鍔迫り合いとなる。身体強化されたヤツの力が、私の剣をグッと押し返した。
「……はは」
「何笑ってんだよ」
「嬉しいのだ。私のプライドも、技も全てを斬り伏せる者と戦える事が!!」
「……へぇ」
鎧の男も小さく笑い声を上げる。恐らくヤツも戦いにこの感情を抱いているのだろう。この形容し難い興奮を!! 高鳴りを!!
役目がなんだ! 神がなんだ! 私の上澄みを全て取り払った時、唯一残るのは……そうだ。強き者と本気の戦いをしてみたいという事だけだ!!
「それが目の前にいる! これを笑わずしてどうする!!」
私の中で何かが吹っ切れた。ヤツに頭突きを放ち、よろけた所に全力の斬撃を叩き込む。鎧の男が身を捩って攻撃を避け、剣を放つ。それを受け止めようとした瞬間、顔面に拳が叩き込まれた。
「ぐっ!? 剣はフェイントか!!」
「言ったろ!! 俺は剣士じゃねぇってよぉ!!!」
「のぞむところだ!!」
剣でヤツの足先を狙う。ヤツがバックステップで避けた隙を見計らって左拳を顔に叩き返してやる。鎧の男が吹き飛ぶ。地面を転がる鎧の男。剣を構え、その首を狙う。
「貰ったあああああ!!」
「させるかよ!」
鎧の男が何かを投げ付ける。ギラリと光る刃。それはダガーだった。私の左眼を奪ったダガー。それを投擲にも使うか!
「ちっ!」
この体勢では叩き落とせない。避けるしか──。
立ち上がった男がこちらへと向かって来る。ダメだ。回避行動を完全に先読みされている。
ダメだ……このままでは……死──。
いや。
まだだ!!
大地に足を踏み締め剣を構える。ダガーの直撃を左肩に受け、全身に痛みが走った。止まるな。私はまだ生きている! 生きて対峙しているのなら、全力でヤツを迎え撃て!!!
「はああああああああ!!!」
剣を一閃する。技も何も無いただの一撃。しかし、それは私の生涯の中で最も完璧な太刀筋だった。剣速、力の入れ具合。思考。全てが自然体で、理想的な一撃。
「……ッ!?」
柄を握る手に感触が伝わる。男のヘルムが空を舞う。ヤツの仲間が悲鳴を上げた。
獲った。
獲ったぞ!! ヤツの首を獲った!!
私は、勝ったのだ!! 生涯で唯一出会った好敵手に私は──。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
考えた矢先、雄叫びが聞こえた。
ヘルムが外れ、素顔を露わにした男。ヤツは、身を低くして私の剣を掻い潜り、なおも突撃していた。
「なっ……っ!?」
次の瞬間、私の体が聖剣に貫かれた。
「がはっ……」
「オラァ!!」
剣を引き抜き、男が袈裟懸けの斬撃を放つ。目の前に噴き上がる真っ赤な血。私の血だ。その血と一緒に私の光も溢れ出した。
「あ……ぐ……っ」
膝を付いてしまう。目の前の男は私に警戒しながらヘルムを拾い上げ、再び己の頭へと装着した。
私の限界を超えた一撃を、生涯で最高の一撃を超えられた……。
私の、負けだ。だが……。
全身が沸き立つような戦い。生死の狭間の感覚。それら全てが私を肯定してくれたような気がする。最高の気分だ。死の直前にこんな晴れ晴れしい気持ちになるとは……。
「わ、私は……」
呟いたその時。
ヤツを背後から狙う者がいた。私に指示を出していたあの若者だ。その若者が無言で剣を振り被る。
一騎打ちをさせておきながら……っ!
その態度に私の心は身を焦がすほどの怒りに包まれた。
「……っ!」
咄嗟に体が動く。気がつくと、鎧の男へと放たれた斬撃を我が身を持って受け止めていた。
「なんだと……!? ラムルザ、貴様我らを裏切るのか!?」
「この……馬鹿者が!!!」
若者を殴り付ける。吹き飛んだヤツは壁に叩き付けられ膝を付いた。奥で戦闘を繰り広げていた者達全員が一斉にその手を止め、私を見た。
「貴様達が司祭から学んだのはこれなのか!!」
それは私が最後の最後に掴んだ物。それを……彼らに叫んでいた。
「司祭に縋り、神に縋る貴様達はなんだ!! この人間達と戦って何を感じたんだ貴様達は!!!」
息を吸うと同時に何かが込み上げ咳き込んでしまう。ゴボリと血を吐き出し感じてしまう。もう私の命は長くないと。
昔は我らも違った。先代様がいた頃は……時にはぶつかり、間違う事もあったが……1人1人が懸命に考え、誰かを想っていた。
決して……決して、今のような者達ではなかった。あのガランドラでさえも……もっと気高く生きていたはずだ。
「……ズィケルの言葉に囚われる事は、ない。贄になど、なる事はない。己が意思に従い生き抜いてみせろ……それがいつか、誇りになる……」
ドサリと地面の感触が伝わった。仰向けに倒れて、立ち上がることができない。
「ラムルザ様!」
1人の仲間が叫んだ。魔導士の女性が。フードを外したその顔には見覚えがあった。鎧の男と初めて戦った後、私に回復魔法をかけてくれた者だ。そうか、彼女もここにいたのか。
彼女達はこの後どうなるのだろうか。鎧の男達と戦い死ぬのだろうか……もう、分からない。せめて、司祭の洗脳から解き放たれる事だけを願うばかりだ……。
溢れ出る光が、何処かへと向かおうとする。分かっている。イァク・ザァドの宝玉へ向かっているのだろう。
最後に……意識が消える前に最後にこれだけはやっておかねば……。
「よ、鎧の男、よ……」
「……なんだよ」
「私の光を、貰ってくれないか……?」
私が長き修練の果てに得た力。それを……私は神などに渡したくは、無い。今初めて分かった。この光は、私が今まで糧にした者達の命の光。ならば、私を倒したこの者にこそ……相応しい。
「お前」
「頼む。貴様の糧となれるのなら、私は本望だ……」
「……分かった」
鎧の男が頷く。私は、付けられた腕輪を外した。腕輪を外すと、私から溢れた光が鎧の男の周囲を包みこむ。
鎧の男よ、ズィケルと戦うのならば、それはイァク・ザァドとも戦う事を意味するだろう。私は……お前に死んで欲しくはない。私の心を救ってくれたお前には……。
もはや何に願っていいのか分からないが、頼む。この光がイァク・ザァドと戦う力とならん事を。
どうか……。
彼の周囲を包んでいた光が、その体に吸い込まれていく。
『レベルポイントを4万pt獲得しました』
『スキルが継承されました。剣技「ストルムブレイド」を獲得しました』
淡々とした女性の声が聞こえて来る。その瞬間、人間達が驚きの声を上げた。
どうやら、私の技が引き継がれたようだ……ふ、ふふ……私の人生も無駄では、無かったな……。
ふと、私の手を誰かが取った。
「燃える戦いだったぜ、ラムルザ」
鎧の男の声、その言葉……私も同じ事を思っていた。
「わた……も……だ」
もう目が見えない。ただ、頬に伝わる風が心地良いのだけは感じる。そのおかげで酷く心が穏やかだ。ここは建物の中のはずなのに……不思議だな。誰かが風を吹かせたのかもしれない。私の知らない誰かが……。
〈すごい戦いだったんだ。涙が止まらないんだ……〉
〈コメントできなかった……〉
〈俺にも高等技術の応酬だって分かったわ……〉
〈これほどの戦士の戦いは見た事がない:wotaku〉
〈ラムルザもすごい戦士だったよな〉
〈この戦いが見られて良かった〉
〈敵だけど俺はすごいヤツだと思う〉
〈悲しいなぁ……〉
〈仲間守ってたみたいだし……立派な戦士だよ〉
〈どうかラムルザが安らかでありますように……〉
闇の中を彷徨うような12年。だが私は満足だ。最後にこのような戦いができて。使命も迷いも、後悔も、全てこの戦いが吹き飛ばしてくれた。
私は……満足だ。
次回、ラムルザの最期に竜人達は……そして461さんは何を思うのか……。




