閑話 ラムルザの憂い
〜ラムルザ〜
──旧都庁・南展望台。
我ら以外誰もいない部屋では、5人の仲間が言葉を掛け合っていた。
「いいか、我らは囮だ。命を賭けて戦うぞ」
「はい!」
「イァク・ザァド様の為に!」
「死して皆の糧に!」
「人間共を道連れにしてやりますよ!」
司祭に心酔する若者達。私には、その姿が哀れに思えてたまらなかった。
「お前達」
「何でしょうかラムルザ様?」
「逃げたければ逃げてもいいぞ」
「な!? 何を言っているのです!? 司祭様を裏切るおつもりですか!?」
皆に指示をしていた若者は怒りの形相を浮かべ、私に詰め寄った。
「逃げても私は咎めないというだけだ。私がここに残る。わざわざ死ぬような道を選ぶ事はない」
「信じられない……っ! 貴方ほどの人が団結を乱すとは! みんな! ラムルザさ……いや、この男の話を聞いてはダメだ!!」
慌てて皆に指示を出す若者。この者もダルク達と同じ、か。
お前達は囮にされているのだぞ? ズィケルは己の身を守る為に北棟へ竜人達を集中させ、こちらの棟には我々とリザード兵しか配置していない。
捨て駒だ。我らは。
お前達の事などズィケルは気にも止めていない。
あの宣言の後、ズィケルは嫌がる者にも無理矢理腕輪を付けさせた。ヤツに心酔している者達の監視の中、堂々と腕輪を外すことなど誰もできまい。
それでハッキリと分かった。ズィケルは我々を贄にする為に利用しているだけなのだと。恐らく、ガランドラを差し向けたのも彼を死なせ、この状況を作り上げるためだ。
彼の死を理由に、人間との戦いに他の者を焚き付ける。そして相互監視の中腕輪を付けさせ、命を賭けさせるために……クソ。なぜあの時気付けなかった。
皆が腕輪を付ける前ならば、まだ皆も聞く耳を持ったかもしれない。しかし、今や完全に我らはズィケルの支配下にある。この腕輪が我らの結束の証になってしまった。これを外す行為は、皆を裏切るということになるのだから。
心酔する者が監視者、反目する者はその監視下で無理矢理従わされている。
砦の者達も本当は逃げたいだろう。前線にいる者達は身分が低い。司祭に会った事もない者も多いのだから。彼らが司祭の手の者に殺されることなど無いと良いが……。
先代様……貴方ならばこのような事はなさらなかったでしょう。我らを愛して下さった貴方ならば……。
「配置に付けラムルザ! 従わぬなら、ここで斬る!」
若者が剣を抜く。その眼を睨み付けると、若者はビクリと体を震わせた。
「私に力を持って接するか。その意味……分かっているのだろうな?」
「く、クソ……減らず口を……っ!」
若者の手に目を向けると、その手は震えていた。勇ましさの中に怯えの色が含まれる瞳。その姿にため息が出る。胸に穴が空いたような感覚。私の心は虚しさに包まれた。
「分かった……配置に着こう」
「そ、それならいい。戦闘では役に立ってくれよ」
ツカツカと歩いていく若者。その背中を見てひどく空虚な気持ちとなる。彼らは私が守ろうとした竜人ではない。もはやズィケルの傀儡。その意思すら、操られている物だと気付いていないだろう。
私は今まで、何の為に腕を磨いたのだ。私の技は? 苦しかった修行の日々は? こんな……ズィケルに利用される為では無かったはずだ。先代様が与えてくれた役目は、皆を守り、一族の平和を守ることだったはず。
この地に閉じ込められてから全てがおかしくなった。皆が竜王イァク・ザァドに縋るようになってから……。
砦の者達を奮起させ、ズィケルに立ち向かうか?
……いや、私にそんな事はできない。どれだけ嘆こうとも私には同族を殺すことなど……できない。ズィケルにはその事を見透かされていたのかもしれないな。
なぜ先代が消えた時に捜索を諦めてしまったのか。なぜズィケルを次代の司祭にしてしまった?
思考を巡らせる度に後悔に苛まれた。
やめろ。考えるだけ無駄だ。もう、何もかも遅い。
……戦いたい。
私にできる事はそれだけだから。全力で戦えば、この空虚な想いは消えるだろうか?
脳裏に、私を破った鎧の男が浮かんだ。
……願わくば。ヤツが私の元に現れてくれることを。
次回より都庁編です。
都庁を守る竜人達の砦。竜人とリザードマンが徘徊する砦を461さん達はどのように攻略するのか? お楽しみに。