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閑話 パララとポイ君

 これは夢のお話。


 彼と彼女がまだダンジョン配信者になる前の……。



 5年前。



 〜ポイズン社長〜



 高校からの帰り道。公園のベンチに座った俺は、意を決してメールに書いてあった連絡先へ電話した。


『……それは辞退するということでよろしいのですか?』


「はい。その、祖父が亡くなってしまったので研修には出られなくなってしまいまして……」


『それは大変ですね……ではこちらの方で処理しますので番号の確認を……』


 淡々と手続きの説明をしてからプツリと切れる通話。非情というかなんというか……優しい言葉をかけて貰えただけでもまだマシだったか。


「はぁ〜しゃあねぇよな……」


 スマホのメールを見つめる。ずっと目標にしてたオーディション。その合格メールを削除する。消す直前に「合格おめでとうございます」という文言が見えて、胸の奥がチクリと痛んだ。


 ……ダンジョンが現れてから芸能事務所は全て大阪に移ってしまった。これから事務所に所属して研修を受ける為には俺も大阪に住まなきゃならない。だけど、それももう無理だから、断るしかない。


 仕方ないよな。


 自分にもう一度言い聞かせる。


「爺ちゃん……」


 芸能人になりたいっていう俺の夢をずっと応援してくれてた爺ちゃん。


 男手一つで俺とアリサの面倒見てくれてたけど……でも1週間前、仕事で高所作業中に事故で……まさか爺ちゃんが死んじまうなんて。


 合格発表を見せた時はあんなに喜んでくれたのに。「これからもっと頑張らねぇとな〜!」って元気だったのに。


 ベンチの背もたれに体を預けて空を見上げた。真っ青な秋空に白い雲が気持ちよさそうに泳いでる。あーあ。なんか、こんな日に限って天気いいよなぁ〜。


「……仕方ねーだろ」


 爺ちゃんが持ち家と少しばかりの蓄えを俺達に残してくれてるのは分かったが……アリサの事を考えると、一緒に大阪には行けない。


 この業界はとにかく売れるまで金が稼げない。毎日稽古して、バイトして、アリサの分まで稼いで……ってなると流石に無理だ。まだアイツ12だし、爺ちゃんとの思い出のある家も手放したくない。


 アリサも爺ちゃんが死んで落ち込んじまってるし……まぁ、アイツがあれだけ悲しんでるせいで俺は冷静でいられるんだけどさ。


「はぁ……」


 ため息が出る。夢に届いたと思った瞬間に手から滑り落ちたみたいだ。大事な家族まで死んじまって……これからアリサと2人でどうしたらいい?


 俺って、このまま夢捨ててアリサの為に生きてくのかなぁ……。


 なぁ、爺ちゃん。教えてくれよ。爺ちゃんならどうする?



「……そろそろ帰らねぇとアリサが帰ってくるな」



 俺は、憂鬱な気持ちで家に帰った。





◇◇◇


 オーディションを断ってから1か月ほど経ったある日。宅配便が届いた。荷物を受け取ったアリサはそそくさと部屋に戻り、中で何かをしていた。


 不思議に思って部屋に入ると、彼女は妙な格好をしていた。半袖のブラウスの上から肩がけヒモのついたオレンジ色のパンツを履いて。なんだかコスプレみたいな格好を。


「どうしたんだよアリサ。そんな格好して」


「ボクが大好きなキャラクターを真似したのだ!」


「はぁ? しかも何だよその話し方?」


「この子の口調なのだ!」


 アリサがスマホを差し出して来る。そこには緑色の髪にアリサが着ているような格好をしたキャラクターが映っていた。動画の中で話す雰囲気もアリサが真似しているのと同じだ。


「すっごく人気なのだ! ほら!」


 アリサがスマホを操作すると、そのキャラクターのサムネイルが映し出される。再生数もすごい。それだけで人気キャラクターだと分かる。


「可愛いでしょ? 真似したら絶対人気者になるのだ!」


「パクリじゃん」


「パクリじゃないのだ! パロディなのだ! ホラ! パンツもオレンジ色だし! ちょっとフリフリしてるでしょ?」


 アリサが服を見せてくる。確かによく見ると女の子らしさが強調されているというか、微妙に違うけど……小柄なアリサがその格好してたらますます似たような見た目に見えるな。


「で? 結局なんでその格好してるんだ?」


「人気ダンジョン配信者になるのだ! その為にはまずキャラクター性が大事なのだ! だからボクの大好きなキャラクターのパロディをするのだ!」


 アリサが腰に手を当てて踏ん反り返る。ふふんと鼻を鳴らして得意気な顔。それが妙に様になっている。


「ダンジョン配信者ぁ? お前そんなこと言ってたっけ?」


「ダンジョン配信者になればすごい人気者になれるのだ! 鯱女王(オルカ)とかイラストにもなってるし、PIZOやレゾルトなんてモデルやったりCMにも出たりしてるのだ!」


 そういや、最近ネット方面から芸能界進出して来るヤツらがいるな。アリサのヤツ、そういうのになりたかったのか?


「ダンジョン配信ってすごい人気なんだよ! 東京で人気者になるのに最適なのだ!」


「……ふぅん」


 ちょっとだけ嫉妬してしまう。俺は夢を諦めるって決めたけど、アリサの夢はこれからなんだ。


 なんか……不公平だな。


 あ、ダメだダメだ。俺が決めた事じゃん。アリサに嫉妬してどうする。



「ね? だから一緒にダンジョン探索者になって配信やろ? お兄ちゃん」



「え」



 一緒に?



「ダンジョンに行く探索者なら16歳になれば誰でもなれるし、配信して有名になればお兄ちゃんのやりたかったこともきっとできるよ?」


 確かに俺は18だからいつでもなれる。学校の授業で聞いた話だと管理局に登録したら特に資格はいらないって言ってたな。


 その時、アリサの頬を涙が伝った。



「お、おい。なんで泣いてんだよ!?」


「ボクのね、為にね……やりたい事諦めさせて……ごめんなさい」


「アリサ……」


「お爺ちゃんが死んじゃう前は……お兄ちゃんが大阪に行っちゃうって悲しかったけど、でも……嬉しかったの。お兄ちゃんがやりたい事をできるからって」


 アリサは、下を見つめたまま言葉を続ける。


「お爺ちゃんが死んじゃって、お兄ちゃん、ボクの為に全部捨てちゃったでしょ? 今まで頑張って来たことも、全部……だから……」



 爺ちゃんが死んでからコイツなりに色々考えて……。



「ボク……絶対お兄ちゃんのこと人気配信者にできるよう頑張るから、だからお兄ちゃん、一緒にやるのだ!」


 ……。


「ほ、ほら! ダンジョンでアイテム見つけてお金も稼げるし、配信者として人気になればそれも収入になるってここに書いてあるのだ!」


 アリサがスマホを見せて来る。爺ちゃんに買って貰ったスマホには「目指せダンジョン配信者!」という名前のブログが映し出されていた。


 それで思い付いたのがダンジョン配信者ってヤツか。


「でもお前12歳じゃん」


「あ!? ほ、ほら! ボクが16歳になったら一緒に……4年間はその、待って貰わなきゃいけないけど! 準備期間なのだ! 勉強するのだ!」



 あたふたと慌てるように言うアリサ。何だか、子供だなと思ってしまう。待つ以前にダンジョンだろ? そこで死んじまうかもしれないし、そんな甘いものじゃないだろ。表面のキラキラした所だけ見てるんだなと思ってしまう。



 ……だけど。



 俺は自分の中で渦巻く否定的な言葉を振り払った。



 アリサなりに俺の事を応援してくれてるんだ。



 真剣に考えてくれたんだ。それを否定したくない。俺に「やったらいい」じゃないんだ。「一緒にやろう」なんだ。



 自分が恥ずかしくなってしまう。アリサが自分の足枷のような、そんな感覚がどこかにあった。アリサは自分の全部かけて、俺のことを応援しようとしてくれていたのに。


 アリサは両手で涙を拭いながら必死に訴えてきた。


「ボクは! お兄ちゃんに笑ってて欲しいのだ! お爺ちゃんが死んじゃってからお兄ちゃんずっと悲しそうなのだ! そんなの嫌!」



俺ってそんな顔、してたんだ。



「ボクは笑ってる人を見るのが好きなのだ……1番近くにいるお兄ちゃんに、1番笑っていて欲しいのだ……っ!」



 その言葉に、俺はぶん殴られたような気持ちになった。



 そうだ、俺……俺も同じだった。俺は誰かを笑顔にしたいと思ったから目指してたんだ。自分が昔、笑顔になったことがあったから。それで憧れてたんだ。テレビの中の、あの人達に。


 それがいつの間にか芸能人になりたいって思いだけが残っていて……。



 ……。



 そうだよ。



 何でもいいんだ。



 短絡的だっていい。大人から馬鹿だって言われてもいい。アリサが誘ってくれたんだ。俺の夢の為に、アリサが考えてくれたことなんだ!



 ……俺がしっかり下準備して、簡単な所から目指していけばきっと……っ!



 アリサが考えてくれたダンジョン配信者ってヤツに、俺はなりたい。



「ならさ、俺もアリサを人気者にしてみせる」



 俺はアリサの手を取った。なんだかんだで俺とコイツは兄妹なんだな。やりたいこと、一緒じゃん。



「みんながアリサを見て笑顔になるようにさ。そしたら、アリサも楽しくねーか?」


「うん!」


 ダンジョン。配信……Dチューブ。分からないことばっかだけど、アリサが探索者になれる16までまだ4年ある。その間に徹底的に準備してやるぜ!



 ……。



 それから俺は4年かけて配信者になる為の準備をした。まず俺が探索者になって、簡単なダンジョンに潜って経験を詰んだ。


 他にも色々調べた。鯱女王のスキル主体の育成方法だけじゃなくて、基本的な……地味な攻略法も。幸い、この時の経験は後で役に立った。俺達はスキルツリーの能力にあまり恵まれなかったから。


 俺が毒主体、アリサが麻痺主体の構築にせざるを得ない中で、俺は敵の動きを観察し、相手の行動を制約することで時間をかけて戦う方法を考えた。


 アリサは参考にしたキャラクターと自分の能力から探索者名を「パララもん」にした。それに合わせるように俺は毒だから「ポイズン社長」に探索者名を変更。馬鹿みたいな名前だけど、覚えて貰えるように漢字を組み合わせてわざと変な名前に。


 インパクトってのは大事だ。この名前のコンビなら、誰が見ても絶対に忘れない。



 ……。



 そしてアリサが16歳になってから数ヶ月後。初配信の日がやって来た。



 ダンジョンの入り口を前に、アリサは手鏡で髪を直していた。



「えへへ。やっぱりこの髪のボクも可愛いのだ!」


 オレンジ色に変わったアリサのショートヘアが、風に吹かれてユラユラと揺れる。


 異世界の力であるスキルツリーの加護を受けると、髪の色が変わることがある。世界のマナがどうたらとか管理局のヤツに説明されたけどよく分からない。まぁ、配信者やるなら変わった方が目立つよな。


 俺は緑のメッシュみたいになったけど、アリサの髪は綺麗なオレンジ色だ。それが彼女の選んだキャラクターのパロディ服にも合っていて、映像映えするなと俺は思った。



「よし、段取りは大丈夫だよな? 今日から配信者デビューだぜアリサ。気合い入れてけよ」


 彼女の背中を叩くと、急にロボットのようなギクシャクした動きになってしまった。


「きゅ、急に不安になってきたのだ……大丈夫かな、お兄ちゃん……」



「心配すんなって! スキルも上げたし、攻略も配信もめちゃくちゃ練習して来たろ?」



「が、がががんばるのだだだた……」



 ガチガチに緊張したアリサ。これはヤバイな……。


 俺は、その緊張を解そうとある事を思い付いた。



「よし、今日からお前のことはパララって呼ぶぜ! だから俺の事はポイ君と呼べ!」



「ポイ君なのだ?」



「そうだ! こういうのはな、インパクトが大事だろ? ポイズン社長だからポイ君! いい呼び名じゃね?」


「ぷっ、何その変な呼び方! バカみたいなのだ!」


「良いんだよバカみたいで!」


 アリサが腹を抱えてケラケラ笑う。その様子に先程までの緊張は無かった。



 これで、大丈夫そうだな。



「よし! 気合い入れて行くぜ! 配信開始しろパララ!」


「了解なのだポイ君!」


 パララがドローンを空へと飛ばす。流れ始める「初見です」のコメント。コメントの向こうにいる視聴者に向けてパララと元気良く挨拶する。


 俺達は、「ダンジョン配信」の世界へと足を踏み入れた──。






◇◇◇




 ん?



 なんか懐かしい夢を見たような……?



 考えていると突然、むせるような感覚に襲われた。


「かはっ!? ゴホッ!? ゴホッ!?」



 周囲を見ると、涙でぐしゃぐしゃになったアリサがいた。


 アリ……あ、パララって呼ばないと。


「あれ? なんでパララが泣いてるんだ?」


「なんでじゃないのだ!! 心配したのだ! バカバカバカ!!」


 パララは、俺に縋り付いてワンワン泣いた。それで色々思い出してくる。


 そうか俺……竜人からパララを守って……絶対死なせねぇって……。


「……悪かったって。パララを守んねぇとって思ったらさ、勝手に体が動いてたんだ」


「バカなのだぁ……ポイ君はバカなのだぁ……」


 パララの頭を撫でる。サラサラしたショートヘアの感触が気持ちいい。



 また妹に会えて、俺はホッとした。






次回は竜人達のお話。ガランドラがやられて逃げ帰った2人の竜人。彼らは何をしようとしたのか?

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― 新着の感想 ―
武史がポイパラ家に引っ越してきた回を思い出しました……(涙) 家の柱に背比べの跡があるのを武史が見つけ…………見つけないか~、武史だから!(笑)
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