第179話 死なせたくない
〜鯱女王〜
目の前で風穴が空いた竜人を見る。いい所までイったけど……惜しかった。やっぱり12年前の初めてのボス戦の感覚には程遠いか。
ヤツから大量のレベルポイントの光が溢れ出す。この量、かなりの量があるな。
スマホを取り出してレベルポイントの光を吸収させようとした時、光の軌道が変わった。
「何?」
見ると、生き残りの竜人が2体。その片方が巻物を翳していた。そこにレベルポイントの光が吸い寄せられていく。
「お、おいダルク。早く逃げようぜ!」
「我らの任務を忘れたのか? 光を集めなければ……」
……レベルポイントの光を自分達の物にするつもりか?
ヤツらへ向かって飛ぶ。拳を構えると巻物を持っていない方の竜人が怯えたような声を出した。
「お、俺はもう待てねぇ! 移動魔法を使うぞ!」
「待てベイルスト! まだ光が……」
ヤツらを殴り付けようとした瞬間、2人は掻き消えるようにその場から消えた。
「……魔法か」
周囲を確認する。近くに竜人の気配は無い。転移系の魔法を使ったのか。
残った光が僕のスマホに吸収される。全てを吸い終えると、スマホから電子音声が鳴り響いた。
『1万ptを獲得しました』
1万。あの光の量……ヤツらに2万pt以上横取りされたか。
◇◇◇
〜シン〜
「タルパちゃんは赤い竜人にやられた人を頼む!! この回復薬を使って!」
「分かった!」
タルパちゃんが走っていくのを見送り、横たわるポイズン社長の服をはだけさせる。
「う……うぁぁぁぁ……」
「私に蘇生魔法の才能があれば……」
「まだ諦めちゃダメです!」
泣きじゃくるパララもんと、狼狽える女の人を横目にポイズン社長に心臓マッサージをする。
見たところ、殴られた箇所はそれほど酷い傷じゃない。当たりどころが悪かったみたいだ。こんな所で調べていたことが役に立つ日が来るなんて。
だけど時間が……。
心臓が止まってから時間が経つにつれて蘇生率は落ちてしまう。彼がやられてからどれだけ……いや、弱気になるな! 今は自分ができることをやるだけだ!!
膝立ちになる。彼の胸の真ん中に手のひらを乗せ、その上にもう片方の手を重ねる。そのまま全体重をかけて押す。力を抜く。それを1分間に100回。
頼む。
頼む。
頼む……っ! 戻って来い!!
頭の中にあの日のことが蘇る。親友の賢人が死んだと告げられた日のことを。僕は何もできなかった。死んだことすら……知らなかった。今もどこかで元気にしてるだろうって、勝手に思い込んで……僕は……。
「頼む。死なないでくれ……っ!」
いつの間にか彼に、賢人を重ねていることに気付く。きっとタルパちゃんの影響だ。彼女と会うまでは他の人のことなんてどうでも良かった。このダンジョンのボスが持つという宝玉。それさえあれば賢人を生き返らせることができる。そう、担当に聞いたから。
それさえできれば良かった。だけど今は……。
横を見る。パララもんという女の子は涙で顔をぐしゃぐしゃにしてこの人の事を見つめていた。
……誰にも僕みたいな思いはさせたくない。
タルパちゃんと出会ってから、彼女の優しさに触れてから何故か僕はそう思うようになっていた。
心臓マッサージを続ける。
頼む。頼む!! 息をしてくれ……っ!!
──お前は何をやっている? その男より賢人を優先するべきだろう。
頼む! 今は静かにしてくれ!
賢人の死を知ってから後悔ばかりだったんだ。だけど……だから! 今! 後悔しないようにしたいんだ!!
──後悔ねぇ……。
心臓マッサージを続ける。
頼む。
お願いだ。
「ひぐっ、お願いなのだぁ……目を覚まして……」
パララもんが泣いてる。泣いてるぞ! アンタの為に!!
アンタの為に泣く人がいるんだろ!! これ以上泣かせちゃダメだ!
「戻って来い!!」
でなきゃ彼女は何年もアンタのことを想い続けるんだぞ!?
何年も何年も何年も……っ!! 後悔に苛まれて前に進めなくなる!!
「戻って来いよ!!」
僕みたいに前に進めなくなるんだ!!
大切な人がそんな風になるなんて嫌だろ!!
だから……っ!
だから!
……あれ?
何年も?
僕が賢人のことを知ったのはつい1ヶ月前のはずじゃ……なんでそんな風に思って……。
疑問に思った時。僕の手のひらがうっすらと光った。
なんだこの光……?
──ちっ。鬱陶しいことになったな。
内なる声は何を言って……。
内なる声はそれ以上何も話さない。手のひらの光は輝きを増すと、ポイズン社長の体を包み込んだ。
「ぽ、ポイ君の体が光ってるのだ……!?」
「蘇生魔法……? いえ、これは全く別の……私も知らない魔法です!」
魔法? なんだ、一体……。
疑問に思った次の瞬間、ポイズン社長が息を吹き返した。
「かはっ……っ!? ゴホッゴホ……っ!」
「ポイ君!?」
彼はしばらくむせて地面を這いずった後、パララもんを見て不思議そうな顔をした。
「あれ? なんでパララが泣いてるんだ?」
「なんでじゃないのだ!! 心配したのだ! バカバカバカ!!」
パララもんがポイズン社長に縋り付いておいおいと泣き始める。
彼は混乱したように周りを見回す。そして、倒れる前のことを思い出したのか、優しく彼女の頭を撫でた。
「……悪かったって。パララを守んねぇとって思ったらさ、勝手に体が動いてたんだ」
「バカなのだぁ……ポイ君はバカなのだぁ……」
先程までオロオロとしていた女性もホッとしたように胸を撫で下ろす。
「良かった……短い命なのですから無茶してはいけませんよ?」
「ちょ!? フィリナ!? その言い方酷くない!? ていうかあれ? 武史は?」
ポイズン社長の言葉に、2人はハッとした顔で森の奥へ目を向ける。その視線の先では、タルパちゃんに肩を借りた武史さんが歩いてくるのが見えた。
パララもんと同じくらい涙でぐしゃぐしゃにした顔で。ポイズン社長の姿を見た彼は、膝を付いて大泣きを始めた。
「社長ぉ……良かった……良かったぁぁああああ……」
「武史!? ボロボロじゃねぇか!?」
「ごごごごめんなのだ武史〜!!」
「大丈夫ですか武史さん!?」
パララもん達は「後でちゃんとお礼をする」と言って武史さんの元へ走って行った。
タルパちゃんは彼らに武史さんを預けると、残っていた2人の探索者達に声をかける。呆然とする2人の探索者。武史さん達は彼らを助けようとしたんだろう。
僕の周りから人がいなくなって、一気に静かになる。
はぁ……疲れた……。
良かった……あの光とかよく分からないけど、助かって……。
力が抜けて倒れ込む。背中に伝わる草の感触が気持ちいい。安堵に包まれて空を見上げていると……いつの間にやって来たのか、鯱女王が僕を見下ろした。
「君、僕を騙した? 狙われていたの、他の探索者だったよ?」
「……騙して無いですよ」
「ふぅん。ま、戦えたから良いけど」
無表情な顔。自信に満ちているようで、でもどことなく満たされていない顔。彼女にとってはまだ足りないってことか。
「ありがとうございます。貴方のおかげでみんな無事でした」
「知らない。竜人と戦ったから僕はもう行くよ」
背を向ける彼女。マズイな。これから絶対彼女の力が必要なのに。
僕は、彼女を引き止める為に竜人達の目的を口にした。
「そう言えば、ヤツらレベルポイントの光を集めてるんですよ」
鯱女王がピタリと足を止める。
「竜人達は自分達の神を復活させようとしてるそうです。もしかしたら、とんでもなく強いヤツなのかも」
立ち去ろうとしていた鯱女王がクルリと振り返る。なんとも言えない暗い笑みを浮かべて。
「なら、もう少し付き合ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「神か、いいね。あの子の見てる前でそんなヤツと戦ったら……ヤバいかも……ふふ……興奮してきた……」
気持ちの悪い笑みを浮かべる鯱女王。大丈夫なのかこの人……配信者に詳しくない僕にはとても彼女が人気配信者だとは思えないな。
──そろそろタイムリミットか。
一瞬、内なる声が何かを言った気がしたけど、よく聞き取れなかった。
次回は閑話です。意識を失っていたポイズン社長は夢を見ていたようです。昔の夢を。
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次回は10/9(水)12:10投稿です。よろしくお願いします。