第178話 鯱女王vs竜人の拳闘士ガランドラ【配信回】
鯱女王が現れる少し前。
〜タルパマスター〜
鯱女王を連れた私達は竜人の雄叫びを聞いた。声の方へ駆け付けると、そこには大剣を持った探索者と赤い竜人が戦っているのが目に入った。
あの人は見たことがある。B級探索者「鉄塊の武史」さんだ。なら、彼とパーティを組んでるパララもん達もどこかに……。
周囲を見ていると、リザードマンに捕まったパララもんの姿が。他にも探索者がいる。マズイ。このままじゃあの人たちが……。
「タルパちゃん」
隣にいたシンくんは落ち着いた様子で私を見た。
「タルパちゃんの夢想魔法でアイツらの気を逸らして。その隙に鯱女王さんはリザードマン達を倒して下さい」
「はぁ? 僕はあの赤い竜人と戦うよ。あっちの方が強そうだし」
「ダメです。先にアイツらを倒して下さい。他の探索者が捕まってる」
「僕は誰の指図も受けない」
鯱女王の目が鋭くなる。その瞬間、自分の背中にゾクリと寒気が走った。すごい殺気……邪魔するなって言ってるみたい。
だけどシンくんは、怯むことなく続けた。
「竜人達は探索者をナメています。今、鯱女王さんが戦いにいけば赤い竜人が本気を出す前に戦闘が終わりますよ?」
「……へぇ。どうしてそう思う?」
「僕は竜人と直接戦ってます。アイツらは人間より身体能力も、技も、圧倒的に強い。だからこそ人間をナメてかかる。プライドが高いんです。アナタに対してもきっとそうでしょう」
鯱女王から先程の殺気が消え去った。シンくんの言葉に耳を傾けるように。
「だから、まずはアイツの仲間を徹底的に倒して下さい。徹底的にです。アイツに見せ付けるんです。『鯱女王は本気を出すべき相手だ』と」
鯱女王は少し考えを巡らせた後、驚くほどあっさりと頷いた。
「それもそうだな。うん、その話乗ってあげるよ」
言い終わったと同時に鯱女王が懐からドローンを取り出す。それを空へと飛ばすとリザードマン達の元に飛び出した。
数秒後、鯱女王のスキル「水流激」発動の声と共にリザードマン達の叫び声が聞こえた。一撃で複数体を同時に倒してる。すごい……。
でも、シンくんも……。
「よく鯱女王を言いくるめられたね」
「少しだけど言動を聞いてたら分かるよ。彼女は話を聞かない訳じゃない、自分の観念と違う事に合わせるのが嫌いなだけだ」
そんな事、この短時間で分かったの?
何だかシンくんの様子が少しだけ違う。もっと自信なさげだったのに、私よりも大人びているような……。
「ほら、そんなことより早く行こう」
シンくんが走り出す。我に返った私は慌てて後を追いかけた。
「ねぇ、どうしたのシンくん? なんだかいつもと違うよ?」
「あの人」
シンくんの指した先には倒れた探索者。あの人も知ってる。パララもんの相方のポイズン社長だ。
「あの人さっきから身動き1つ取っていないんだ。もしかしたら……」
シンくんの表情を見る。彼は悲しさと決意に満ちたような表情で呟いた。
「知らない人でも、死なせたくないんだ。今ならまだ間に合うかもしれない」
◇◇◇
時間は進み、現在。
〜竜人の拳闘士 ガランドラ〜
目の前に奇妙な女が立っている。奇妙な装備をした冒険者の女。肘まである金属製ガントレットにブーツ、口だけを覆う装甲。
その装備から、この女が俺と同じ格闘主体なのは分かった。
ヤツの奥に目を向ける。引き連れて来たリザード兵はこの女に一瞬でやられた。全滅だ。30体のリザードマンを1人で殺すとは。
部下のダルクとベイルストも怯えちまったみたいだし……これほどの力量を持つ者は初めてだ。
ヤツを観察していると不意に耳元で羽音が聞こえる。横目で見ると、4枚羽の虫のようなヤツが俺の周りをブンブンと飛んでいた。
〈リザードマン達瞬殺だったな!〉
〈やっぱ強えw〉
〈竜人がいる:wotaku〉
〈竜人ゴツ過ぎw〉
〈ひゃだ!? 武史が倒れてるわ!?〉
〈やられたんかな?〉
〈心配〉
〈鯱女王が戦ってるんだ!〉
〈搾られたい〉
〈キショコメ来たw〉
ちっ。なんだこの虫みたいなヤツは。鬱陶しい。
周囲をブンブンと飛び回っていた虫を手で弾く。虫はバランスを失ったようにヨロヨロとその場から離れた。
〈わああああああ!?〉
〈画面が揺れてるんだ!?〉
〈気持ち悪い……っ!?〉
〈スマホ投げた〉
〈腹立つなぁ!〉
まぁいい……あの女、本気で遊べるかもしれねぇな。アイツは俺の事を「雑魚」と言いやがった。それを後悔させながら殺してやるぜ。
翻訳魔法を発動する。絶望を味わわせるにはやっぱ意思疎通取れねぇとなぁ。
「へっ。いつまで強気でいられるか……見ものだぜ!!」
「ふぅん。何をするかと思ったら僕とおしゃべりしたかったのか」
〈シャベッタアアアアアア!?〉
〈やっぱり竜人は話すんやね〉
〈僕も見たんだ! 話すんだ!〉
〈戦闘力も高いのよねぇ〉
〈鯱女王は搾らないで……〉
〈ウソ……!? キショコメに意思が……!?〉
〈ファンなら応援して当然よ♡ ってそれより誰か武史助けなさいよ!!〉
〈先に竜人倒さんと無理やろ〉
〈……:wotaku〉
バカにした態度を崩さない女。ふざけやがって。
「テメェ……後悔させてやるよぉ!!」
俺は大地を蹴り、ヤツへと一気に距離を詰める。無防備なその顔面に拳を叩き込んだ。
〈速ええ!?〉
〈あの巨体で!?〉
〈人の身体能力を遥かに超えている:wotaku〉
〈ヤバスギィ!?〉
〈鯱女王大丈夫か?〉
〈やられたりしないよな?〉
〈鯱女王! 頑張って欲しいんだ!〉
手ごたえがあった。しかし、違和感を感じる。顔面を殴ったはずの右拳に水の感触。コイツ……何かしやがったな。
咄嗟にヤツから身を引く。その瞬間、目の前を水流が通り過ぎた。先程リザードマン達を仕留めた水流撃のスキルか。
〈うおおお!?〉
〈鯱女王の反撃!!〉
〈当たれ!!〉
〈削りとれ!!〉
〈避けられたわよ!?〉
顔をのけ反らせて水流を避け、横に一回転して女の顔面に蹴りを放つ。今度は衝撃の瞬間を見逃さないように目を凝らす。ヤツに蹴りが当たる寸前、水の膜が発生し、俺の蹴りを受け止めた。
「分かったぜ!! 水壁魔法か!?」
〈水壁魔法!?〉
〈教えてウォタクニキ!〉
〈水壁魔法は水属性の対物理攻撃魔法:wotaku〉
〈水で物理防ぐとかw〉
〈もはや超能力www〉
〈鯱女王だからね〉
〈この説得力よw〉
水と魔力を練り合わせ、物理攻撃を防ぐ魔法か。だが、初歩の初歩の魔法だ。それで俺の攻撃を防ぐなんざ……この女……やはり相当な手練。だが、タネが分かればどうとでもなる!!
「オラァ!!!」
己の拳に魔力を込める。一撃の威力を上げれば防ぎきれねぇぜ!
「!?」
女の顔面に拳が直撃する。水壁魔法で多少威力は殺されたが今度は確実に殴った感触があった。吹き飛んだ女。その口元を覆っていた装甲が粉々に砕け散った。
〈うわあああああ!?〉
〈マスク砕けた!?〉
〈美人!!〉
〈コメ民マジメにやれ!〉
〈竜人って弱点無いの!?〉
〈無い:wotaku〉
〈ヤババババ!?〉
〈鯱女王負けちゃう!?〉
〈鯱女王は負けないんだ!〉
「へへっ。いいねぇ……本気で殴れる人形とかたまんねぇ……」
興奮してくるな。殺さず痛ぶるのはフラストレーションが溜まるんだ。これなら本気で痛め付けて……。
「水壁魔法を見破って拳に魔力練り込むとかやるじゃん。じゃあ僕も少し本気出すかな」
……本気?
吹き飛んだ女が空中でクルリと回転する。そして、地面に足が付いたと思った瞬間、ヤツの足元で水の爆発が起こる。それを認識した頃には目の前に女がいた。後ろで括った長い髪を揺らし拳を構える女。その口元はグニャリと歪み気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「何!?」
「シャアアアアアアアアア!!!!」
女の叫びと共に右拳が放たれる。ヤツの右肘で水の爆発が巻き起こりその拳が急加速する。なんだこの速度は!?
顔面に衝撃が走る。吹き飛ばされると思った瞬間、左脇腹に猛烈な痛みが走った。内臓ごと持っていかれそうなボディブロー。この威力、この速度で2連撃かよ!?
「オゴォッ!?」
痛みが全身を駆け巡る中、脳裏に「死」の文字がチラついた。
〈うおおおおおお!?〉
〈強スギィ!?〉
〈あの竜人めちゃくちゃダメージ受けてるやんw〉
〈真正面から撃ち合えるか……:wotaku〉
〈搾られたい〉
〈またキショコメwww〉
〈押せ!!〉
〈ぶっ倒せ!!〉
お、俺が死ぬだと? こんな女如きに……?
一瞬でも「死ぬかもしれない」と感じてしまったことが一気に頭を燃え上がらせる。ふざけるな……っ!! 俺が人間如きに負けるはずがねぇ。テメェは絶対にぶっ殺してやる!!!
「ふざけんじゃねぇ!!!」
浮き上がりそうな体を立て直し、大地を踏み締め、渾身の一撃を女に叩き込む。そのまま大地へと叩き付けて全力の拳を叩き込んだ。
「オラオラオラオラァ!! 死ねぇぇ!!」
〈!?!?!?!?!?〉
〈殴られまくってる!?〉
〈いや、死ぬやろあんなん!?〉
〈マジ!? 鯱女王負けたら勝てるヤツおらんやろ!?〉
〈負けないで欲しいんだ!!〉
「オラぁ!!」
拳を叩き付ける。殴る度に痙攣する女。やっぱ人間だから脆いよなぁ……舐めたことしやがるからこんなグシャグシャに……。
「はぁぁぁ……♡ ヤバッ……久々にイキそう♡ イッ……イクッ……あっ♡ やめないで♡」
〈ん?〉
〈イクって言った?〉
〈何この顔?〉
〈え、なんか興奮してる?〉
〈戦闘中だよな?〉
〈鯱女王がそんな事言うはずないんだ!〉
〈そうだよな〉
〈なんだ聞き間違いか〉
〈お前らの心が汚れてるからw〉
〈そんなことより戦闘の心配しなさいよアンタたち!〉
……。
俺は翻訳魔法を使った事を猛烈に後悔した。大地に叩き付けられ、全力で殺しにかかる相手になんだこの顔は……?
よく見ると、水壁魔法が再び発動している。先程よりも濃い魔力を練り込んで。コイツ……自分が死なないようダメージを調整してやがったのか?
「はぁ……はぁッ♡」
息を荒くした女がゆっくりと立ち上がる。俺は、気味の悪さにヤツから距離を取ってしまう。
「止めるなよ……っ!! イケなかったじゃないかっ!!」
〈あ〉
〈こりゃあ……〉
〈やっぱり?〉
〈なんなんだ!?〉
〈子供は知らなくていい〉
〈色々な人がいるのねぇ……〉
〈ネキが言うんかwww〉
〈……もうやだ:wotaku〉
〈ウォタクニキ涙目w〉
〈ニキは真面目に解説しようとしてくれてたのに……〉
〈どうしてコメ民すぐ下ネタに走ってしまうん?〉
今度は女から猛烈な怒りのオーラが湧き上がる。それで悟る。この女はダメだ。俺の存在を脅かす。俺の世界にいてはいけないヤツだ。その途方もない殺気が、俺に技を発動させた。
拳に魔力を集中させる。衝撃波で相手を存在ごと消し飛ばす技。デストラクトブロウ。これで存在ごと抹消してやる!!
「うおおおおおおおおおッ!!!」
全身から魔力を噴出させる。オーラのように放たれた魔力がウネリを上げて俺の右拳に集まっていく。
一撃だ!! 痛め付けるとかじゃねえ!! 一撃で殺すッ!!!
〈え……っ!?〉
〈オーラみたいなの見える!?〉
〈魔力が濃すぎて目視できる:wotaku〉
〈ヤバスギィ!?〉
〈いや、あんなん受けたら死ぬやろ!?〉
〈逃げろ!!〉
〈死なないで欲しいんだ!! 倒して欲しいんだ!!〉
「……分かったよ。君が言うなら」
一瞬、女が虚空を見つめてポツリと呟いた。その視線の先には先程飛んでいた虫。なんだ? アイツと意思疎通でも取ってやがるのか?
女の周囲に魔力と共に何かが集まっていく。ヤツの周囲の大気から、木々の葉から、小さな水の粒が集まっていた。それは巨大な水球となり、右のガントレットに吸収されていく。
「来いよトカゲ君。決着をつける。思い残す事のないよう全力で来い」
スカしたような女の顔に俺の怒りが頂点に達した。
「言われなくても全力で消し飛ばしてやるよおおおおおお!!!!」
怒り、焦り、嫌悪感。俺の中の感情が全力でこの女を拒否する。
気持ち悪りぃ! 気持ち悪りぃ!! 気持ち悪りぃ!!!
絶対に殺す!!!
大地を踏み締め、右拳に蓄積された魔力を解き放つ。
「デストラクトブロウ!!!!」
右拳から発生した衝撃波が巨大な拳を形作る。その一撃は、周囲の樹々を薙ぎ倒しながら女へと迫った。
「死ねええええええ!!!」
「死ねないからね。本気で行くよ」
女が左手を前に構え、右拳を腰に構える。澄んだような無の表情。女の両眼が真っ直ぐに俺を射抜く。
その瞬間。
俺の全身が小刻み震え、脳内で警告が鳴り響いた。
逃げろ。喰われる。逃げろ。
殺意ではなく、怒りでもなく、恨みもなく、ただ純粋に俺を殺そうとしている、そんな顔。これは、なんだ……凶悪なモンスターと対峙したような……。
デストラクトブロウが直撃する寸前、女がポツリと技名を呟いた。
「鯱パンチ」
ふざけたような名前の技。それと同時に女が拳を放つ。右肘で水の爆発が発生し、その拳が放たれる。俺に比べればずっと小さな拳。それが衝撃波を生む。
「シャアアアアアアアアア!!!!」
響き渡る雄叫び。ヤツから放たれた衝撃波は俺のデストラクトブロウをも飲み込み、向かって来た。
バカな……お、俺の……俺のデストラクトブロウを正面から打ち破る人間が……っ!?
「があ゛っ!?」
衝撃波が俺に直撃する。下を向くと、体にポッカリと風穴が空いていた。手足がかろうじて繋がっている体。痛みすら湧かない体からレベルポイントの光が溢れ出す。
〈やばい……〉
〈凄すぎてコメントできなかった〉
〈正面から倒すとか〉
〈いや、やっぱS級だわ鯱女王〉
〈強すぎ〉
〈凄いわね!〉
〈やっぱり鯱女王はカッコいいんだ!〉
「嘘だ……嘘だ……俺が……」
悔しさに包まれる。なぜ俺より強い存在がいるのか。なぜ俺は本気を出して負けたのか。なぜ俺は……。
突然、目の前に女が現れた。まともに声すら出せない。そんな中、俺の口から出たのは怯えた声だった。
「ひっ……っ!?」
「決着だ。最後までキッチリ仕留めてあげるよ」
「だ、だずけ……」
「僕は他人の指図は受けないんだ」
女が無表情で呟く。その瞬間、絶望に包まれた。
「鯱パンチ」
拳が叩き付けられる。自分では分からないが俺の体の何かが吹き飛んだ。もはや、指一本動かない。俺の体は原型すら残していないのだろう。
俺の身体から溢れ出す光。その向こう側で女は、空飛ぶ虫に向かって微笑んだ。先程まで見せなかった姿。風に靡く髪を押さえて照れたように笑う女の顔。
あの虫に、女を惹きつける何かがあるのだろうか? いずれにせよ、もう俺の事など眼中にもないのだと分かった。
「格好良かった……かな? ……くん」
その言葉を最後に、俺の意識は無くなった。
次回、倒れたポイズン社長の元にシンが……果たして……。