第174話 勧誘、鯱女王。
〜鯱女王〜
「……」
おかしい。
なんだ? なんであの少年と少女はさっきからついて来るんだ?
振り返ると、2人の顔がパッと明るくなる。それを無視して先に進む。横目で彼らを見るとまた暗い顔になった。
振り返る。顔が明るくなる2人。
先に進む。顔が暗くなる。
さっきから話しかけようとしているみたいだし、なんなんだ彼らは?
あまり知らない人と話すのは好きじゃないが仕方ない。ずっと後を付けられても面倒だ。
「……君達なに? 僕のファン?」
ファンと言うと、ゴスロリ服を着た女の子は顔を赤らめてモジモジと俯いてしまう。対照的に、隣の少年は真剣な表情で僕を見つめた。
「鯱女王さんにお願いがあるんです!」
「断る。僕は忙しいんだ」
即答すると彼は口をあんぐりと開けた。どうしてダンジョン攻略中に他人の依頼なんか受けなきゃならないんだ。
彼らに背を向けて歩き出すと、また後ろから足音が聞こえてくる。しつこいな……。
「ちょっと! 話を聞いて下さいよ!」
「そ、そうです! 話だけでも!」
「聞いて断ったらSNSで変な話を吹聴するだろ」
「そんなことしないです!」
「大変なんです! 今私達は新宿に閉じ込められていて……」
「金色の魔法障壁だろ? どうせダンジョンのギミックだ。ボスを倒せば解除される。僕のクリアを待つことだね」
突然、木の陰からクモ型モンスターが飛び出して来る。ソイツは僕に向かって襲いかかって来た。
「あ、危ない!」
「モンスターが!?」
2人の声に苛立ちを感じた。何だその反応? 僕がこんなモンスターでピンチになるとでも思っているのか?
「危なくない。僕を馬鹿にしないでくれないか?」
小指を動かす。カチリという音と共に右ガントレットの肘カバーが開く。僕のスキル、「蒼海」が発動。周囲の大気から水分をガントレットに集め、ガントレットのノズルから噴出した水を爆発させる。爆発の勢いで加速した拳を大グモに叩きつけた。
「ギィッ!?」
潰れる大グモ。レベルポイントの光が溢れ出し、僕のスマホに吸収された。全ての光が吸収されると、スマホから電子音声が流れた。
『レベルポイントを800pt獲得しました』
「す、すご……」
「800ptクラスの敵を1発で……」
後ろが少し静かになる。ダメ押しするように冷たく彼らに言い放った。
「僕は誰にも指図される気はない。消えてくれ」
苛立ちを含ませた声で告げる。これで諦めるだろう。そう思ったが、2人は駆け寄って来て僕の前に立ち塞がった。
「何? 僕とやろうって言うの?」
睨み付けると、2人はビクリと体を震わせた。この反応、あまり強くないな……。
しかし。少年は震える手を握りしめて不敵な笑みを浮かべる。
「さっきトンボみたいなモンスター倒して『期待はずれだ』って言ってましたよね?」
「……それが?」
「あのですね……もっと強い敵を知ってるんですよ」
もっと強い敵?
少年の言葉に一瞬ときめいてしまう。そして、やたらと自分が苛立ちを感じていた理由が分かった。
この新宿に入ってからモンスターはそれなりに強かったけど、どうもイマイチだったからだ。僕が何年もずっと攻略を楽しみにしていた新宿……それがこんな物なのかと。
だから西新宿エリアに来たにも関わらず、この森でずっとモンスター狩りをしていた。「新宿迷宮はこんな物じゃ無いはずだ」そう思いながら。
もし彼らが言う事が本当なら……いや、彼らの言う「強い」なんてたかがしれてるかもしれないしな……やっぱり聞く必要なんて……。
考えていると、ゴスロリ服を着た女の子が慌てて補足した。
「竜人って言うヤツらがいるんです! 人と同じみたいに技を使いこなして、戦闘技術もすごくて……」
「竜人?」
その言葉には聞き覚えがあった。スマホから昨日配信した攻略動画のアーカイブを開く。その中で1つだけ脈絡の無いコメントがあったのを覚えていたからだ。
確か、モンスターにトドメを刺す寸前に……。
動画をスクロールして該当の箇所までスキップする。すると、そこに1つコメントがあった。
あった。wotakuってヤツのコメントで「竜人はボス並に強い」というコメント。確かコイツ、名古屋でもコメントしてたよな。かなりの古参勢だったはず。それで覚えていたんだ。
竜人……人よりも戦闘技術が高い敵、か。
……。
体がブルリと震える。期待感で胸がいっぱいになる。頭がフワフワして気持ちいい脳汁が溢れ出してくる。
ヤリたい。ヤッたら絶対脳汁出る。もしかしたらイキまくっちゃうかも……っ!
今まで以上のイキ方できるかな? ヤバイな。興奮してきた。
顔が熱くなって息が荒くなってしまう。邪魔なマスクを外してヨダレを拭う。
「ヒッ!?」
なぜか少年がゾッとした顔をする。少女が少年を後ろに追いやった。まるで僕から守るみたいに……僕はそんな変な顔をしていただろうか?
少年は、少女の背中から顔を覗かせた。
「あ、あの。僕達について来てくれたら、必ず竜人と戦うことになりますよ」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「竜人は僕達を狙っているんです。東エリアで襲われて何とか逃げ延びたから……アイツら執念深くて」
「何だ。君達を逃す程度の敵か。なら……」
がっかりだな。
断る。と言おうとした時、少女が僕の声を遮った。
「461さん達が助けてくれたんです! 彼らがいなければ私達はやられていました! 461さん達がアイツらを追い払ってくれて……」
「そう! それで僕達無事だったんですよ!」
461が? というより、461達と戦ってなおその竜人達は生きているということだよね? それってかなり強いという事じゃないか?
う〜ん……その竜人と戦えるなら彼らに同行してあげるか。
「いいよ。案内してよ、その竜人の所へ」
「は、はい! ありがとうございます!」
少年が元気よく頭を下げる。
竜人……か。ふふっ、楽しみだなぁ……っ!
顔に自然と笑みが溢れる。ふと見ると、少年と少女が僕から離れてヒソヒソと話していた。
(どうするのシンくん!? 竜人が私達を狙ってるって嘘なんか吐いて!)
(僕達を竜人が狙ってるってことにしたら鯱女王はついて来てくれるだろ? それに、タルパちゃんもフォローしてくれたじゃないか)
(そ、それは……シンくんが困ってそうだったし……ハンターシティで461さんに負けた鯱女王なら、彼らと戦って生き残ったラムルザ達に興味を持つと思ったから……)
(ありがとう。鯱女王を仲間にしてさ、461さん達と協力して貰えば、竜人達にもきっと勝てるって)
(で、でも嘘がバレたら怒らせちゃうよ!?)
(そこは上手にやるしかない)
(上手にって……)
少年と少女がコソコソと何かを話す。何を話してるんだろう?
「ねぇ、早く僕を案内してよ」
「はい!?」
「わ、分かりました!」
ビシリと背筋を伸ばす2人。なんか怪しいな。でも、まぁいいか。wotakuが竜人の話をしてた訳だし。本当なんだろう。
僕は、2人の案内で竜人を探し始めた。
次回からは武史パーティのお話。森を進む彼らは竜人を見かけて……? 西エリアの章も本格的になってきそうな気配です。