第173話 シンとタルパ、遭遇する。
〜シン〜
461さん達と別れて1日。僕達は森の中を彷徨っていた。西エリアは僕達の思っていたよりもずっと広くて、まだ他の探索者には出会えていない。この無数に生えた木々。これじゃまるで森の迷宮だよ……。
「ここの木がちょうど良さそうだ。筆記魔法を……」
木の見える所に目印を付ける。昨日丸1日歩き続けたのに全然旧都庁も見えないし……。
「あ、見てシンくん。ターロンベアがいる」
タルパちゃんが森の奥を指差す。461さんから教えて貰った熊型のモンスターだ。しかも1体。僕達はお互いを見て頷くと、戦闘の準備に入った。
「アイツの近くに他のモンスターは……いない。タルパちゃん、そっちはどう?」
「こっちもいないよ。あの1匹だけ」
「……よし。習った戦法で行こう」
「うん」
タルパちゃんが夢想魔法を発動し、僕と同じくらいの大きさの熊のぬいぐるみを2体召喚する。
「行って!」
タルパちゃんが合図すると、2体のぬいぐるみがドスドスとターロンベアに近付いて行く。僕は気付かれないようにヤツの背後に回った。
「グオオオオ!!!」
ターロンベアがぬいぐるみに攻撃を仕掛ける。ヤツが両腕を叩き付けたタイミングを測ってその背中にダガーを突き刺した。
「グオオ!?」
すぐさま後ろへ飛び退き、ダガーを構える。ヤツが体勢を立て直す前に、2体のぬいぐるみとターロンベアへ突撃する。
「グオ!?」
攻撃対象を絞りきれず混乱するターロンベア。ヤツがぬいぐるみに狙いを定めた瞬間、左脇腹にダガーを突き刺した。
「グオアアアアァァァ!?」
苦しむターロンベアにぬいぐるみ達が掴みかかる。身動きが取れなくなったターロンベアにダガーを何度も突き立てトドメを刺した。ターロンベアから溢れるレベルポイントの光が、僕とタルパちゃんのスマホへと吸収された。
『レベルポイントを300pt獲得しました』
タルパちゃんの分と合わせて600pt級のモンスターか。前に戦ったヤツよりも少し小ぶりだったけど結構なポイント溜め込んでるなぁ。
「やったシンくん! っとそうだ、警戒しないと……っ!」
喜ぶ前に周囲の警戒。461さんに教わったことを2人で実行する。タルパちゃんは敵がいないと分かると「ふぅっ」と息を吐いた。
「うん、敵はいないみたい」
「モンスターが来る前にターロンベアを解体しよう」
2人でターロンベアを解体して、必要な分の肉と、胆のうを取り出す。僕は新宿駅構内のお店で手に入れた食材保存用の袋に胆のうを詰めた。
タルパちゃんが肉の表面に香辛料をかけて袋から空気を抜いていく。3袋分その作業を終えると、食材を鞄の中へしまった。
新宿駅構内のお店にスパイスや道具が残ってて良かった。早速役に立ったぞ。ありがとうございます461さん、ナーゴさん。
「早めに野営の準備しないとね。お肉も生のままだと腐っちゃうし……」
タルパちゃんがさりげなく渡してくれたウェットティッシュ。お礼を言って受け取り手を拭く。だけどなかなか血が落ちないな。さっき見つけた水辺に戻るか。あそこなら一息吐けそうだし。
ふとタルパちゃんと目が合ってしまう。彼女は、少し照れた様子で目を伏せた。長いまつ毛に艶やかな表情。それを見た瞬間、僕の心臓が一気に跳ね上がった。
「もしかして気持ち悪くなっちゃった? シンくんがほとんど解体やってくれたし……」
少し頬を赤くしたタルパちゃんが僕の顔を覗き込んでくる。
か、可愛い。かも。
あ! ダメだダメだ! 僕は何を考えてるんだ! 今はそんなこと考えてる場合じゃないのに。
「大丈夫だから。気にしないで」
それとなく彼女から離れて、置いてあった鞄を拾い上げる。だけど無意識のうちに彼女の事を目で追ってしまう。
……おかしい。ルミネエストを出てからなんだか彼女を意識してしまう。タルパちゃんも少しだけ距離が近い気がするし……2人だけの状況が、その、緊張してくるな……。
そんなことを考えていると、急にタルパちゃんが周囲を見渡した。
「どうしたのタルパちゃん?」
「音がしない? 羽音みたいな音」
耳を澄ましてみる。確かにそう言われると、遠くから羽音が聞こえる……気がする。
ブブブ。
「あ、聞こえた」
「ほら。遠くからこれだけ聞こえるなんて相当大きいヤツなんだよ。隠れよ?」
タルパちゃんに手を引かれて大きな岩に向かって走る。無理しちゃダメだ。戦うにしても敵をよく観察してからだ。
ブブブブブブブブ!
岩の所まで走っていると、徐々に羽音が大きくなってくる。ふと音の方を見ると、とんでもなく大きいトンボに似たモンスターがこちらに向かっていた。
ヤバ……っ! あんなデカいヤツと戦えないって!
タルパちゃんの手を強く握った時、久しぶりに内なる声が聞こえた。
──アイツ、様子がおかしいな。
おかしい? というか、まだ話しかけて来るんだ。てっきりラムルザと戦っている時に見限られたと思った。
内なる声は、僕のことを無視するように言葉を続ける。
──逃げているようだ。
逃げる?
もう一度巨大トンボに目をやる。全長10メートルはあろうかというそれは、木々の間を縫うように飛んでいた。確かに逃げていると考えるとそう見えるかも。
「あ」
僕はあることに気付いて、足を止めた。
「シンくん! 早く!」
「いや、大丈夫だよ」
「え? どういうこと……?」
僕は確信を持ってタルパちゃんに答えた。なぜなら……。
ブブブブブブブブブブブブ!!?
巨大トンボが加速する。ヤツが僕達にあと数メートルまで迫った時、トンボの頭上で水の爆発が起こった。
「鯱キック」
羽音の合間に聞こえる技名。それが聞こえた直後、女の人が巨大トンボに蹴りを放った。
「ギィィィィイイイイ!?」
一撃でモンスターの頭部がベコリとへこむ。巨大トンボは大地に叩き付けられ、周囲の木々が揺れるほどの衝撃音を轟かせた。
トンボから大量のレベルポイントが溢れ出し、女の人へと吸収されていく。全て吸収されると、彼女のスマホから電子音が鳴り響いた。
『レベルポイントを3000pt獲得しました』
「もっと強いと思ったけど3000pt級かぁ……期待はずれだな」
潰れたトンボの頭の上に女性が着地する。
紫色のベースカラーに白と黄色の差し色の入ったライダースーツ。手脚に装備された機械製のガントレットにブーツ。後ろに束ねた長い髪。そして……金属製のガスマスクのような装備。
その人物は探索者なら誰でも知っている人物だった。
「鯱女王!?」
「鯱女王さん……!?」
タルパちゃんと同時に声を上げてしまう。
「ん?」
鯱女王は、倒した巨大トンボの上からゆっくりとこちらを見た。
その瞬間、頭の中が一気に回り出す。
そうだ。
竜人達がどれだけ強くても、鯱女王が仲間になってくれたら……っ!
みんなこの新宿から脱出できるし、461さん達にも恩返しできるかもしれない。
「鯱女王さん!!」
勇気を出して声をかけてみる。しかし、鯱女王は僕達を一瞥すると、ヒョイとモンスターから飛び降りて全く違う方向に歩いていってしまう。
「お、追いかけようタルパちゃん! 鯱女王に協力して貰うんだ!」
「えぇ!?」
驚くタルパちゃんの手を引いて僕は鯱女王の後を追った。
次回、勧誘するシンと人の言うことを聞かない鯱女王。彼女を仲間にする方法はあるのか?