第162話 竜人の神
〜竜人の剣士ラムルザ〜
旧東京都庁・北展望台。
移動魔法で移動した先、円形の部屋には沢山の竜人達が集まっていた。
既に到着していたズィケル司祭。彼が私の左眼と腕を見て怒りの形相になる。
「ラムルザ!! なんだその失態は!?」
「申し訳ありません。腕を捨てなければ命を落とす所でしたので……」
命を落としていた、と言うと、司祭はその両眼を大きく見開いた。
「なんと……お前が……? それほどまでの腕の者だったのか?」
今度は顔面蒼白になるズィケル司祭。表情のコロコロ変わるお方だ。
「おそらく単騎としての腕は私の方が上かと。ですが、奴らは2人いましたので」
「……熟達した冒険者パーティということか。次からはリザード兵を従えて動け」
ズィケル司祭が私の肩に手を置く。私は、彼に従うように片膝をついた。
「貴様の寿命と引き換えにその腕と眼を再生させてやろう」
「司祭、左眼はどうかそのままに」
「……何故だ?」
「我が戒めとして残したく」
「分かった。腕だけだな」
ズィケル司祭が再生魔法を発動する。左腕に骨と血管、そして筋肉が構築され、最後に深緑色の皮膚がその周囲を覆った。
指を動かす……動く。失う前と感覚のズレも無い。これならば、また戦える。
「貴様の寿命は5年失われた。その年月以上の働き……期待しているぞ」
「はっ」
「そこの者。ラムルザの眼に回復魔法を。せめて痛みくらいは取り除いてやれ」
そう言うと、司祭は中央の円形の場所へと向かった。
近くにいた回復魔導士が私に駆け寄り、左眼へと回復魔法をかける。痛みは軽くなるが、失った物は回復魔法では完全治癒することはない。その事実が、私の胸に「敗北」の文字を刻み込む。
「もういい。これ以上は無駄だ」
「は、はい」
ゆっくりと立ち上がる。回復魔導士は、戸惑ったように後ずさった。
「ラムルザ様が、それほどまでに傷付かれるとは……意外でした」
「油断した。しかし……」
私の想像を超えてヤツらが強かった。とは、言えなかった。先程の司祭への言葉もそうだ。私は嘘をついた。
互角。
力で勝る竜人の私と互角の戦い。
それはつまり……。
いや、ありえぬ。そんなことはあってはならない。それを認めてしまえば、私の辛い修行の日々が無駄だということになってしまう。
……我ながら己の未熟さに嫌気が差すな。
黙り込んでいると、回復魔導士が困ったように部屋の中央を見た。その視線を追って部屋の中央へと目を向ける。中央に設けられた祭壇。そこにズィケル司祭が上り両手を開いた。その背後にある我らが神を模した彫刻の上。そこに掌ほどの「宝玉」が鎮座していた。
ズィケル司祭は宝玉をチラリと見てから言葉を続けた。
「皆の者よ聞くがいい! もうすぐだ。もうすぐ贄が揃い、神が復活する!」
司祭が皆に演説を始め、周囲に歓声が上がる。その様子を部屋の隅で眺めながら、鎧の男との戦いへと想いを馳せる。
……。
あの鎧の男、全てを計算していたようだ。
私の剣士としての誇りを利用し、罠にかけ、己の全てを使い、確実に勝利に向かう。あの女魔導士との息の合い方もだ。まるで歴戦の戦士のような……あの姿に私は一瞬気高さすら感じてしまった。
左眼に僅かに残った痛みが思考を引き戻す。いかん、ヤツは敵だ。敵を評価してどうする?
次は油断などしない。必ず勝ってみせなければ。
ズィケル司祭が高らかに宣言する。
「今、我らの地「竜の霊廟」には複数の人間がいる! あの魔族の予言通り、ついに現れたのだ!」
再び歓声が上がる。12年前、我らの地に謎の建造物と魔法障壁が現れた。障壁によって外界との繋がりを切られた我らは、この地のモンスターと共生する事で生きながらえて来た。
だが、それでは我らの真の願いである神の復活には辿り着けないのだ。我ら竜人はその為に生まれ、その為に生きているのだから。
そんなある日、1人の魔族がこの地を訪れた。外界とも遮断されているにも関わらず……だ。ローブを目深に着た魔族。ソイツはある予言を残した。
いずれ神の贄となりし人間達がこの地を訪れるだろう。
私は半信半疑であったが……他の者達はその言葉を信じた。それが我が種族の悲願であるのだから当然だろう。そして、こうも考えた。我らを襲ったこの苦難は、神を復活させる為の試練なのだと。
我らが竜人族の神、伝説竜イァク・ザァド様を復活させるための……。
「皆の者心せよ! 神の復活と共にこの忌々しい障壁を破壊し、我らは外界へと打って出る!! ついに我らが支配者となる日が来たのだ!!」
そばに控えていた魔導士達が杖を天に向けた。すると、その杖から金色の光が天井へと登った。その光が天井を突き抜ける。窓へと目を向けると、この地域を覆っていた魔法障壁に沿うように周囲を包み込むのが見えた。
「我らの障壁魔法でこの空間を覆い尽くす! 我らがされたように、あの贄達は外へは出さん! なんとしても贄を手に入れよ!!」
「ヤツらを閉じ込めろ!」
「絶対逃すな!!」
「私達の屈辱を返してやるのよ!」
「贄を捕まえろ!!」
「ヤツらの力を奪い取れ!!」
「そうだ! 我らの屈辱は全てヤツら人間へとぶつけろ!! ヤツらを喰らい、今こそ我らの歴史が始まるのだ!!」
「イァク・ザァド様万歳!!」
「イァク・ザァド様万歳!!」
「イァク・ザァド様万歳!!」
「イァク・ザァド様万歳!!」
「イァク・ザァド様万歳!!」
部屋中から聞こえる神の名。私は側にいた回復魔導士に下へ降りるとだけ告げ、1人階段を降りた。それ以上彼らの言葉を聞きたくなかったから。
……。
皆おかしいとは思わないのか。この障壁に建造物。神にすがる気持ちも分かるが……明らかに作為的な物を感じる。私達は、一体何に利用されているんだ……?
だが、この話をしてはいけない。この言葉を口にした者は皆殺された。今の竜人達は異常だ。神に縋らなければこの隔絶された世界で正気を保てないのかもしれない。
「ラムルザ、なんだその失態はよぉ?」
声に振り返る。今一番会いたくないヤツがニヤニヤと笑みを浮かべて階段から私を見下ろしていた。
燃えるような赤い体に鍛え上げられた四肢。両拳にガントレットを装備した拳闘士が。
「ガランドラ……何のようだ?」
「いやぁ? お前の腕を奪ったヤツはどんなサルだったかと思ってよぉ」
下卑た笑みを浮かべるガランドラ。他者を心底下に見る性格、昔から変わらないな。
「あの人間達を甘く見ない方がいい。死ぬぞ」
「随分弱気になったもんだなぁ。ま、いいや、俺はこれからリザード兵を連れて西エリアに行く。邪魔すんじゃねぇぞ?」
ドスドスと階段を降りて来たガランドラが私の両眼を睨み付ける。
「……司祭から命令は受けていない」
「そうか。なら膝でも抱えて待ってな。任務のついでにテメェの仇とっておいてやるからよ」
「任務?」
「エルフ狩りだよ。以前逃したエルフ女が西の森に現れたらしいぜ」
エルフ? そういえば……我らが魔法障壁に閉じ込められる少し前、1人のエルフが我らの領地に迷い込んでいたな。しばらく姿を消していたが……そうか、ヤツも閉じ込められていたのか。確かにエルフも膨大なレベルポイントを溜め込んでいる。贄にはちょうどいい。
「ついでに人間狩りもしていいって言われてるからよぉ……楽しませて貰うぜ」
ニヤニヤと笑みを浮かべてガランドラが階段を降りていく。あんなヤツに贄狩りをさせるとは……司祭の考えることは分からん。
ガランドラは加減を知らぬ男。悪戯に贄を殺さなければ良いがな。
次回は461さん視点。助け出した探索者達を救った461さん達。彼らは、新たな魔法障壁が展開されるのを目にしてしまう。それを見た探索者達は……?
次回は9/15(日)12:10に投稿します。