第160話 シンの元へ。
〜461さん〜
アイルとタルパに俺の魔法「消音魔法」を発動し、階段を駆け上がって2階を通り過ぎる。リザードマン達が見えた瞬間、物陰に身を隠して様子を窺った。
「グアアグ!」
「グッグア!?」
「グアア!!」
3階にいたリザードマン達は下の階で暴れているジーク達に反応したのか、慌ててエスカレーターを駆け降りていく。それに続くように上の階のリザードマンも。相当派手に暴れてるのか、アイツら。
「よし、上の階にいるリザードマンの数も減ったみたいだな」
「あ。あの……大丈夫なんですか? あんな量のリザードマンが行ったら流石にA級のジークリードさんでも……」
「大丈夫よタルパちゃん。みんな461さんのランク詐欺パーティの一員なんだから!」
「ランク詐欺ってお前……人聞きの悪いこと言うなって」
「私は事実を言っただけだもん!」
なぜかアイルが誇らしげに胸を張る。どういうことだよ……。
しかし彼女のその自信が、タルパの不安を和らげたようだ。少し緊張が緩んだ顔をするタルパ。彼女は壁に貼られたフロアマップを指差した。
「このビルは上階に登る階段が複数あります。残っているリザードマンの巡回ルートも記憶しているので戦闘は避けていきましょう」
「ああ、頼む」
「お願いね、タルパちゃん」
タルパが真剣な顔でコクリと頷く。彼女の後に続き、俺達はルミネエストの屋上を目指した──。
……。
タルパの案内通りリザードマンの巡回を避け、ルートを選択しながら進む。途中障害となった敵は背後から倒していく。タルパの記憶力は中々のもので、20分と経たずに8階まで辿り着く事ができた。
8階から屋上に続く階段の手前で立ち止まり、突入前の確認をする。
「シン達はこの先の屋上にいるんだな?」
「はい。捕まっている人達3人にシンくんを加えて4人。敵はラムルザと司祭、後は配下のリザードマン達がいるはず」
タルパがおおよその地形を教えてくれる。中央に祭壇、周辺に座席か。
屋上の攻略方法を考える。タルパの話ではラムルザはボスモンスタークラスの力を持っているらしい。対して司祭は戦闘要員じゃなさそうだ。ここは……。
やっぱ正攻法だな。
「分かった。ラムルザとの戦闘は俺とアイルに任せてくれ。タルパはリザードマンと司祭を倒して他の奴らを安全な場所へ誘導しろ」
「……はい。シンくんをお願いします」
タルパに頷いて返し、アイルを見る。
「いいかアイル? ラムルザとは俺がメインで戦う。いつでも速雷魔法と電撃魔法を使えるように準備しておけ」
「分かったわ。投擲補助のスキルもいきなり役に立ちそうね」
アイルが杖をギュッと握って気合いを入れる。いつも通りのアイルに少し笑ってしまう。精神的にも強くなったな、アイルは。
「頼りにしてるぜ。それと、配信もやってくれ」
「配信? どうして?」
「そのラムルザってヤツの情報をダンジョン外に流したい。配信が1番手っ取り早いからな」
「ヨロイさんに配信してくれって言われると、なんだか恥ずかしいわね……」
「なんで恥ずかしがってんだよ」
ふと横を見るとタルパが俺達をジッと見つめていた。
「? どうした?」
「い、いえ……なんでも……無いです……」
タルパがまた不安気な顔をする。そんな彼女を安心させるように、アイルは彼女の両肩に手を置いた。
「心配しないで。シンはきっと大丈夫よ。絶対助けようね」
「……アイルさん、ありがとう」
俺達3人は、屋上に続く階段を登った。
◇◇◇
〜シン〜
「ふん!!!」
ラムルザがロングソードを一閃する。僕の首を的確に捉えた軌道。それは僕の首に当たる直前、一瞬だけピタリと動きを止めた。
「ちっ、またこれか」
ラムルザの首めがけてダガーの突きを放つ。ヤツが攻撃に気を取られた瞬間、バックステップしてヤツと距離を取った。
「ちょこまかと逃げ回りおって。威勢が良かったのは最初だけか?」
「はぁ……はぁ……」
最初はヤツに一矢報いてやろうと反撃も試してみたけど……結局ダメだった。僕は避けるだけで手一杯だ。幸運とフェイントで回避に集中することでなんとか時間稼ぎだけはできている。だけどこのままじゃ……。
ふと奥の祭壇を見る。そこでは横たわるジャルムさんと、それを見下ろす司祭。一瞬、ジャルムさんまであのレベルドレインを受けてしまったかと思ったが、司祭はまだ詠唱中のようだ。発動するまでに時間のかかる魔法で良かった。
今助ければまだ……だけどどうする? 自分の事ですら手一杯なのに。
ラムルザが横目で祭壇を見る。その視線の先には倒れた志村さん達がいた。
「中々のレベルポイントを溜め込んでいたようだな奴らは」
「お前達はなんなんだよ! なんで志村さん達を!」
ラムルザが体勢を低く構える。
「知りたければ私を倒してみせろ!!」
言うと同時にラムルザが踏み込む。さっきよりも速い!? 斬り上げられた剣をギリギリで躱わす。幸運が発動したおかげで、本当にギリギリで。
「これはどうだ!!!」
すぐさま振り下ろされる剣。再び僕の幸運スキルが発動し、その切先はピタリと動きを止めた。
「鬱陶しい能力だな!!」
ラムルザが力任せに剣を叩き付ける。地面を砕く程の一撃。危なかった。あんなのに当たったら……。
その刀身に気を取られた瞬間、左脇腹に強烈な痛みが走る。目を向けると、ヤツの拳が僕の脇腹に叩きつけられていた。
「かはっ……!?」
痛みに悶えながら右に飛ぶ。地面を転がりながらヤツから距離を取ると、ラムルザは冷たい眼で僕を見下ろした。
「やはりな。貴様の能力は視界に入った物にしか作用しないようだ」
「ぼ、僕の幸運のスキルは……」
「幸運? 何を言っている? 貴様の能力は幸運などでは無いだろう?」
「え?」
どういうことだ? 管理局の担当は確かに幸運のスキルだって……。
「他所ごとを考えている場合か!?」
「しまっ──」
気が付いた時にはラムルザが目の前に飛び込んでいた。その剣を避けようとした瞬間、顔面が吹き飛びそうなほどの衝撃に襲われる。
「がはっ……!」
殴られた。そう感じた時には胸ぐらを掴まれていた。
ラムルザが顔を近付ける。ヤツの牙が目の前に迫り、背筋にゾクリと悪寒が走った。
「これで終わりだ小僧」
ダメ、だ。クソ、クソクソクソ!! こんな所で、僕は死ぬのか……? まだ何もできていないのに!
「その眼、まだ死んではいないか」
逃れようとした瞬間、地面に叩き付けられる。
「がは……っ!」
逃げようとする度に叩きつけられる。攻撃しようとしても。ガシリと掴まれた拳は離れない。どれだけヤツの拳にダガーを突き刺しても、その強靭な鱗の前に跳ね返されてしまう。
「こんなものか小僧」
何度も何度も叩きつけられる。コイツ……僕が死なないように加減しているのか?
「あ……う……」
そのうち意識が朦朧としてきて、体が動かなくなった。最後の抵抗でダガーをヤツの腕に振り下ろすが、鱗に弾かれて落としてしまう。
「ラムルザ。ソイツはいらん。弱い者は殺せ」
奥で司祭が僕のことを見た。怒り心頭と言った顔。僕がヤツを狙ったから怒っているのかも……。
「はっ」
ラムルザが剣を振りかぶる。もう僕は死ぬのか……こんなところで……。
──諦めるのか?
内なる声が聞こえる。うるさい、こんな時だけ出てくるなよ。さっきまで何も言ってくれなかったじゃないか?
──諦めるのか?
この状況でどうしろって言うんだ? 諦めるなってそんな言葉でなんとかなるのかよ!
──もういい。
内なる声が冷たく言い放つ。この声の正体も結局分からなかった。僕は結局……。
「恨むなよ小僧」
僕は……僕はなんでこんな……。
諦めそうになったその時──。
「!?」
ラムルザが突然手を離す。その直後、目の前を剣の刀身が通り過ぎた。ラムルザが後ろに大きく飛び退く。着地したヤツの顔は驚きを隠せないようだった。なぜ自分でも手を離したか分からないという顔。
なんだ? 何が起こっているんだ?
割って入った刀身が地面に叩きつけられ、甲高い音が周囲に響く。倒れそうな体を誰かに抱き止められる。見上げると、鎧の男の人……以前僕を助けてくれた461さんがそこにいた。
「よ、461さん……!?」
「よっ。お前のパーティメンバーに頼まれて助けに来たぜ」
パーティメンバー?
疑問に思った瞬間、461さんが僕を誰かに預ける。肩を貸して貰う形で支えられる。隣を見るとそれは、タルパちゃんだった。
「た、タルパちゃん……戻って」
「話は後にしよ、動ける?」
「タルパ、シンを安全な場所に移動させろ。その後は奥の3人の救出だ」
「はい!」
僕達の横をツインテールの女の子が通り過ぎる。青い髪に紫のメッシュの女の子。その子は僕を見て強気な笑みを浮かべた。
「後は私とヨロイさんに任せといて!」
「カッコ付けてんなぁ」
「良いじゃない別に!」
この場に不釣り合いな軽いやり取りをする2人。461さんと彼のパーティーメンバー、天王洲アイル。彼らのすぐ横をドローンが通り過ぎた。そして、彼らを映すようにクルクルと周囲を旋回する。
配信? この状況で? なんて自信なんだ……。
「貴様達、何者だ?」
ラムルザが剣を振るう。461さんは剣を肩に担いでラムルザを挑発した。
「喋ってないで来いよトカゲ野郎」
「貴様……竜人を侮辱するか……っ!!」
ラムルザの拳が怒りに震え、全身から殺気が放たれた。
「行くぜアイル!!」
「うん!!」
それを物ともしない461さんの背中、風に揺れる天王洲アイルのローブ……。
その2人は、僕が見たことのある誰よりも──。
次回は配信回。
461さん&アイルvsラムルザです。お楽しみに
本日9/11は19:10にも投稿します