第147話 武史達の攻略会議
〜鉄塊の武史〜
──都内某所、パララもんとポイズン社長の古民家。
新宿迷宮挑戦日の8/29日が1週間後に迫ったある日、朝起きると隣の撮影部屋が騒がしかった。
撮影部屋の中を覗くと、パララもんがカメラに向かって何かを話しかけていた。配信か? 熱心やな。
「それじゃあみんな! 新宿迷宮で会うのだ〜!」
〈会うのだ!〉
〈待ってるのだ!〉
〈これで武器買うのだ:8666円〉
〈アイテム買うのだ:8666円〉
〈武史によろしくなのだ: 8666円〉
〈ポイズン社長に渡してなのだ:8666円〉
〈武史ファンが混じってるのだ!〉
〈騙されないのだ!〉
〈可愛いファン達ね♡なのだ:114514円〉
〈ひぃっ!?なのだ!〉
〈恐いのだ!〉
〈応援してるんだ!〉
〈ここにも偽物がいるのだ!〉
〈ちゃんと合わせるのだ!〉
〈なんでバレたんだ!?〉
〈パララもんがんばるのだ!〉
〈応援してるのだ!〉
筆記魔法によって空間に流れたコメント。それがパララもんの目の前に流れていく。俺のファンも混じってるんか。パララもんに迷惑かけやんかったらええんやけど。
とはいえコメントでのこんなやりとりは昨日今日始まったことじゃない。パララもん達の配信に来る俺のファン達は比較的大人しいというか、秩序を維持しているような感じがした。
というか、ポイズン社長から「パララに粘着する悪質なファンが減って助かったぜ〜」と感謝された。いや、俺は何もしとらんのやが……。
配信を終えたパララもんが振り返る。彼女は俺を見ると、満面の笑みでニコリと笑った。
「あ! 武史! おはようなのだ〜!」
彼女が座っていた配信用のチェアーから飛び降り、オレンジ色のショートヘアがフワリと揺れる。その様子が幼く見えて笑みを浮かべそうになる。いかんいかん、この前怒られたばっかりやろ、俺。
パララもんは年齢的には16歳らしいのだが……見た目的には亜沙山のルリア嬢ちゃんと同じ小学校高学年くらいに見える。
今の動きも完全に子供のそれだ。しかしこれは気付かれてはいけない。一度、パララもんにその顔はなんだと聞かれ、子供みたいで可愛らしいと口にしたら烈火の如く怒られた。女子として可愛いは良いのに可愛らしいはダメらしい。女心は分からんで……。
「どうしたのだ武史?」
「い、いやなんでもない。それよりパララもんはこんな朝早くから配信か?」
パララもんの罠を回避し、別の話題へと移る。
「うん! 新宿に行ったら配信少なくなっちゃうから」
ファンのための雑談配信か。ホント、ファン思いの子やな。こういう所が好かれるんやろうな。ファンもどことなく保護者目線のヤツが多いし。
「あ、そういえばポイ君が武史起きたらミーティングするって言ってたのだ」
「ミーティング? 社長はどこにおるんや?」
俺はポイズン社長のことを「社長」と呼ぶようにしていた。フルでは呼びにくいし、アイツがパーティのリーダーやし、この呼び名が1番しっくり来る気がしたからだ。
「ポイ君なら下の階にいるのだ」
「下?」
木造の階段を降りて行くと、ポイズン社長が客間の前をホウキで掃いていた。ポイズン社長はマメな性格で、彼らの住むこの古民家も、外観よりもずっと綺麗に保たれている。外見と中のギャップ。それがなんとなくポイズン社長らしいなと感じていた。
「社長」
「ふんふ〜ん♪」
呼んでも返事が無い。よく見るとワイヤレスイヤホンを付けている。音楽の世界に入り込んでいるようだ。
黙って見ていると、ホウキをマイクのように持って歌い始めた。廊下に響くポイズン社長の声。妙に様になっとるな。しかし、流石に長すぎるので中断させることにする。
息を吸い込み、ありったけの声で叫んでやる。
「社長!!!」
「うお!?」
大声で呼ぶと、やっとポイズン社長は俺の存在に気付いた。
「んだよ〜! サビの途中で話しかけんなよな」
「なんでこんな朝っぱらから掃除してるんや?」
「そりゃあもうすぐ家開けるから綺麗にしとかないとな!」
ポイズン社長がニカッと笑う。
「お、もう8時半じゃねぇか! 早く掃除終わらせてミーティング始めるぞ!」
「ミーティングを先にやればええやないか」
「途中で投げ出したら気持ち悪いだろ! 武史とパララも手伝え!」
ポイズン社長が2階に向かって叫ぶと、撮影部屋からパララもんがヒョコっと顔を出す。
「え〜!? ボクも手伝うのだ!?」
「あったりまえだろ〜早く降りて来い!」
「も〜」
ブツブツと文句を言いながら1階に降りて来るパララもん。結局、俺とパララもんは掃除を手伝わされることになってしまった。
◇◇◇
掃除も終わってしばらくした頃、客間のテーブルの上にポイズン社長が地図を広げた。
そして赤いペンで3箇所に丸を付ける。
「管理局から来た情報によると攻略のスタート地点は3箇所。歌舞伎町シネマビル、新宿三丁目駅、そして俺達のスタート地点である南新宿駅だ」
「目的地は旧東京都庁なのだ?」
「そうだ。ここの展望フロアがダンジョンとしての最深部になるらしい」
ビルが最深部というのが違和感あるけどどういう仕組みなんや? だが、管理局が言うならおおかたそこにボスでもおるんやろな。未開のダンジョンというが、事前に調査とかしたんやろうか?
地図を見る。JR新宿駅を中央に、歪な三角形になっている。遠くから見ると、なんだか俺達のスタート地点に対して腑に落ちない気持ちになってくる。
「俺らの南新宿駅が1番遠く見えるな。めっちゃ不利なんちゃうか? 俺達」
「いや、そうでもねーぜ」
ポイズン社長がスタート地点3箇所の三角形へ真っ直ぐ線を引く。分断される三角形。その線は、線路の上を真っ直ぐになぞっていた。
「見ろ。南新宿駅と言ってはいるが、俺達だけ唯一JR新宿駅の西側がスタート地点なんだ。他の2箇所は都庁に向かうためにJR新宿駅を抜けなきゃいけない」
「JR新宿駅を抜けるのに何か問題があるのだ?」
不思議そうに首を傾げるパララもん。彼女にポイズン社長が説明する。
元々、JR新宿駅はダンジョン出現前から迷宮と呼ばれるほど複雑な構造をしているらしい。さらに東側に隣接したサブナードという地下商業施設も広大な地下空間……そんな所に出現したダンジョンなら、その一帯だけで通常のダンジョンに匹敵する広さになる。
そう、ポイズン社長は予想していた。
確かに、これまでのダンジョンもこの世界の建造物の構造やその地域の地形サイズに合わせて転移した物やった。なら、確かにあり得る話やな。
「だからそこを通らず都庁を目指せる俺達はラッキーって訳だ」
「やったのだ! 強運なのだ!」
パララもんが嬉しそうにテーブルをバンバン叩く。ポイズン社長は、そんな彼女の頭にポンと手を置いた。
「いいか? この地図から進むとだな……このルートが安全だと俺は思う」
住宅地を抜けて大通りから都庁へ侵入するルート。シンプルでいて無駄が無い。これはホンマにラッキーかも。
いけるで。もしかしたら初の新宿ダンジョン攻略を俺達が……なんて展開もあり得るかも。
期待感に胸が膨らむ。次にポイズン社長は装備の話に入った。
「武史、鎧の方はどうだ?」
「明後日には鎧への符呪も終わると聞いとる」
「よし。じゃあ明後日は方内武器店に装備の受け取りがてらアイテムの買い付けだな。それと食い物だ」
「食いもん?」
「食べ物なのだ?」
突然の単語にパララもんと顔を見合わせてしまう。そんな俺達を見てポイズン社長は笑みを浮かべた。
「461さんが料理系配信者のナーゴを連れてたろ? ってことは、食材の調達が必須になるってことだ」
ナーゴ……確かにあの試験には違和感のある人材やった。そこまでして連れて行きたいってことやったんか。
「なるほどな。でもどうするんや。俺らは料理の腕はフツーやろ? とてもじゃないが現地で食材を捌くなんてできへんぞ」
「安心しろ。まず、荷重補助付きのカバンを手に入れる。その後は保存食を可能な限り持ってくぞ」
保存食か……ダンジョン産の保存食も扱ってるとなると上野の店を覗いてみるか。しかし荷重補助がついているとはいえ、慎重に選ばなあかんな。鞄を圧迫せず、栄養価の高い物を。
「そんな心配そうな顔すんな! ちゃんとその辺も調べておいたからよ〜!」
「最初から心配してないのだ!」
「パララはもっと心配しろ!」
その内いつものようなじゃれあいが始まる。仲良い兄妹やな。ホンマに。
ひとしきりパララもんと漫才のようなやり取りをした後、ポイズン社長はキリっとした表情になった。
「やるぜ、俺達なら大丈夫だ」
大丈夫。その言葉に頬を叩いて気合いを入れる。
「よっしゃ! やってやるぜ!」
「やってやるのだ!」
俺達は口々に叫んだ。不安なことも多いけど、コイツらとなら攻略できる気がするで!
次回は新宿迷宮に向かう朝のお話。出発する461さんへリレイラが……? 461さんパーティそれぞれの出発を覗いてみましょう。