閑話 名古屋の鯱 【ボス戦配信回】
〜鯱女王〜
探索者試験の1週間後。
──名古屋ダンジョン。栄地下街。
探索者試験をクリアした僕は、以前から予告していたダンジョンを攻略するために名古屋に来ていた。
「水激流!」
「キュギィ!?」
腕を薙ぎ払うと同時に放った水激流がハリネズミ型モンスター「スパイクヘッジホッグ」を飲み込み、壁面へと叩きつける。スパイクヘッジホッグはレベルポイントの光を吐き出しながら息絶えた。
「ま、雑魚しかいないよね」
だけど、やたら数は多いな。モンスター達を「水激流」で仕留めながら地下街を走り抜けていく。
しばらく進むと、目の前に吹き抜けのような空間が目に入る。上には透明テーブルに似た天井。その上、屋上部分に設置された人口の池が光を通し、ユラユラと地面へ光が差し込んでいた。
10年前に来た場所。ボスのいるエリア「オアシス21」に到着したのが分かった。
「そろそろボスか」
名古屋ダンジョンは栄地下街からオアシス21という商業施設に通じている。そこに待ち構えるボスは馬のようなモンスター「ケイロン」。
土属性の技を使うボスだ。何よりも厄介なのは空中に舞い上げる砂塵。これを肺に入れてしまうと体内の砂を操作され、内臓を破壊される。
第1世代の探索者はこの砂塵のせいで何人死んだか分からない。過去に僕が倒してから、しばらく別のモンスターがボスになってたみたいだけど復活するとはね。
復活に10年もかかるなんて、個体としては相当強力なんだろう。ふふ……昂ってくる。本気でヤリ合いたいな。
鞄からマスクを取り出して口元に装着する。僕が作った異世界金属製のマスク。口の両側に付けたフィルターケースを開けて、僕のスキル「蒼海」で操った水を薄く何層も張り巡らせていく。これでフィルターは問題ない。
マスクとヘッドホンが繋がっているので耳からの侵入も防ぐことができる。呼吸器系に加えて三半規管も守れるだろう。
「目も守っておくか」
指先に水のレンズを作る。塩分濃度も調整し、魔力も練り込んでおく。コンタクトレンズのように薄い水のレンズ。それを両眼に入れると、眼球を包み込むように水の膜ができた。
よし、砂塵対策は完璧。
窓ガラスに映った自分の姿を見る。暗い紫のベースカラーに黄色と白の差し色が入ったライダースーツ。自作の異世界金属製のブーツと肘まであるガントレット。それにメカニカルなマスクを付けた女……中々カッコ良くない? 今度からマスクも通常装備にしようかな。
「そろそろ配信の準備も」
ドローンを空に飛ばす。そのカメラが僕の顔を写した瞬間、視界の右下にコメントが流れ出した。
〈ボス部屋か!〉
〈良かった!ボス戦間に合った!〉
〈鯱女王ガスマスクみたいなのしてるじゃん!〉
〈口元隠れてるの勿体無い〉
〈それが良いんだろーが!!〉
〈クソエロやんwww〉
〈搾られたい〉
〈頼むわマジで〉
〈あのスタイルヤベーw〉
〈キショコメめっちゃ来たw〉
あの子はいないのかな。
手をかざしてコメントをスクロールしていく。キショコメの中からあの子のコメントを探す。そうしていると、高速で流れていくコメントの中にあの子を見つけられた。
〈待ってた!〉
〈応援してます!〉
〈ボス戦期待!〉
〈応援してるんだ!〉
〈戦闘早く見たい〜!〉
〈鯱女王がんばれ!〉
来てくれてる。他に応援コメントも、ある。
……。
「よし、やるか」
大量のコメントが流れる中、広い空間へと飛び出す。青く塗られたフロアの中心までやって来ると、突然フロアに砂嵐が巻き起こる。それが一瞬で止み、中からモンスターが現れた。
「キュルルル」
狼のような顔に馬のように強靭な脚、そして頭に長い1本角を生やしたモンスターが。
〈!!?!?!?!?〉
〈え、麒麟!?〉
〈あれはケイロン。以前オアシス21に現れたモンスター:wotaku〉
〈ウォタクさん来た!〉
〈鯱女王の配信に来るなんて珍しいな〉
〈あんなモンスター知らんぞ〉
〈最近までいなかったよな?〉
〈どれだけ復活にかかるんや?〉
〈復活に10年かかるみたいだな:wotaku〉
〈どんな技使うんだ!?〉
〈ケイロンは土属性を使う:wotaku〉
〈はぇ〜強そう〉
〈土か。水の鯱女王やと余裕だろw〉
〈そんな脅威あるんか?〉
〈ヤツの砂塵を吸い込むと臓器が破壊される:wotaku〉
〈ヤバすぎて草も生えない〉
〈というかウォタクニキ10年前のボス知ってるとか〉
〈めちゃくちゃ古参勢じゃんw〉
〈昔から配信は追ってるから:wotaku〉
〈ウォタクニキもヤベーわw〉
〈みんなめっちゃウォタクニキに聞いてるw〉
〈好かれすぎやろww〉
ケイロンが僕を睨み付けた瞬間、地面から大量の砂が沸き上がる。それはやがて砂の津波となり、ウネリをあげて僕へと襲いかかって来た。
〈うわあああああああ!?〉
〈ヤバすぎるってえええ!?〉
〈ちょっとでも吸い込んだらアウトだろ!?〉
〈マスクで防げるのか?〉
〈がんばってほしいんだ!!〉
〈スキル使ってくれ!!〉
蒼海のスキルで大気中から水分を集め、ブーツで圧縮。地面を蹴るのに合わせて足元で水球を弾けさせ、フロア前方へと吹き飛ぶように移動する。
「キュルルルルルアアアアア!!!」
砂塵の波を飛び上がって避け、壁を蹴る。先程よりも強く水球を破裂させ、ケイロンへ一気に近付く。
「キュルアアアアアアアアアアア!!!」
僕を睨み付けるケイロン。ヤツが叫ぶと、その角の先端に魔法陣が浮かび上がり、砂の津波を発生させた。
〈うわああああああ!?〉
〈何もない所から砂!?〉
〈スゲー多いぞ!〉
〈大量!?〉
〈サンドブレスだな:wotaku〉
〈ブレスちゃうやん!〉
〈フロア全部飲み込まれるやんけ!!〉
〈すごい威力なんだ!?〉
〈避けれるのあんなん!?〉
〈飲み込まれるだろ!〉
響く轟音、目の前に津波のようになった砂が迫る。アレにスキル無しで飲み込まれたら流石に僕でも死ぬよな。
そう考えた瞬間、頭の中にジュワッと脳汁が溢れた。それが体全体を震わせてフワフワした気持ちになる。全身が暖かいものに包まれるような感覚。それが僕を支配した。
あ、ヤバ……。
「ちょっと、イキそう……っ!」
〈ん?〉
〈なんか言ったか?〉
〈マスクしてるから良く聞こえん〉
〈ちょっとイクって言った?〉
〈ちょっとイッてんじゃねぇよ!〉
〈バッカ!鯱女王がそんなこと言うわけないだろ!〉
〈キショコメ限界突破してるやんw〉
〈何の話してるのか分からないんだ!〉
〈分からなくていいってw〉
〈……:wotaku〉
しかし、ガクガク震えていた体は不意に言うことをきくようになり、脳汁もピタリと止まってしまう。なんだ残念だな。一回ヤッた相手はこんなもんか。やっぱり初見じゃないとダメだな。
上空を見上げる。太陽の光がテラテラと光るガラスの天井。あの上にある人口池。アレでなんとかなるな。
「使わせて貰うよ」
両手を掲げ周辺の魔力に意識を向ける。物体を掴むように、意識の中でこちら側へ水を引き寄せるようイメージ。すると、池の水が空中へ浮かび上がり、龍のようにウネリを上げて天井のガラスへ激突する。
ガラスを突き破り、地下フロアへと大量の水が流れ込んだ。
〈!!?!?!?〉
〈滝!?〉
〈屋上の池から水を引き寄せたか:wotaku〉
〈鯱女王のスキルヤベエエエエエエ!!!〉
〈ニワカやんw〉
〈もっとすごいのもあるよな?〉
〈見てみたいんだ!!〉
上空から落ちてくる大量の水。その水を右手のガントレットに吸収させ超圧縮する。小指を動かすとカチリという音と共に肘のカバーが開いた。
この量の水で鯱パンチを放てば衝撃波でこのサンドブレスを突き破れるはず。でも、失敗したらあの砂の津波をモロに受けて死ぬ。
成功と失敗の天秤がまた脳汁を出させてくれる。やってやる。舐めプじゃなくて、僕が1度目の攻略の時より強くなったと確かめるために。
「鯱パンチ」
〈鯱パンチキターーーーーーー!!!〉
〈腹パン食らえオラアアアアア!!〉
〈サンドブレス破れるん!?〉
〈鯱女王ならできるやろ〉
〈いや、流石に無理だって!〉
〈鯱女王がんばって欲しいんだ!〉
背後で起きる水の爆発。それと同時に全身が吹き飛びそうになる。それを脚のブーツから発射した水で制御し、エネルギーの全てを右拳に集約させる。僕は、横に一回転して拳を放った。
「シャアアアアアアアアアア!!!」
叫びと共にサンドブレスへ放つ一撃。拳から放たれた衝撃波がブレスを吹き飛ばし、ケイロンの胴体がベコリと拳の形にへこんだ。
「キ゛ュル゛ア゛アアアアアアアアッ!?」
吹き飛ぶケイロン。ヤツが壁面に激突し、割れた風船のように弾け飛ぶ。周囲がグラグラと揺れる。壁面に赤い染みだけを残し、ケイロンは消滅した。
〈ヤバババババ!?〉
〈ケイロンを一撃か:wotaku〉
〈スゲエエエエエエ!?〉
〈はぁ!?〉
〈グッロw〉
〈いや、殴ってすらおらんぞwww〉
〈スキル強すぎワロタwww〉
〈鯱女王強いヨォ‥…〉
〈はぁはぁ……搾られたい……〉
〈キショコメ民興奮してるw〉
〈鯱女王カッコイイんだ!!〉
「あ、あ〜……」
ヤバッ、脳汁出る、めちゃくちゃ気持ちいぃ……でもあの子が僕を見てる。止めないと、カッコイイって言ってくれてる……あ、ダメだ、カッコいいように振る舞わないとあ、あ、でもヤバイ……っ! 考えたら余計に興奮してあ、あぅ……っ!
「じゃあ、また、次の攻略で」
〈乙〜〉
〈ノシ〉
〈やっぱり鯱女王サイコーだな〉
〈たまらんかったw〉
〈負かされたい〉
〈キショコメ自重しろw〉
〈凄かったんだ!〉
〈応援してます!〉
ガクガクする脚に気付かれないうちに配信終了の挨拶をして配信を切る。
「ふぅ……バレそうだった」
でも、ちょっと今日のは治まんないかも。純粋に見てくれる子がいるとヤバイ。早く宿に帰って鎮めないと……。
そう思った時、急に探索者用スマホが鳴った。この携帯にかけてくるってことは管理局か?
思い当たる節があったので、早めに通話を取る。マスクに付いたヘッドホンから女の声が聞こえた。
『ダンジョン管理局のリレイラ・ヴァルデシュテインと申します。上司のシィーリアより鯱女王様の番号を聞きましてご連絡させて頂きました』
ビジネス用の文言、かしこまった声。リレイラ……? シィーリアじゃないのか。
「新宿迷宮の攻略開始日決まったの?」
『はい。8月29日朝9時に指定された開始地点へお越し下さい』
言っていた通り、あと2週間ほどか。
……。
「ねぇ、探索者ごとに開始地点が違うんだよね? 461はどこからスタート?」
『すみません。ヨロイく……他の探索者のスタート地点は教えられません。規則になっておりますので』
「なんだ。まぁいいや。僕のスタート地点の住所、送っといて」
「承知しました」
プツリと切れる通話。数分後にはスマホの画面に通知が表示され、詳細な住所が書かれていた。
「ふふっ。ついに来た。しかも激アツイベントまで」
未知のダンジョンに、ライバルとの再戦。ミスれば死ぬかもしれないスリル。
また体震えてき……あ、脳汁が、あ……気持ち、ぃ……ヤバイぃ……。
ガクガクする脚を押さえる。
「イイよ。すごく燃えて来た」
想像しただけで僕の体は昂っていた。
楽しみすぎる。今日は眠れないかも……。
次回は新宿に向けて代々木で合宿することにした461さん達のお話です。