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第144話 アイルの想い

 〜天王洲アイル〜


 試験が終わって、ミナセさんの希望で冒険家Bで打ち上げをすることになった。


 ナーゴと店長が食べ切れないほどの料理を出してくれて、食べ切れないのでユイさんとキル太を呼んで食べるのを手伝って貰った。


 ユイさんもキル太もすごい食欲で、到着するや否やあんなにあった料理をペロリと平らげてしまった。


 キル太はともかく、ミナセさんと同じ体格のユイさんのどこにあの量が入るんだろう? ユイさんに聞いたらこっそりお腹を見せてくれた。クビレもあるし、うっすら腹筋も見えるくらいのスタイル。う、羨ましいわね……。


 それから、明日も早いので2時間ほどでお開きになった。帰り際、リレイラと目が会った。彼女はふっと笑うと、ヨロイさんに向かって言う。


「ミナセ君達と帰るからアイル君を送ってあげて欲しい」


「え、順番に送っていきますよ」


「私は大丈夫。アイル君のこと頼んだよ」



 戸惑う様子のヨロイさん。リレイラは私の耳元に顔を寄せると「この前のお礼」と言った。そして、ヨロイさんと少し話して、ジークやミナセさんと帰っていった。



 私のこと気付かってくれたのかな。リレイラ……本当に優しいな。


 それから、ヨロイさんに送って貰うことになった。冒険家Bから御徒町方面へ歩く道は、すっかり暗くなっていて、遠くに見えるお店の光を目指すように2人で歩いた。


「まだ怖いのか?」


 ヨロイさんがポツリと呟いた言葉。きっとリレイラが伝えたんだろう。試験が終わってからは普通にしていたつもりだったのに……リレイラにはお見通しだったみたい。


「……うん」


 あのオーヴァルという人は本当に怖かった。仲間に暴力を振るうし、何より、私の言葉が一切届かないことが。


 今までも、ファンの人とのトラブルはあった。特定の人のコメントばかり拾い過ぎだと言われたり、ヨロイさんと組む事になった時もSNSで色々言われることもあった。でも、それは仕方ないことと割り切っていた。


 それでも応援してくれる人達はいたし、登録者数が増えるってそういうものだって分かっていたから。


 でも、目の前で言われると……怖かった。言葉が伝わらないことがこんなにも怖いなんて。


 私がどれだけ訴えても分かってくれない。伝わらない。あの人の中にある「天王洲アイル」が言わない言葉は……言っていないのと同じなんだ。多分、ヨロイさんがいなかったら、力で言うことを聞かせようとしただろう。それを考えると手が震えてしまう。


「悪かった。もっと早くアイツを追い払うべきだったな」


 ヨロイさんは真っ直ぐ前を見ながら言った。謝ることなんてないのに。


「ううん。いいよ。朝ね、ヨロイさんが庇ってくれた時嬉しかったから」


 そう、嬉しかった。ヨロイさんはハッキリ「アイルは渡せない」と言った。「渡せない」だ。それはきっと……ヨロイさんにとって、私が大切な存在なんだと思えたから。


 しばらく無言で歩いて、マンションの前までやって来た時、帰って欲しくなくてヨロイさんの手を掴んだ。


「どうした?」


「あ、あの……ちょっと寄っていかない? 私の部屋……」


「え?」


「ほ、ほら! まだ怖いし、お願い。ダメ……かな?」


 ヨロイさんは少し考えた後、私の部屋まで来てくれた。扉を開けると、散らかったベッドが目に入る。そうだ、朝焦っていたから……見られるのが恥ずかしいので、慌てて脱ぎ散らかした服を隠す。クッションを敷いて、ベッドに背を向けるように座って貰った。


 ヨロイさんが机に置いてあった写真立てに目を向ける。小さい時の私と、お父さんが写った写真を。


「アイルの親父さん……まだ連絡無いのか?」


「うん」


 ヨロイさんには六本木をクリアした後くらいにお父さんのことを伝えていた。ヨロイさんとリレイラでお父さんのことを探してくれたけどダメで、何も糸口は見つからなかった。


 リレイラからは「もしかしたら、既に引退したのかも」とも言われた。引退してから一定年数経つと、探索者の個人情報は削除されるらしい。スキルツリーは探索者の精神に付与されるものだから消滅はしないらしいけど。


 麦茶を淹れたグラスをテーブルにおいて、ヨロイさんの隣に座る。お父さんの話は暗くなるので、別の話題に変えた。


「ねぇ」


「なんだ?」


「明日からどんなことするの?」


 ダンジョンの話題を振ると、ヨロイさんの声が明るくなる。


「おぉ、久しぶりに代々木に行こうと思うんだ。コンビネーションの訓練しつつ野営の練習もできるしな」


 嬉しそうなヨロイさん。本当に新宿に行くのが楽しみなんだな。


「思ったんだよ。ナーゴの知識を上手く活かせば回復も現地でできるかもって」


 楽しそうに話すヨロイさんを見ると嬉しくなる。ヨロイさんはダンジョンでの冒険が好き。私はヨロイさんと冒険するのが好き。だから、ずっと一緒にいたい。ヨロイさんもそう思ってくれてる……と思う。


 私は、ヨロイさんの体に寄りかかった。彼は一瞬どうしたのかと私を見た。顔を背けてヨロイさんに色々質問する。もっとヨロイさんの話を聞いていたい。ヨロイさんの声を聞いていたい。そんな想いがドンドン溢れて来て止められない。


「そうだ、ヨロイさんがまだダンジョンに行ったばかりの時の話も聞かせてよ」


「明日も早いからよ、アイルはそろそろ休めって」


 立ちあがろうとするヨロイさんの手を掴む。


「聞きたいもん」


 ヨロイさんは私の顔をジッと見つめて、再び腰を下ろした。


「仕方ねぇな」


 ヨロイさんはポツリポツリと昔話をしてくれた。話の中のヨロイさんは、今とは全然違って、失敗ばかりしていて、何度も何度も同じダンジョンに挑んでいた。想像したら可愛いような気もする。リレイラもこんな気持ちでヨロイさんを応援していたんだろうか?


 私がもし今の姿のまま、その時のヨロイさんの隣にいられたら……。


 ……。


 やめておこう。どうしようもないことを考えても仕方ない。


 ヨロイさんは私の様子を見ながら、ずっと話をしてくれていた。群馬の天空回廊や、栃木の日光東照宮ダンジョンに挑んだ話を。そのどれもがワクワクするような話で、いつか私も挑んでみたいと思った。


 ヨロイさんの話に耳を傾けていると、やがて遅い時間になって、彼が帰ると言った。寂しくなって俯いてしまう。もっといて欲しいな……。



 私の頭に、ヨロイさんがポンと手を置いた。



「そんな顔すんな。また何かあったら俺がなんとかしてやるから」


 ヨロイさん、私がまだ怖がってると思っているみたい。ヨロイさんに頭を撫でられていると、胸の奥が暖かい気持ちになって、顔が熱くなってしまう。私を見てくれてるって、気にかけてくれてるって、分かる。そう思うと寂しい気持ちがすぅっと消えていった。


「また明日な、アイル」


「うん、また明日ね」


 明日もヨロイさんに会えるんだ。部屋を出ていくヨロイさんに手を振る。パタンと閉まる扉、静かになる部屋。余韻に浸っていると笑みが溢れて来た。


 明日ミナセさんに言おうかな。言ったら焦れったいって言われるかな?



 でも私は……ふふっ。



 明日からも頑張ろう。






 次回は閑話をお届け致します。名古屋のお話です。そういえば、以前掲示板で名古屋に行くと言っていた人がいましたね?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者様、毎度の返信ありがとうございます。 返信への遅れなんぞ気にしてませんよ~ むしろ、作者の皆様から返信があったら「よっしゃあぁーっ!」と、心の中の三段壁で叫んでます(笑) 『三段壁…
[良い点] アイルちゃん、ヨロイさん成分(ハート)満タンになったね♪ アオハルだな~(*´∀`*)
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