第139話 戦闘試験
スピーカーからシィーリアの声が響く。戦闘試験の会場に指示されたのは公園内にある野球場。そこには複数人の魔族達が魔法陣を囲んでいた。
『今から実技の戦闘試験を始める! ソロ探索者は妾の元へ! パーティでの試験を希望する者は紫色の髪をしたリレイラ・ヴァルデシュテインの元へ集まるのじゃ!』
30人いた探索者達がそれぞれホームベース側と外野側へ別れていく。俺達が向かったホームベース側は、いつの間にか観客席が探索者達で埋まっていた。先ほど体力試験をクリアできなかった探索者達が戦闘試験を見ようと集まって来たようだ。
グラウンドへ目を向ける。パーティ側の試験は3パーティ。5人の俺達、3人の武史達と6人パーティのオーヴァル達。合計14名。それをリレイラさんが確認してタブレット端末に情報を入力していく。彼女は、入力を終えると俺達に向かって声を上げる。スピーカーを通して、彼女の声が響いた。
『これよりパーティでの戦闘試験を行う。君達の対戦相手として我々が召喚魔法を使い、精霊を呼び出す。パーティの人数に応じて呼び出す精霊を変えさせて貰う』
話を聞いていたパララもんが手を上げる。
「何が違うのだ?」
『簡単に言えば人数が多くなるほど強い精霊を呼び出すということだな』
「良かったのだ〜ボク達が不利な訳ではないのだ!」
「ちょっと待てよ試験官さんよ!」
男が声を上げる。ん? アイツ、オーヴァルの仲間か?
「461達と俺達は1人だけしか違わねぇ。なのに精霊の強さを変えるのか?」
『そうだが』
「そりゃおかしいだろぉ! 461達に有利すぎやしないか? 俺達と同じ強さにしてもらわねぇとな。なぁみんな! おかしいよなぁ?」
男が仲間を振り返る。オーヴァルの仲間達は口々に野次を飛ばした。
「1人でそんなに力量差が出るかよ!」
「私達だけ不利にしようとしてるんでしょ!?」
「461達は腕に自信あんだろぉ!?」
「こんなのおかしいよ!」
皆言葉とは裏腹に妙に必死な顔だ。そして、彼らの後ろには黙ってこちらを見ているオーヴァル。その構図だけで、オーヴァルが彼らに抗議させているのだと分かった。
『君達……理屈が破綻していないか?』
リレイラさんの言葉にオーヴァルが無表情で答える。
「すまないな試験管。ただ、オレの仲間達は不公平に感じているだけなんだ。聞いた話によると、貴方はそこの461の担当魔族らしい。ならば、彼らを有利にするよう取り計らっている可能性がある」
オーヴァルが観客席へと振り返る。ヤツの言葉に観客席の探索者達がザワザワと騒ぎ始める。
「確かにそう聞くと変だな」
「そうだったらやばくない?」
「不正じゃん!」
「新宿迷宮クリアしたら担当に報奨金でもあるんじゃない!?」
「サイテ〜!」
「こんなの出来レースじゃん!!」
「最初から通すヤツ決まってたんだろ!!」
火が付いたように探索者達が不満を口にする。オーヴァルが俺を見てニヤニヤと笑みを浮かべた。アイツ……こうやって要求を通す気か。
「何みんな好き勝手言って!! ふざけてるわよ! リレイラがそんなことするわけないじゃない!!」
「アイル。ここはリレイラさんに任せよう」
俺達が文句を言ってどうにかなる状況じゃない。ああいうヤツらはそれすら煽ることに利用するだろう。怒るアイルを宥めていると、リレイラさんがマイクを口元に向けた。
『分かった。考慮しよう』
「感謝する」
オーヴァルが満足そうな笑みを浮かべる。その様子を見たミナセがため息を吐いた。
「アイツ、不平等とか言って私達に嫌がらせしてるみたいだね。もし自分の戦う相手を弱くして貰ってもアイツらにとってラッキーだって考えてるんじゃない?」
「妙な所で頭の回るヤツだ」
ミナセとジークが後ろで話しているのが聞こえる。やたら手の込んだことするな、アイツ。
『では……』
リレイラさんが俺達へと視線を送る。ジーク、ミナセ、ナーゴ、アイル……そして俺。ゆっくりと見回した後、冷たい視線をオーヴァルへ向けた。
『よし、こうしよう。君たち2パーティにはこの場にいる魔族が呼び出せる最強の精霊を召喚しよう』
「は?」
オーヴァルが間の抜けた声を上げる。全く想定外というような顔。オーヴァル達も自分達の戦う精霊が強くなることは想定してなかったみたいだ。
『本来想定していた精霊よりも3段階ほど上の強さの精霊……デュフォエウスを』
「さ、3段階!? オレ達は何もそんなことは……!?」
『平等を訴えたのは君だ。なので平等に、最強の精霊と戦って貰う。何か問題が?』
「なんだと? クソ……」
オーヴァルが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「さ、最強のって……オーヴァルでも勝てるのかな?」
「今この場で呼び出せる最強って言ったろ? 大丈夫だって」
「でも3段階も上って……」
「い、いや! あいつらのパーティ全員A級だろ! 大丈夫だって!」
「そうだよな6人もいるんだし」
「え、コントロールはできるんだよね?」
「暴れたりしたら……わ、私達にも」
「流石に大丈夫だろ、多分……」
観客席の奴らも困惑した表情を浮かべる。リレイラさん、ヤツらの要求をのむフリをして俺達の試験結果に文句を言わせないようにしてくれたのか。
『そちらのパーティも構わないだろう?』
リレイラさんが無表情で俺達を見つめる。アレは俺達なら倒せると信頼してくれている顔だ。
この場で呼び出せる最強の精霊か。良いじゃん、燃えて来るぜ。
「俺はいけると思う。みんなはいいか?」
みんなが頷くのを確認して、再びリレイラさんへと向き直った。
「俺たちは大丈夫です」
『よし。ならば召喚しよう』
「ち、ちょっと待て──」
オーヴァルが止める間もなく、5人のダンジョン管理局員達が魔法陣を囲む。そして、最後にリレイラさんが魔法陣の中心に立って詠唱を始めた。
『我らの世界に潜みし魔の者よ。我が王との契約に応じこの地に現れたまえ。汝の眼は炎。汝の額は天。汝の腕は大地。汝の脚は水。彼の物交わりし時、全てを屠る暴風とならん』
リレイラさんの頭上に風が吹き荒れる。突風? いや、竜巻のような……。そこに目に見えるほどの濃さを持つ魔力が吸い込まれていく。彼女の頭上に、巨人のような異形のシルエットが浮かび上がる。
『いでよ、精霊デュフォエウス』
リレイラさんがその名を告げた瞬間──。
「それ」は現れた。異形の巨人が。
人の顔が鼻面で切断されたような頭部。そして、本来両眼があるはずの何もない空間に燃え盛る炎の球体が浮かんでいる。アレは眼なのか? 口から下は巨人のような姿。岩のように鍛え上げられた両腕に、胸には大きな十字傷。そしてその下半身は、無数の蛇が集まり人の脚の形となっていた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォン!!」
雄叫びを上げるデュフォエウス。その声だけで大気が振動する。スゲェ……リレイラさんの世界にはこんなヤツがいるのか。めっちゃ燃えてくるな。
「な……!? 何だコイツは!?」
驚愕の表情を浮かべるオーヴァル達。ヤツらのパーティ全員が、反射的に武器を構えた。
『これより戦闘試験を始める。武器を構えているということは……オーヴァルパーティからでいいな?』
「待てと言っているのが聞こえないのか!?」
『既に試験は始まっている』
「ぐ……ぐ……お前達、戦闘準備しろ」
渋々と言った様子でオーヴァルがパーティメンバーに指示を出す。彼らが陣形を作ったのを確認して、リレイラさんがデュフォエウスを見上げた。
『デュフォエウスよ。この探索者達を死なない程度に試してやってくれ』
「グオオオオオオオオオオオオ!!!」
デュフォエウスが腕を振りかぶる。そしてオーヴァル達に向かってその手を薙ぎ払うと、物凄い突風を巻き起こした。
「ひぃ……っ!?」
その威力に女魔導士が尻込みする。仲間の様子にオーヴァルが苛立ったように叫ぶ。
「何をやっているセシリア! 早く防御障壁を展開しろ!!」
「は、はい!!」
セシリアと呼ばれた女魔導士が魔法障壁を展開する。しかし、その障壁は、突風によってガラスが割れるように砕け散った。背の高い戦士が咄嗟にセシリアを庇ったが、守りきれずに2人とも吹き飛ばされてしまう。
「きゃああああああ!?」
「うわああああ!?」
「お、おい! ガルフとセシリアが!?」
狼狽えるパーティメンバー達。しかし、オーヴァルは舌打ちをして残ったメンバーに指示を出した。
「あの2人はもう使えん!! ヤマトはヤツの腹を狙え! ミナは爆破魔法! ダースは腕だ!」
戸惑うパーティメンバー達。しかし、オーヴァルが一瞥すると、彼らはビクリと体を震わせてデュフォエウスへと駆け出して行った。
「爆破魔法!!」
「グウオオオオアアアアアア!!!」
爆破魔法がデュフォエウスに直撃し、戦士2人が腹部と腕に大剣と大斧を叩き付ける。苦しみの声を上げるデュフォエウス。しかし、巨人はすぐに体勢を立て直し、その両脚から無数の蛇を生み出した。
「嫌あああああ!?」
「こ、コイツら……斬っても沸いてくるぞ!?」
「なんなんだよこれはよおぉ!!」
蛇に完全に足止めされた3人。彼らに目を向けたデュフォエウスは、その燃え盛る両眼から火球を発射する。3人はその攻撃を避けるのに気を取られ、蛇の波に飲み込まれてしまった。その直後、オーヴァルが巨人の眼前へと飛び込んだ。
「乱舞斬!!」
半分しか存在しない巨人の顔面。そこにオーヴァルが連続攻撃を放つ。
「グアアアアアアアア!?」
「よし! このまま押し切る──」
オーヴァルが剣を構えた瞬間。
「グオォォォォォォォアアアアアア!!!」
デュフォエウスの放った渾身の拳が、オーヴァルに直撃する。
「がはあっ!?」
一撃で吹き飛ばされるオーヴァル。観客席へと真っ直ぐ吹き飛ばされる姿に、試験を見ていた探索者達は一斉に逃げ出した。
「こっちに飛んでくるぞおおおお!?」
「逃げろおおお!!!」
「あんなんどうやって倒すんだよぉ!?」
「きゃああああああ!?」
「わ゛た゛し゛帰るぅ……!?」
会場中がパニックに陥る。中には身動きが取れずしゃがみこむ者もいた。
『観客席にいる局員は魔法障壁を展開しろ』
リレイラさんの一言で観客席を包み込むように魔法障壁が展開される。オーヴァルが魔法障壁に叩き付けられた。
「がぁ!?」
ずるりと障壁の下に滑り落ちるオーヴァル。全ての探索者を倒したデュフォエウスが動きを止め、局員達が彼らの元へ駆け出した。
幸い、吹き飛ばされた者も蛇に飲まれた者も無事だったようで、彼らに回復魔法がかけられていた。
「マジかよ……」
「あのオーヴァル達が手も脚も出ないなんて……」
「あんな化け物、勝てる訳ないよ……」
観客席からザワザワと声が溢れる。
『オーヴァルパーティは脱落。観客席の探索者達は落ち着いてくれ。魔法障壁を展開した。怪我をすることは無い』
探索者達は皆デュフォエウスを見上げていた。全高15メートルほどの異形の巨人。一瞬で6人のA級探索者を戦闘不能にした精霊。今は静かにリレイラさんの命令を待っている存在を。
『次、461パーティは前へ』
リレイラさんが事務的に俺達を呼ぶ。
『君達は先の戦闘を見ている。平等にする為、デュフォエウスを本気で向かわせようと思うが問題ないか?』
その眼を見た瞬間悟る。俺達を信じている顔。俺達ならあの精霊を倒せると。アイル達を見ると、アイルも、ジークもミナセも、ナーゴも……頷いた。みんな俺と同じこと考えてるって訳か。
「それでやってくれ」
『了解した』
リレイラさんが指示を出すと、デュフォエウスが雄叫びを上げた。大気を震わせるほどの声。観客席にいる探索者達の悲鳴が聞こえる。
……よし。やってやるぜ。
「しゃあ! いくぜみんな!!」
俺達は、精霊デュフォエウスへと駆け出した。
次回、461さん達vsデュフォエウスのバトルです。