第138話 体力試験
ジーク達と合流して、先程のオーヴァルの話を聞いてみた。
配信者ではないが、探索者の間では有名な実力者。なんでも島根県雲南市のダンジョンに現れた強力なモンスター「暴食のハイドラ」を倒したことでA級屈指の実力だと認識されているらしい。
「だが、ヤツは性格に難があると聞いている。その強さに憧れパーティに入る者も多いが、メンバーの入れ替えが激しいと」
ジークリードがため息を吐く。
「同じ探索者として恥ずかしい……まぁ、俺も人の事を言えた義理ではないが……」
「ジークは人助けしてただろ? アイツとは全然違うと思うぜ」
さっきのヤツの行動。自分を庇おうとしたシンという少年を殴り付けていた。メンバーの入れ替わりが激しい……か。ああいうことを日常的にやるから他のメンバーも怯えるような顔をしていたんだよな、多分。
「許せないわあんなヤツ。ファンだって言うけど人に迷惑かける人は許せないもん!」
怒り心頭といった様子のアイル。それを宥めながらミナセが苦笑する。
「オーヴァルもバカだよねぇ〜推しに嫌われることするなんてさ」
「思い込みが激しいのかもしれないにゃ」
女性陣からすごい言われようだな……確かに、力で言うことを聞かせようとするのは嫌がられて当然か。強いヤツなら尚更だ。
『探索者試験を受ける探索者はステージ前に集まって下さい』
そんなことを話していると、スピーカーからアナウンスが聞こえた。案内に従いステージ前に行くと、かなりの数の探索者が集まっていた。ざっと見渡しただけでも200人近く。新宿迷宮への挑戦希望者はこんなにいたのか。
「あ! シィーリアだよ〜!」
「リレイラもいるな」
ミナセとジークの声でステージへと目を向ける。ステージ上ではシィーリアがマイクを持って他の局員と打ち合わせしており、その後ろでリレイラさんが管理局員達に指示を出していた。
1週間ぶりに彼女の姿を見たら胸が締め付けられるような感覚がした。この試験が終わったら少しは落ち着くんだろうか? 指示を出し終えた彼女がキョロキョロと探索者達を見渡す。そして俺達を見つけたのか、彼女は小さく手を上げた。
「リレイラ頑張ってるわね」
「仕事熱心だにゃ〜」
アイルとナーゴがリレイラへ手を振った。俺も手をあげようとした時、スピーカーを通じてシィーリアの声が周囲に響いた。
「あーあー聞こえるかの? ダンジョン管理局のシィーリア・エイブスじゃ。事前に説明した通り、これより新宿迷宮へ挑む為の試験を行う」
ザワザワとしていた声が静まり返る。シィーリアは手元の用紙に目を向けた。
「え〜新宿迷宮は最深部に到達するまでかなりの日数を必要とするダンジョン。まずは外周による体力試験を行うのじゃ」
「体力試験!?」
「聞いてねぇぞ!!」
「外周ってなに!?」
「俺らはガキか!!」
「ふざけんな!!」
「メスガキが!!」
「分からせんぞこら!!」
至る所から乱暴な声が聞こえて来る。結構な数の探索者が体力試験を想定していなかったようだ。
「うるさいのじゃ!! これは探索者達の死亡率を下げる為の試験じゃ!! 従えぬ者は不合格にするが!?」
死亡率、という言葉に再び周囲がシンと静まり返る。全員が黙ったのを確認してシィーリアは再び声を発した。
「勘違いしとる者もおるようなので最初に言っておく。新宿迷宮は今までのダンジョンとは訳が違う。軽い気持ちで挑もうとすれば死ぬ。良いか? 死ぬのじゃ。その意味が分からぬ者は即刻立ち去れ」
シィーリアの表情は真剣そのもの。辺りを見回すと顔色が悪い探索者もいた。そんな彼らに管理局員が声をかけていく。そして短い受け答えの後、彼らは会場を後にした。
……まぁ、甘く見てるヤツもいたってことだな。
10人前後の探索者が会場を離れたのを確認して、シィーリアはさらに説明を続けた。
「よし。体力試験は全員装備のまま外周50周! その後、召喚魔法により呼び出した精霊と戦ってもらう!」
事前に調べておいた情報によるとオリンピック公園の外周は2.1キロ。俺がいつも走る不忍の池が1.3キロだから約倍の距離か。
「外周は全探索者で行う。ソロとパーティによって出現させる精霊は異なる種族にするのじゃ! それでは探索者は誘導に従って外周スタート位置まで移動せよ!」
体力を消費させた状態で戦闘させることで攻略時の持続力を測るのか。
「試験なんて言うから身構えていたけど、僕には楽勝だな〜」
声に振り向くと鯱女王が立っていた。しかしいつもと違う格好で面食らってしまう。全身ジャージに黒いキャップを深々と被っており、彼女の声を聞いて初めて鯱女王だと分かったくらいだ。
「お、鯱女……むぐっ!?」
叫びそうになったアイルの口を鯱女王が塞ぐ。
「しっ。他の探索者に見つかったら面倒だろ? 声は押さえて」
「鯱女王も試験受けなきゃいけないのか?」
「そうだよ。面倒だよねぇ……だからさ、僕は速攻で終わらせるよ」
「ふぅん。がんばれよ」
「ふふっ。新宿迷宮で君と再戦したいから。いっぱいイカせてね?」
再戦って……何を勝手に言ってるんだコイツ。ていうか「イカセテ」って何だ? 新宿迷宮にはクラーケン型のモンスターでもいるのか? 俺も知らない「イカセテ」というモンスターか……。気を付けないとな。
「……」
モンスターについて考えていると、なぜか鯱女王がアイルを見ていることに気が付いた。
「アイルがどうかしたか?」
「いや、なんでもない。461達も試験絶対受かってよ」
そう言うと、彼女は去っていった。
◇◇◇
探索者試験が始まった。まずは体力試験。2.1キロあるオリンピック公園の外周を50周。それを完走するのが最初の審査。
制限時間は18時間。スキルや素材から自作したアイテムの使用は許可されていた。そのせいか、探索者達は開始と同時にスキルを使用して一斉に走り出した。
「へへ! 何ノロノロ走ってんだよ!」
「遅えヤツはサッサとリタイアしな!」
「スキル使ったらこんなの楽勝だっつーの!」
「お先に〜!」
「スキルも使わないとかw」
意気揚々と走り出す探索者達。
走りながら彼らを見送っていると、また別の探索者集団が俺の横に着いた。
「バカだなアイツら。スキルを早々に使うなんて……あ、お前は使うスキルすら無いんだったか?」
横を見ると敵意剥き出しのオーヴァル。相手にしてペースを乱されるのが嫌だったので適当に返すと、ヤツはニヤリと笑みを浮かべて俺達を追い抜いて行く。その後ろには彼の後を追うパーティメンバー達が。最後方では先程のシンという少年が苦しそうについていた。
大丈夫か、シンって奴。
おっと、そんなことより俺は自分のパーティメンバーのことだけ考えろ。
「約100キロか〜カズ君飛ばしすぎないでよ?」
「この日の為に調整した。ミナセこそ大丈夫か? ユイが来てから食事量が」
「もう! デリカシー無いな〜!」
「痛っ!? おい、暴力はやめろ!」
ジークとミナセは軽口? を叩きながら走っている。アイルとナーゴはどうだ? 振り返って2人へ話しかける。
「キツかったらもっとペース落とすが大丈夫か?」
「まだ大丈夫よ。ありがとうヨロイさん」
「ナーゴもまだまだ行けるのにゃっ!」
2人とも大丈夫そうだ。ナーゴはキツくなれば自作のスタミナ回復ドリンクも使える。よし、俺達のパーティはペースを守れば完走できる。後は制限時間との戦いか。
……。
探索者試験が始まって8時間。
探索者達を追い抜いていくと、皆変な顔で俺達のことを見た。
「う、嘘だろ……」
「なんで……はぁ……走れるんだよ……」
「す、スキルも使ってねぇのに……」
「待って……」
「も、もしかして温存しないと走れない距離なの……?」
「うっ……おぇ……」
「嘘だ……俺がこんなはず……」
死にそうな顔の探索者達。いきなりスキル使いまくるから下調べしてると思ったが、そういう訳じゃないみたいだな。
25周……約50キロを超えた辺りで探索者達がバタバタと倒れてしまった。その横を俺達パーティは走り抜ける。
「なんだかアイツらを見ると嫌な記憶が……」
「私も〜……」
ジークとミナセが倒れる探索者達を見て顔を青くする。ただその反面、足取りはしっかりとしていた。この2人はまだまだ大丈夫そうだな。
「ナーゴ、大丈夫?」
アイルが心配そうにナーゴの背中を摩る。
「だ、大丈夫にゃ……す、スタミナ回復ドリンクを飲むにゃ」
ナーゴがカバンからペットボトルを取り出す。それを着ぐるみの口に入れ、しばらくすると元気な声を上げる。
「回復にゃ! まだまだ走れるにゃ!」
自作アイテム使用可で助かったな。これなら問題なさそうだ。
……ん?
「ねぇ461さん。あそこにさっきのシンって子がいるわよ」
アイルの指す先にはオーヴァルのパーティメンバーの少年……シンが1人で走っていた。
うっすらと目に涙を浮かべて。
気になったので先頭をジークに任せて、シンの近くに駆け寄ってみる。
「どうした?」
「はぁ……はぁ……461さん、ですか」
「なんで1人で走ってるんだ?」
「はぁ……はぁ……オーヴァルさんに、パーティを追放されました……はぁ……足手纏いだって……はぁはぁ……」
苦しそうに胸を抑えるシン。パーティを追放? 疑問に思った矢先、オーヴァルが再び俺の横を通りすぎた。
「なんだ? そんなヤツに構っているのか?」
「お前、シンを追放したのかよ」
「ああ。俺達について来れないヤツだったからな。ソイツがオレのパーティに入ったのは1週間前……そんな新人の為にオレ達がペースを合わせる必要はない」
「じ、自分は……もっと強くなりたくて……」
「知るか。才能が無いヤツは何やっても無駄なんだよ」
言いながら、オーヴァルがアイルを見つめる。アイルは、ゾッとした表情になってミナセの後ろに隠れてしまった。
オーヴァルの物言い……コイツ、パーティメンバーを使い捨ての道具かなんかと勘違いしてんじゃねぇか?
「さっさとリタイアしろ。目障りだ」
吐き捨てるようにシンに言い放つと、オーヴァルは仲間を引き連れ走り去っていった。
「はぁはぁ……自分のことは放っておいて下さい。はぁ……走れる所までは走りたいので……」
1人で黙々と走り続けるシン。なんか、その様子を見て、無性に嫌な気持ちなる。俺がまだ引きこもりだった時、両親が俺の事を疎んでいた事を思い出した。毎日毎日……リレイラさんと探索者になる特訓をしてた時、どうせ無理だと鼻で笑われていたことを。
「シンだったか?」
「な、なんですか?」
「俺達について来い。ゴールまで連れてってやる」
そう言ってシンを俺達パーティの1番後ろにつかせて、先を走る。極力ペースをシンに合わせるように。こういうのは前のヤツについて行くのが1番精神的に楽だ。体力はまだあるようだし、できればゴールくらいはさせてやりたい。
「あ、ありがとう……ございます」
シンが目を潤ませる。仲間から見捨てられた少年を連れ、俺達はゴールを目指した。
……。
…。
結局、トップで走り抜けたのは鯱女王。スキルを使ったのか、息一つ乱れていなかった。しかも周囲にはまだバレていないようで、余裕の笑みでスポーツドリンクを飲んでいた。その後6時間後にオーヴァル達。俺達もその30分後にクリアした。シンを連れて。
さらにその1時間後。涙で顔をぐしゃぐしゃにしたパララもんが、武史とポイズン社長に応援されながらゴールして、試験は終了となった。
体力試験終了後、クリアしたシンを連れ、管理局員に事情を説明。試験継続を希望したシンは、体力試験クリアを認められて、ソロで試験を継続することになった。
「あ、ありがとうございました461さん」
「気にすんなって。試験突破したら新宿迷宮で会おうぜ?」
「はい!」
ソロ試験へと向かうシンに別れを告げ、俺達は次の試験会場へ向かう。
体力試験は終わった。200人ほどの探索者がいたはずが、ゴールする頃には俺達を含めて30人ほどになっていた。次は戦闘試験。ここからが本番だな。
次回はいよいよ戦闘試験。オーヴァルが何やら策略を……?