第136話 試験に向けて
〜461さん〜
──不忍池
ナーゴをパーティに誘った翌日、例の如く俺達は不忍池の外周を走っていた。
「にゃあ……にゃあ……キッツイにゃ〜……」
猫の着ぐるみのナーゴがポスポスと足音を立てながら走る。俺はナーゴについて走るとみんなに伝え、先に行かせる。
「その装備のままいくのか?」
「はぁ……ナーゴのこだわりにゃ……外すのはなんか違うにゃ……」
そんなことを言いながら苦しそうに走るナーゴ。とはいえこれで不忍池の外周は50周は走った。最初の頃のアイルと比べると、ナーゴのスタミナは非常に高い。流石にソロでダンジョンに潜って食材を回収して帰って来るだけはあるな。
ナーゴの着ぐるみ装備を見る。この暑さの中これだけ走れているということは体を冷やす「氷冷」の符呪はかけているだろう。
それに「重量負荷軽減」も。先ほどからナーゴの体の至る所に符呪の紋様が浮かび上がっており、どれもがこの着ぐるみ装備を維持するために施されているというのが一目で分かる。よほど着ぐるみにこだわりがあるんだな。
「でもなんで走るにゃ……?」
「ナーゴの体力知っておかないとさ、いざ攻略する時にどれくらいのペースにすればいいか分からないだろ?」
「にゃ、にゃあ……優しいにゃあ……」
だが、もう一つ理由がある。新宿迷宮挑戦に関わる探索者試験。俺の予想では必ず体力に関わる項目があるはずだ。
ダンジョン管理局の理念は2つ。ダンジョンを攻略させ、攻略データを収集すること。探索者の死亡率を下げること。これに沿って長期攻略を考えるなら、必ずあるはずだ。
その為にはナーゴの体力試験クリアは必須だ。
「だけど安心したぜ。ナーゴが体力があってよ」
「料理人は体が資本……はぁ……だからにゃ……はぁはぁ……と、特性ドリンク飲めば、もう少し行けるんだけど……」
「え?」
特性ドリンク?
「これにゃ。飲んでいいかにゃ?」
ナーゴが懐からボトルを取り出す。飲んで良いと言うと、ナーゴは猫の着ぐるみの口にボトルを入れた。
「ング……ング……プハァー!! やっぱりストナキャロットのドリンクは聞くにゃあ!!」
突然元気になったナーゴは軽快に走り出した。その姿に先ほどの疲れは無い。まるで走り始めたばかりのようだ。
「お前……スタミナ回復もできるのか?」
「? ストナキャロットの絞り汁にはスタミナ回復効果があるにゃ〜!」
「マジか。それ、当日用意しとけよ」
「にゃ?」
「それ作る能力もナーゴの力だからな」
管理局の試験概要には「スキル・自作装備、武器、自作アイテムの使用可」と書いてあった。自力で回復薬を作れるならそれも対応できるだろう。
いける。ナーゴのクリアは問題なさそうだ。後は、全員の戦闘訓練だな。
◇◇◇
走った後は昼休憩になった。弁当を作ってくれたのはナーゴ。こうしてみんなで弁当を囲んでいると、渋谷に挑んだ時を思い出す。今回はリレイラさんがいないのが残念だけど……。
「わ〜! ナーゴのおにぎりすっごく美味しいわね〜! これ貰いっ!」
「あ!? それ私狙ってたのに〜。カズ君もラルサーモンのおにぎり取らないで!」
「むぐっ!? ミナセは先程も食べていただろう!」
……ナーゴの作ったおにぎりを奪い合う3人。俺も2つ貰ったがすごく美味かった。特にジャナハナッツの味噌和えおにぎり。ナッツのペーストと味噌を混ぜた物が米にすごく合っていた。
「ゴクン……それでね、さっきの続きなんだけど」
おにぎりを食べ終えたアイルが話し出す。なんでも、速雷魔法の特性に気付いたらしい。
「ナイフに帯電した速雷魔法に電撃を当てると強化されるでしょ? あれね、波がある事に気付いたの」
「波?」
「うん。1度に3本分に電撃を当てるより、1本ずつ順番に当てた方が威力が上がるの。1段、2段、3段って感じで」
「じゃあさ、ナイフを直線に設置すると良いってこと?」
ミナセの質問に、アイルはコクリと頷いた。
「そう! そうすると、浅草の時よりも強い威力が出せると思う」
浅草の時はそもそも真龍の電撃ブレスの威力が高かったからな。能動的に威力を出すにはどうしたら良いかとアイルなりに考えたみたいだ。
「だが天王洲。それだと直線にしか攻撃は放てないぞ。敵との間に3本のナイフを設置。それから魔法を放って敵に当てるまで目標が動かないと考える方が不自然だ」
「狙いをつけるのが大変だにゃ〜」
「う、それは分かってるわよ……でもせっかく攻撃力上げる方法見つけたのに……もったいないわね……」
ガックリと肩を落とすアイル。確かにジークの言う通り、当たらなければ意味が無い。誘導できる魔法なら? いや、電撃でそんな魔法使えるヤツは今いない。しかもナイフを設置して電撃魔法を撃つ……となると時間的なロスはかなりの物だ。ちょっと実用的じゃないな。
「う〜いっぱい考えたのにぃ……」
「よしよし。アイルちゃんは頑張り屋だもんね〜」
「1人で思い付くなんてすごいにゃ!」
涙のアイルをミナセとナーゴが慰める。うぅ……確かに能動的に威力を上げる方法を知っているのに使えないのはもったいないな。
「ね? そんなに気を落とさないでアイルちゃん。カズ君の波動斬だって真っ直ぐしか飛ばないんだよ? それを閃光で補ってる訳だから。きっとアイルちゃんの言う方法にも使い道が……」
「うん……もっと考える……」
やっぱり妹がいる分面倒見がいいなミナセは。
ん?
今、波動斬の話が出たよな。そういえば、ジークに波動斬について聞きたかったのを思い出した。
「なぁジーク。お前、以前波動斬が武史のリフレクションで跳ね返されたって言ってなかったか?」
「なんだ鎧? 急にそんなことを聞いてきて」
「いいから」
「跳ね返されたぞ。なんでも波動斬は魔法寄りの攻撃だから跳ね返すことができるとアイツは言っていた」
リフレクションに跳ね返される波動斬……。
ふと見ると、ジークの愛剣が目に入った。ジークがバルムンクと呼んでいる、紫電の剣。そして、俺の剣にも目を向ける。聖剣アスカルオに。
……。
これ、考えていることができたら相当強力な攻撃になるな。時間的なロスも、最小限に抑えられる。
「良い方法思い付いたぞ」
試験まであと6日。この期間で出来ることは少ない。なら、これは訓練しておいて損はないかも。
「コンビネーションの訓練もかねて、練習するか。連携技」
「「「「連携技?」」」」
4人が首を傾げる。俺は全員に、連携技のアイデアを話した──。
次回はいよいよ試験当日のお話。集合場所に来た461さんとアイルの元にある男が……?