第131話 461さんからリレイラへ
〜リレイラ〜
──冒険家B。
1番奥の席でPCを立ち上げ配信を見守っていた。真龍との戦いを終えて30分ほど。ヨロイ君とアイル君の浅草ダンジョン攻略は無事に完了し、コメント欄はお祝いのコメントで埋め尽くされていた。
「ふぅ……」
緊張の糸が緩む。良かった。ヨロイ君が「以前戦ったボス」と言っていたから心配はしていなかったが、流石に電撃ブレスを受け止めた時は不安になってしまった。
ダメだな私は。もっと信じないと……でも、2人が危なくなると、どうしても手が震えてしまう。
アイスコーヒーを1口飲む。早く帰って来ないかな。アイル君もヨロイ君も沢山褒めてあげたい。
「リレイラさん。仕事かにゃ?」
PCに向かっていると、冒険家Bを手伝いに来ていたナーゴ君に声をかけられた。エプロンをかけた猫の着ぐるみが目をパチパチと動かして不思議そうな顔をする。最近は一段と暑くなったのに、着ぐるみ装備で平気なんだろうか?
「うん? ヨロイ君達の浅草攻略の配信を見ていたんだ」
「にゃ? リレイラさんは探索者想いなのにゃ〜。ナーゴの担当さんは事務的だからいいにゃ〜」
事務的……か。魔族の中には人と積極的に関わりを持たない者も多いしな。まぁ、仕事は真面目にやっているから個人の考えまでは否定する気はないが。
「申し訳ない。私では力になれなくて……」
「にゃにゃ!? 勘違いさせちゃってごめんにゃ! リレイラさんが凄いにゃって言いたかっただけだからにゃ!」
「ふふ。ありがとうナーゴ君」
「ヨロさん達のニュースも見たにゃ! これかにゃ?」
ナーゴ君がスマホを差し出す。そこにはダンジョン配信専門のまとめサイトが表示されていた。見出しには大きく「461さんと天王洲アイル、浅草ダンジョン攻略!」と書かれている。
もうニュースになっているのか。この世界の情報はすぐに広まるな。
「2人とも凄いにゃ〜特にあの聖剣? 切り抜き動画見たけどビックリだにゃ! あんなの見せられてテンション上がらない探索者いないにゃ!」
「私も嬉しかったよ、あの場面を見た時は」
アスカルオをこの短期間で実戦で使えるようになるとは。
「彼は本当に……才」
「才能に恵まれている」と言いかけて先日の彼の姿を思い出した。夢中になって照明魔法を使い、魔力の流れを捉えようとしていた姿を。
「いや、彼の努力の賜物だな」
「いっぱい練習したのかにゃ? ヨロさんすごいにゃ」
そう、努力だ。本人が苦だと感じていない努力の……数日で使いこなせたように見えても、そこには彼の12年が土台になっている。才能などという言葉で片付けてはヨロイ君に失礼だ。
「それじゃあナーゴはカウンターに戻るにゃ。料理のご注文は2人が来てからでいいかにゃ?」
「ああ。それで頼むよ」
「ごゆっくりにゃ〜」
ナーゴ君がカウンターに戻っていく。なんだか、余計に会いたくなってしまったな、ヨロイ君に。
「あー……」
早く来て欲しいな。浅草ダンジョン攻略を盛大にお祝いしたい。
そんなことを考えていると、メッセージが届いた。相手はアイル君から。もう御徒町駅についたらしい。
返信を入れてスマホを置く。置いたと思った瞬間、再び通知が入った。アイル君、返信早いな……。
画面を開くとそこに書かれていたのは……。
──今日、ヨロイさんと2人で帰りなよ。私早めに帰るから。
「な、何を言っているんだ?」
メッセージを見た瞬間、顔が熱くなった。アイル君……ダンジョンでは2人だから私に気を使ってくれているのか?
「やさしいな、アイル君」
……アイル君の気持ちを知った時、動揺しなかったと言えば嘘になる。でも、彼女へ伝えた気持ちに嘘偽りは一切ない。私は自分の気持ちを抑えられないだろうし、でも……私は、彼女の事も大切だ。
だから私は絶対に彼女に嫉妬しないと決めた。どうなったとしても2人と一緒にいたいから。私に気を使ってくれるなんて、アイル君もそう思ってくれてるのかも。
「今日のところはお言葉に甘えさせて貰おうかな……」
アイル君の申し出に感謝して、私はPCを片付けた。
◇◇◇
〜461さん〜
冒険家Bで食事を終えると、アイルはすぐに帰ってしまった。送ると言っても断ってくるし、急ぎの要件でもあったんだろうか?
その後、リレイラさんを秋葉原駅まで送ることにした。
高架下の商業施設を通り過ぎて、線路沿いの暗い道を2人で歩く。彼女が俺の手を握って、心臓が止まりそうになる。だけど離したくなかったのでその手を握り返した。
「なんだか……ヨロイ君とこうやって2人で歩くのも久しぶりだな」
「ハンターシティ前から色々ありましたから」
ハンターシティが始まるまでの1ヶ月間、リレイラさんともシィーリアの屋敷で一緒に暮らしていたはずなのに、あまり話せなかったしな。とにかくリレイラさんはハンターシティの準備で忙しそうだったし。
「……」
「……」
会話が途切れてしまう。リレイラさんの雰囲気もいつもと少し違って上手く話せない。なんだよ俺。せっかく2人なのに、何か話せよ。
何か、話題……。
浅草ダンジョン、の話はさっきしたな……アスカルオの話も……次のダンジョンに……ダメだ。ダンジョンの話しか出て来ない。何か、気の利いたことを……。
必死で頭を巡らせるが、秋葉原駅の目前まで来てしまう。ダメだ、上手く頭が回らない。なんでだ?
「それにしても、今日のヨロイ君は凄かったな。聖剣は君にピッタリだよ」
聖剣……アスカルオ……。
あ。
「そうだ、リレイラさん。何かお礼しますよ」
「お礼?」
彼女が首を傾げる。恥ずかしくなって地面に視線を落とした。
「いや、アスカルオを使えるようになったのはリレイラさんのおかげでもあるから、何かお礼がしたいと思って……だから何か欲しい物とかないですか? それか、俺にできることだったらなんでもします」
「欲しい物……」
リレイラさんが腕を組んで考える。彼女が何かを思い付いたような顔をした瞬間、電車が通って周囲が明るく照らされる。途切れ途切れの光だけど、彼女の顔が赤いのが分かった。
なんだか様子が変だ。時折胸を抑えて深呼吸しながら俺の顔を見て俯く彼女。彼女の言葉を待っていると、リレイラさんは意を決したように俺を見た。
「へ、ヘルムを……」
「ヘルム?」
「そ、そう。触っても、いいかな?」
え、リレイラさん、俺のヘルムが欲しいのか?
「だ、ダメかな?」
……まぁ、いいか。欲しいと言われたらあげても。リレイラさんになら。
「大丈夫ですよ」
リレイラさんが俺の目の前までやって来る。彼女は周囲を確認すると、俺のヘルムを両手で触った。
「目を……閉じて……」
「え、はい。分かりました」
彼女の言う通りに目を閉じる。彼女が俺のヘルムを外したのか、急に涼しい風が頬を撫でた。
「絶対……絶対! 目を開けないで」
「? 分かりました」
なんだ? リレイラさんどうし──
そう思った瞬間。
唇に柔らかい感触が伝わった。
「ん……っ」
突然感じた感触。リレイラさんの艶やかな声。花のようなクラクラする匂い、首に回された彼女の腕。全身に電流が走ったみたいに動けなくなってしまう。頭の中が混乱しているうちに、彼女はゆっくり唇を離してしまった。
「そ、その……これが欲しかった、から。嫌だったら……ごめんね」
その手は静かに震えていた。それを見た瞬間今まで感じた事の無い感覚になった。胸が苦しいような、締め付けられるような感覚に。
「あの、良かったら」
「き、今日は……ここまでに、し、しておこう」
言おうとした言葉をリレイラさんが遮り、俺のヘルムを元に戻してしまった。
「ここまででいいよ。ありがとう、ヨロイ君」
「あ! ちょっと!」
「また明日!」
彼女が走り去ろうとする。体が勝手に動いて、気が付いた時にはその手を掴んでいた。
「え、えと……どうしたんだ?」
自分でもなぜ掴んだのか分からない。必死に理由を考えて、彼女へ伝えた。
「え、駅まで送ります。ほら、前みたいに何かあったら俺、嫌だし……」
「ヨロイ君……」
……。
結局、その後は無言でリレイラさんを改札まで送り届けた。
別れ際の彼女のはにかむような笑顔、さっきの感触。
それは多分……忘れられないだろうなと、思った。
次回は閑話です。リレイラさんの内面のお話です。
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