第110話 祭りの後
〜461さん〜
「ふんふ〜ん♪」
表彰式も終わり、西口公園近くでステージ設備の撤収を眺める。
表彰式の後からずっとアイルは機嫌が良かった。鼻歌混じりにスマホを操作してはツェッターを更新している。
「なんだよ? バズったのか?」
「ん〜? それもあるけどぉ〜、ヨロイさんが優勝して嬉しいの!」
アイルが俺の腰に目をやる。そこには優勝商品の「聖剣アスカルオ」が。慣れない装備はなんだか落ち着かないな。
「へへ〜! すっごく似合ってるわよ!」
アイルがキラキラした目で見てくるのが、なんとなく気恥ずかしくて顔を逸らした。
こんな大層な剣は俺のスタイルに合わない。そう言ってジークに渡そうかと考えたが、アイルに本気で怒られた。「絶対ダメ!!」ってな具合で泣きそうになるもんだから……あんなに必死で止められたら手放せないだろ。
……。
だが、せっかく手に入れた伝説の剣だ。このまま寝かせておくのも勿体ない。使い方を研究してみるか。
「ヨロイくーん!」
遠くからリレイラさんが走って来る。管理局の撤収業務は終わったみたいだな。
「はぁ……はぁ……2人とも無事でよかった」
肩で息をするリレイラさん。アイルは彼女の肩をチョンチョンとつつくと、得意げな様子で踏ん反り返った。それを見てリレイラさんが苦笑する。
「アイル君が1番がんばったな。感動したよ」
「ふふん! 当然よ!」
リレイラさんに頭を撫でられて満足そうな顔をするアイル。しかしアイルはすぐに表情を変える……大人っぽい微笑みに。そしてリレイラさんの手を取ると、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「それは冗談。リレイラのおかげよ。ありがとう」
「え? あ、いや……私は何も……」
「リレイラがみんなを繋いでくれたからみんなを守れたわ。本当にありがとう」
「ア゛イ゛ル゛く゛ん゛……っ!!」
涙目になるリレイラさん。確かにな。連絡手段を用意してくれたり、状況を常に伝えてくれたのはリレイラさんだ。彼女がいなかったら俺達はこんな結末を迎えられなかっただろうな。
「俺もそう思うぜ」
「ヨ゛ロ゛イ゛く゛ん゛……っ!!」
大泣きするリレイラさん。その様子に思わず苦笑してしまう。彼女の背中を摩っていると、アイルが急に辺りを見回した。
「あれ? そういえばミナセさん達は?」
「ひぐっ……あ、ああ……言おうと思っていたんだ。ジーク君達はシィーリア部長と一緒に、中野に向かった」
リレイラさんが涙混じりに教えてくれる。シィーリア……ルリアへ直接交渉に行くことにしたのか。
ジーク達の元へすぐに行ってやりたい気持ちもあるが、やめておく。アイツらの元に行くとルリアを刺激する恐れがある。シィーリアなら、きっと上手く納めてくれるはずだ。
「大丈夫かな……」
心配そうな顔をするアイルの頭に手を乗せる。
「大丈夫だ。シィーリアもいるし、向こうの式島だって事情を分かってる。きっと上手く行くさ」
「そうだよアイル君。きっと、大丈夫」
「うん……そうね」
「ま、今日のところは帰るとするか」
アイルとリレイラさんと俺、3人で会場を後にする。あれだけ騒がしかった会場に、今残っている探索者は俺達だけ。他の参加者はきっと打ち上げにでも行ったんだろう。
聖剣アスカルオを見る。異世界文字が刻まれた鞘、その文字一つ一つが脈動するように光り……いかにもマジックアイテムという見た目。それを見ていると急に祭りが終わった実感が湧いてくる。まだ心配事はあるが……終わったんだな、本当に。
◇◇◇
〜鯱女王〜
サンシャインシティの最上階から街を見渡す。イベントの撤収も終わり、夕焼けに染まる池袋。それを見ていると、さっきまでの喧騒が嘘みたいに思える。
スマホに通知が届き、ツェッターを開く。ボクの公式アカウントのリプ欄は「ざまぁwww」や「偉そうにしてるからwwww」といったものから「裏切られた」、「死ね」といった誹謗中傷で埋まっていた。
中にはインフルエンサーがここぞとばかりにご高説を垂れ流している。普段はボクのツイートに群がってインプレ稼ぎばっかしてるクセに。
ふぅん……みんなボクが負けて嬉しいのか。中にはボクを「分からせたい」なんて物もある。26の女に分からせたいはないだろ。
「ぷっ……バカばっかw」
しょうもないヤツらだな。もっと楽しいことに目を向けたらいいのに。あ、彼らにとってはコレが楽しいのか? ま、いいや。
会場に来ていたあの少年くらいか純粋なのは。特徴的だからすぐに分かった。約束通り握手したら本当に気絶するし……ふふ、可愛い。
後で6ちゃんのダンジョン板でも覗いてみよう。そこにいるかもしれない。あんな子ならボクも友達になろうと思えるかも。
「……」
窓際に座る。綺麗だ。夕焼けが今のボクの気持ちみたい。
負けた。だけど、嬉しい。
今まですごく退屈だった。東京のダンジョンはほぼ攻略してしまった。残った東京パンデモニウムと新宿迷宮はなぜか攻略許可が降りない。
退屈だった、ずっと。
ゲームはなんでもそうだ。強くてニューゲームが楽しいのは最初だけ。難易度が上がらないと初回のワクワクは味わえない。
だけど、ボクに生まれて初めての強敵が現れた。
「461か」
ボクがレベリングしてスキルの使い方を教えてやったスキルイーター……それを攻略した男。
それに、ハンターシティでボクに勝った男。
ボクの思い通りにいかない存在だ。
予想外があるのはいい。全てが予想通りにいくのなら、この世の全てはつまらなくなってしまうだろう。
面白い。アイツは聖剣を手にしてもっと強くなる。ボクには分かる。アイツはボクと真逆のタイプだ。周囲の全てを力に変えるヤツだ。時が来たら、また勝負を挑んでみよう。もっと楽しませてくれそうだ。
「ここから飛び降りたのか」
ガラスの割れた窓、その前に立つ。不死鳥と戦っている時、461はここから落下攻撃をしたらしい。
真下を見る。入って来る風が、このビルの高さを表しているみたい。
フチに足をかけて、飛び降りる。
落下によって心臓が浮くような錯覚を覚える。ボクがいつも飛ぶ高さとは段違いのスリル……脳汁が出る。気持ちいい。生きている実感、体が熱くなる。
でも、すぐに足りなくなる。気持ちいいのはすぐに慣れてしまう。
「まだ……イケてない」
両脚のブーツのハッチを展開する。ボクの「蒼海」の力で大気を吸収させ、水に変換、ノズルから噴出させる。
加速する体。さらに感じる重力。それを感じながら大地に蹴りを放つ。
蹴りが大地にかかる瞬間。足裏に発生させた水球を爆発させる。それが落下の衝撃を殺す。周囲に飛び散る水の飛沫。地面に降り立った後に上を見上げると、ここから最上階は見えないほどの高さだと改めて感じた。
461はこれをやったんだ。ボクのような能力無しで。まともな精神状態じゃない。
ヤツは相当……狂ってる。周囲が思うよりもずっと。
「いいね。すごくいい」
ボクの胸は、未知なる展開へのワクワクで満たされた。
次回は7/5金 12:03投稿です。
お待たせしまして申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いします。