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第11話 461さん、トレーニングする

 〜探索者461さん〜


 代々木公園迷いの森を攻略した翌日。



「くっ……」



 ベッドに両足をつき片手で腕立てをする。片腕20回を5セット。腕が限界を迎える少し手前で終えるのがコツだ。


「よっ」


 右が終われば左腕へ。それが終われば上体起こし20回5セットとスクワットを20回5セット。全てのトレーニングを終えると、床へと倒れ込んだ。


「はぁ……慣れてもキツいのは変わらないか」


 このトレーニングは12年前、ダンジョン管理局のリレイラさんが俺に組んでくれたメニューだ。引きこもりだった俺はそもそも戦えるような身体能力が無かった。それを鍛えるために。このメニューを始めの3年間毎日こなした。最初は死ぬほどキツかったけど、とにかくこなした。引きこもりの俺には時間があったから。


 ただ、一度疲労でモンスターに殺されかけたことがあってから、ダンジョンに挑む日はやらないことにした。自衛の為に。



「よし。そろそろ時間だな」



 Tシャツとハーフパンツ、ランニングシューズで湯島にある自宅マンションを出る。


 早朝の国道をランニングする。車の走っていない大通り。東京でのそれは、ここがまるで異世界のような不思議な感覚にさせる。


 天神下交差点を通りすぎ、上野の不忍池へ。その周囲を8周。ちょうど10kmになるコース。朝の冷たい空気の中を走り、8周目を終えた後、池に併設(へいせつ)された公園のブランコに座る。


「はぁ……はぁ……」


 頭に被って(・・・・・)いた物(・・・)を外してタオルで汗を拭き、再び被り直した。



「そのメニュー、まだやってたのか」



 顔を上げると、リレイラさんが俺を見下ろしていた。


「ダンジョンに挑む日以外はずっとやってます。リレイラさんの組んでくれたメニューですから」


「う、うん。それは感心な、こ、心がけだな」


 隣のブランコにリレイラさんが座る。彼女はなぜか俺の方をチラチラと見てはその度に(うつむ)いていた。



「すみません。こんな朝早くに」


「いや、いいよ。この後外回りするからな。むしろ事務所に出社しなくて良くなった」


 リレイラさんが俺の方を見てくる。紫の長い髪が風で揺らぎ、頭の角が日の光に照らされる。目を細めて微笑みかけてくれる姿。本当にあの頃と変わらない。


 あの時のまま……リレイラさんは長寿の魔族だから当たり前だけど、俺はそれがすごく嬉しかった。親からも役立たずと言われた俺。その可能性を信じてずっと向き合ってくれたこの人だからこそ、嬉しいのだと思う。



「なぁヨロイ君。1つ聞いてもいいかな?」


「なんですか?」


「なぜTシャツなのにヘルムを被っているんだ?」



 あ、やっぱり言われるよな。



 Tシャツハーフパンツにフルヘルムの男。それが今の俺の格好。


「あまり人に表情見られたくないんで」


 外すと気が抜けそうだし。


「ふふっ。やはり面白いな君は」


 ブランコから降りたリレイラさんが手すりへ寄りかかり、俺の方へと振り返った。


「代々木公園。素晴らしい戦闘だったぞ」


「リレイラさんも見てたんですか」


「ああ。皆はペラゴルニスへのハメ攻撃ばかりに注目していたが、私はショートソードを突き立てたことを評価したい」


「あ、そこ見てくれてたんですね」


「電撃魔法は金属へ引き寄せられる性質がある。それを利用し、あのアイルという娘の魔法をサポートしたな?」


 思わず感心してしまった。ダンジョン管理局の職員とはいえ、そこまで俺の考えを読み当てるなんて。


「アイルはまだ慣れてないみたいなんで……保険ですよ。魔法を外したら俺が死ぬんで」


「優しいな」


 リレイラさんが不忍池の奥にそびえる辯天堂べんてんどうを眺める。今は小型ダンジョンとなってしまったこの場所のシンボルを。


「あまり詳しくは言えないんだが、君の言った通り、東京のダンジョンは生態系が変化してきている」


「やっぱり群馬と一緒だ。ダンジョンが現れて12年。何も変わんない方がおかしいですよ」


「……君は絶望しないのか? 今後君の戦術が通じなくなるかもしれないんだぞ?」


「そっちの方が燃えますね! 楽しそうだから!」


 一瞬、リレイラさんがその目を大きく見開いた。



「ふ、ふふふ……楽しそう、か。前向きは好きだよ」


 クスクス笑うリレイラさん。普段大人びた彼女も、笑う時だけは少女みたいな顔になる。


「あ、そうだった。リレイラさんに次に挑むダンジョンの報告したかったんですよ」


 彼女の顔が一気に仕事モードになった。


「アイルと話したんですけど、六本木にします」


「六本木か……」


 リレイラさんがカバンから端末を取り出して操作する。何度か画面を操作すると、六本木ヒルズのマップが表示される。


「六本木ヒルズは現代のビル造形を残したタワー型ダンジョンだ。異世界の様相が無く廃墟化したダンジョン。君は異世界の趣がある方が好きだろ? この世界で言う所のファンタジー的な」


「六本木は敵が多いですよね?」


 再びリレイラさんが端末を操作する。


「ああ。モンスターとの連戦になる」


「それですよ。アイルの経験値としては良いかなって」


「……」


 思いを馳せるだけで体が熱くなる。六本木はひたすらモンスターと戦うダンジョン。こういうのもたまには良いよな。アイルのレベルポイント貯めるにも打って付けだ。


「……分かった。では管理局にはそのように連絡しておこう」



「ありがとうございます! それと……」


「ああ。秋葉原の武器屋だろ? 話は付けてある」


「いやぁ〜アイルの装備のままだと六本木はキツそうなんで助かりますよ」


「……」


 急にリレイラさんが顔を(そむ)け、チラチラと俺を見た。


「? どうしたんですか?」


「いや、随分面倒見がいいなと思って……」


 リレイラさんが口を尖らせる。なんか、こういう顔をするの初めて見たな。どうしたんだろ?


 でも、面倒見がいいか……やっぱりそれはアレが理由だよな。


「リレイラさんのおかげですよ」


「え?」


「初心者の頃……俺に対してもリレイラさんは真剣に向き合ってくれたじゃないですか? だから、俺も同じようにしたいなって」


「ヨロイくん……」


 なぜか、彼女の目は(うる)んでいた。


「わ、分かったよ。君のそんな想いをその、変に捉えてしまってすまなかった。六本木の攻略も頑張ってくれ」


「はい!」


 せっかくリレイラさんが都合付けてくれたんだ。アイルに言って早速、秋葉原の武器屋に行くか!



◇◇◇


 〜ダンジョン管理局 課長 リレイラ〜


 ヨロイくんは、私に手を振ると走っていってしまった。


 天王洲アイルとヨロイくんがパーティメンバーとなった。なら、彼女の担当も私にしておいた方がいいな。その方が管理しやすい。


 しかし……そうか。


 私のおかげ、か。


「ふふっ」


 思わず笑みがこぼれてしまう。今日も彼に会うと思っただけで憂鬱な仕事に前向きになれた。


「私は私で全力で支えよう。彼を」



 今日は良い日になりそうだな。





 次回、なんと有名配信者の配信回。かねてよりスレで話題になっていた有名配信者が461さんの存在に気付いて……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] リレイラさん可愛いです! [一言] ちょっとロビンマスクが頭の中を通り過ぎましたね(
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