第105話 協力
鯱女王が動き出した同時刻。
──サンシャインビル最上階。
〜461さん〜
ジークが地上へ降りて少し経った頃。アイルに状況と作戦を連絡する。強く反対されたが、最後は俺の作戦に納得してくれた。納得してくれたが……声が震えていた。これは、意地でも生き残らねぇとな。
だが、これであの不死鳥をぶっ倒す策を実行できる。頼むぜアイル。
ふとミナセを見ると、彼女は倒れたユイの頭を膝に乗せ、その髪を左手で撫でていた。折れた右手がまだ痛むのか、時折顔を歪ませながら。
大剣を下ろし、その隣に座る。
「悪いなミナセ、戦ったばっかなのに手伝って貰ってよ」
「いいよ。カズ君が無事だったのも鎧さんのおかげだし。私ができることは何でもするよ」
「カズ君?」
「本名。鎧さんとアイルちゃんには伝えてもいいかなって」
カズ君……ジークも普通の名前があったんだな。なんか、アイツ見てるとジークって呼び方がしっくりくるというか……そんな気がするよな。
ミナセが俺の顔を覗き込む。
「鎧さんはアイルちゃんの本名知ってるの?」
「アイルの? そういや知らないな」
アイルも探索名だったな。失踪した親父さんが人の名前みたいな駅があると言ったから、目に止まった時分かるよう駅の名前を付けたって。
「ダメだよ〜? ちゃんとアイルちゃんに聞いてあげて。リレイラさんは本名そのままなんでしょ?」
「何でそこでリレイラさんが出て来るんだよ?」
ミナセは、露骨にため息を吐くと「苦労するなぁ」とポツリと呟いた。
「ま、3人の問題だから私はこれ以上言わないけど、全部終わったら聞いてあげてよ。きっとアイルちゃん喜ぶんじゃないかな? 鎧さんが自分の本名知りたいって言ってくれたら」
「ふぅん……そんなもんかな?」
「そんなもんだよ。鎧さんニブすぎ。リレイラさんだけじゃなくて、アイルちゃんにもしっかり向き合ってあげてよ?」
何だかムッとする顔のミナセ。何だそりゃ。まぁ、落ち着いたら聞いてみるか。
……。
しばらく続く沈黙。ふと隣のミナセをみると、彼女は唇を噛み締めた。その視線の先には静かに眠るユイの顔。感情の増幅か……そんなデメリットを持つスキルがあるとはなぁ。
「絶対、この子を亜沙山に渡す訳にはいかないの。この子を助ける為には……」
亜沙山の誤解は解けたとしても、今度はユイを保護しなきゃならない。実行犯はユイだからな。ミナセが言うようにスキルを彼女の体から取り除くには、何としても亜沙山瑠璃愛の手に渡す訳にはいかねぇな。
「あ」
急に声を上げたミナセ。彼女はユイのスマホを起動すると、俺に差し出した。
「そういえば、ユイの日記に気になることが書いてあったの。モンスターを操る指輪のことが」
モンスターを操る?
ユイのスマホを借りて日記を見る。
……。
想像以上に九条商会はクズな組織みたいだな。だがそれよりも、ミナセの言う指輪は……。
ユイの日記の最後を見る。確かに書いてある「支配者の指輪」の存在。それに俺は心当たりがあった。
あの不死鳥の魔物ならざる動き。それも人によって操作されていたと思えば納得できる。
「なるほどな。だったら主犯格も池袋に……」
流石に支配していると言っても長距離から操るようなことはできないだろう。池袋周辺にはいるはずだ。
その時。
聞き覚えのある声がした。先程まで殺し合いをしていた相手の声が。
「おぉ。ソイツが双子の妹か。確かにこれは間違えるな」
通路の角から現れたソイツを見てミナセがユイを庇うように抱きしめる。
「……!? お前、亜沙山の!?」
強化魔法を発動するミナセ。それを止めてやって来た男に向き直る。それは亜沙山の探索者、式島だった。刀を持った初老の男は吸っていたタバコを携帯灰皿の中に捨てた。
「実行犯をよこしな。それで全部チャラにしてやる」
手を差し出す式島。そりゃそうだ。ヤツらはユイを手に入れたら目的を達成できる。俺もミナセの誤解を解く為に式島をここに誘い出す必要があった。ヤツを証人にする為に。
だが、今の俺達はユイを引き渡すことを……認められない。それが仲間の意思。俺は……それを守ってやりたい。こうなると、ミナセの誤解が解けたとしても、対峙することは必然だ。
「どうした? まさかこの後に及んで犯人を庇うなんてことしねぇよな?」
式島が刀に手をかける。ここで戦う? ボロボロのミナセと気絶したユイを庇って? それは流石に得策じゃないな。
横目でミナセを見る。あの顔……戦う気だな。
……ムカつくな。
俺達は、この詰将棋みたいな状況に放り込まれたんだ。それを仕掛けたのは誰だ? 九条のヤツらだ。なら、ここに投げ込んで来たヤツにはキッチリ返さないとな。
湧き上がる感情を抑えて、冷静な振りをする。式島には如何にも真実を告げるように振る舞わなければならないから。
「……まぁ聞けよ式島。これで俺が言った亜沙山が九条商会に利用されていたことが確定しただろ?」
「まぁな。で? お前は何を言いたい?」
式島の眼光が鋭くなる。俺がユイを渡す気が無いことを悟ったんだろう。下手なことを言えば一瞬で懐に飛び込んで来る可能性がある。落ち着け。話が通じない相手じゃないんだ。今は目的の相違があるだけ。
なら、その目的を修正してやればいい。
頭の中で九条の企みを解き明かしたシィーリアのことを思い出す。アイツならなんて言う? 頭をフル回転させてシィーリアの思考を、口調を思い出す。
「ヤツらはこのイベントでテロを起こす為にユイを使った。なら、お前らが瑠璃愛に差し出すべきなのはユイを使った黒幕じゃないか?」
……人を説得するなんて1番苦手なんだが。
ため息が出そうになるのを堪える。あくまで式島には俺が確信を持っていると思わせなければいけない。ユイの日記によれば黒幕は指輪でボスを操っている。なら、敢えて「黒幕」という言葉を使って亜沙山を誘導したい。ユイのことも、ソイツの責任だと思わせる為に。
「……」
考え込む式島。俺の腹の内を探っているんだろう。
「ユイのスマホを見れば分かるが、彼女は九条に洗脳されていた。お前達にしたこともそうだ。ユイは断る選択肢を奪われた状態で命令された。そんな被害者を亜沙山は犯人として扱うのか?」
「何?」
ヤツはひとしきり考え込むと、真っ直ぐ俺を見て口を開いた。
「……お前の目的はなんだ?」
「目的? そりゃあもちろん……」
ここでミナセの意思を尊重したいだとか、ユイを渡さないなんてことは言ってはいけない。この言葉が嘘とも捉えられるようになるからだ。昔やったアレを思い出せ。亜沙山は面子で動いた。なら、ヤツらの行動理念に従う言葉を使わないとな。
「ムカつくんだよ。俺らは九条商会にハメられた。だからよ、黒幕に思い知らせてやりたいのさ、俺らをハメた報いってヤツを。面子を潰されたアンタらにとってもそれが1番の結末だと思うが?」
突然、式島が吹き出した。見破られたか……?
「ははははは! いや、悪い。面白いヤツだと思ってよ。昔のヤクザみたいなこと言うヤツだ。いいぜ、協力してやるよ」
腹を押さえて笑う初老の男。そんなに俺が言うと面白かったのか?
まぁ、ヤクザの真似したからな。引きこもってた時、「⚪︎が如く」もプレイしておいて良かったぜ。
「それにしてもよぉ……全身鎧の野郎が面子って! はははははははっ!!」
……そんな笑われると傷付くんだが。
まぁいいや。
待ってろよ黒幕。お前が詰将棋に誘い込んだのなら、俺は使えるもん全部使って巻き返してやる。
◇◇◇
式島が461さんの元を訪れてから数十分後。
──サンシャインビル周辺区画。
〜式島〜
「式島さん。この区間のビルは全部確認しました」
「おぅ、じゃあ次の区画に行け」
「分かりました」
走っていく部下。それがさらに下の者達へと指示を出す。ジークリードにやられていたが、動ける者が多くて助かった。
……。
のびていた部下達を叩き起こし、九条の黒幕を探すように指示した。武史のヤツは戻った時にはいなくなっていたが……まぁアイツのことだ。心配は無いだろう。
黒幕か。どこかに潜伏しているとすれば……こんだけ広大なビル群があるんだ。その中に隠れるだろう。こっちには数がいる。舐めるなよ九条のガキが。
それにしても461のヤツ、うまい落とし所を提案してくれたもんだぜ。
もしこのまま俺達がユイという探索者に固執し、九条のテロが成功でもすれば、確実に俺達は魔族から目を付けられる。ここで461達に協力して被害者を装った方が俺達にメリットがある。ヤツらが九条のテロを防いだのなら協力した亜沙山の株も上がるだろう。
「面白いヤツだ。461というヤツは」
……全部終わったらお嬢も説得しないとな。そこは461達にも手を借りるか。いずれにしてもあのユイをお嬢の前に出さねぇとあの子は止まらねぇ……今のお嬢は完全に怒りに支配されてやがる。後で策を考えねぇとな。
「……」
タバコに火を付ける。散々時代に置いていかれても、ついぞ辞められなかった前時代の象徴を。
真理さん、すまねぇ。
危うくアンタの大事なお嬢に……娘に、道理を外れることをさせる所だった。一度外れちまえば待ってる先は九条のようなクズの集まり……それはアンタも先代も望む所じゃねぇ。
「ま、元ヤクザは甘っちょろい道理でヤクザごっこに専念するか」
俺達をハメた野郎にキッチリ地獄を見せてからな。
次回、不死鳥を引き付けるアイル達。いよいよクライマックス目前です!