第100話 背負うもの。
ジークと武史が戦っていた裏で。
〜461さん〜
「ふん!」
式島が抜刀の構えのまま飛び込んでくる。いや、「飛び込んでくる」と認識した時には既に目の前に飛び込んでいた。
居合のスキル……やっぱ速えぇ。
急激に胸が高鳴る。自分の死というものと向き合う瞬間、なぜか俺はワクワクした。危機を与えてくる障壁が高ければ高いほど燃える。探索者になった頃からいつしか獲得していた感覚だった。
ヤツの刀が放たれる位置を予測、そこにショートソードの刀身を構え、ヤツの居合斬りを弾く。式島が飛び込んでからコンマ数秒。一瞬でも行動をためらえば死ぬ。だが、防御に意識を全振りしてから反撃に転じれば対応可能だ。
すぐさまヤツへの反撃にショートソードを袈裟斬りに放つ。ヤツが紙一重で避ける。距離を取らせるな、連続での剣撃で近接戦の間合いを維持しろ。
「……やはりただのCランクではないな。俺と同じ復帰した者か」
「俺はずっと現役だ!!」
式島がショートソードの斬撃を刀で弾き、俺に隙が生まれてしまう。ガラ空きになった俺の左側面に式島が斬撃を放つ。だが、ヤツのスキルが速度上昇させるのは居合斬りのみ。通常の攻撃速度は俺と大差ない。これなら対処ができる。
「らぁ!!」
「ぐっ!?」
式島へ間合いを詰め、奴の顔面へ拳を叩き付けた。後方へ吹き飛ぶ式島。しかし、大きな手応えは無かった。ヤツは、拳が当たる直前地面を蹴って自分から後ろへ飛んだのか。再び居合を放つ為に。
空中で体勢を立て直す式島。どうやったのか、着地の時点でヤツは既に納刀していた。……連続で放つほどの熟練度もあるってことか。
「させるかよ!!」
ヤツの足が大地を蹴る前にダガーを投げ付け、式島の足元を見る。ヤツが回避行動でどちらに飛ぶかを見極めるために。ヤツの足が僅かに左へと傾く。それを認識した瞬間、大地を蹴ってヤツの懐へと飛び込んだ。
「……!?」
式島が驚愕の表情を浮かべた。ヤツの予想外に出れたと瞬時に判断する。詰める間合い。剣撃を放つことのできない超近接距離。俺は左足を軸に回転を加え、ヤツの脇腹へ左拳を叩き込んだ。
「がはっ!?」
式島が苦悶の表情を浮かべる。しかし、その眼は死んでおらず、ヤツの瞳の奥がギラリと光った。
マズイ、居合が来る。この距離で? どの軌道で放ってくる?
脳をフル回転させ答えを求める。この近接距離で通常の居合斬りは放てない。刀身が長すぎるからだ。だが、1つだけ放つことのできる方法がある──。
式島が倒れ込む、ヤツは鋭い眼光のまま、地面スレスレから俺を見上げた。縦の距離。地面から俺の頭部に向けて斬撃を放てる距離が生まれる……すげぇぜ式島。余計に燃えて来ちまうぜ!!
咄嗟に体を仰け反らせる。今までのヤツの攻撃を見たかぎり、当たれば俺の鎧なんて簡単に断ち切るだろう。間に合わなければ死ぬ。
間に合え。
間に合えええええええええええええ!!
「死ねええええええええええええええ!!」
鞘から放たれるヤツの斬撃。それが俺のヘルムを掠め、一瞬火花が飛ぶ。避けられた……だが、安心するな。ヤツが追撃を放って来る。
「はぁ!!」
追撃で振り下ろされた刃。この距離なら拳の方が速い……っ!!
式島の顔面に左ジャブを放つ。生まれた隙でヤツの腹部を蹴り飛ばし、ショートソードを振り下ろす。その斬撃をサイドステップで避ける式島。ヤツが再び放つ斬撃。その軌道が俺をとらえた瞬間、左手をヤツへかざす。
「照明魔法」
「ぐぅっ!?」
俺の左手に眩い光の玉が浮かぶ。咄嗟に目を閉じる式島。その体目掛けて袈裟斬りに剣を放った。
俺の一撃が式島を捉え──。
「ここまでやるとはな!!」
式島がギリギリで斬撃を躱わす。剣に切られた白髪が空を舞った瞬間、ヤツは大地を蹴って後ろへと飛んだ。
──また居合いか……っ!
ショートソードを構えると、式島はなぜか攻撃の手を止めた。刀を鞘にしまい、ポイと地面に捨てる。そして懐からタバコを取り出し、ゆっくりと火を付けた。
「俺の負けだ」
「はぁ?」
なんでだ? せっかく燃えて来たのに。
式島がアゴで何かを指す。そこに視線を向けると、武史が地面に倒れ込んでいた。向こうはジークが勝ったのか……。
「俺の相方がやられた。これ以上はジリ貧だからな。まだ殺り合いたいならやるが?」
式島の眼光は死んでいなかった。それで瞬時に判断できる。「勝利できずとも、戦闘を継続すれば俺かジークのどちらかを殺すことはできる」そう言っているんだ。だから敢えてここで戦闘を止める……コイツ、ウザいことを言ってくるな。
実際に戦闘を継続すれば、ヤツは勝利を捨てて殺しにかかるだろう。おそらくジークを。
「ま、俺の仲間達も命だけは助けられたみたいだしな。この辺りが引き際だろ。一度引退した身には辛いんだよ。お前と戦うのは」
「ルリアはいいのかよ?」
ルリアの名前を聞いた途端、式島が露骨にため息を吐いた。
「……良いわけねえだろ。お嬢の怒りは相当だ。何も得ず帰れば俺も殺されかねん」
ルリアって……怖えな。本当に子供か?
「俺が自分の命まで賭けて負けを認めてんだ。許してくれや」
式島が吸い終えたタバコを捨てる。
「あのミナセという女。ありゃ白だ……俺の勘がそう言ってる。俺がお嬢に殺されたとしても、無実の女を殺したくはない」
「じゃあなんで俺達と戦ったんだよ?」
「決まってるだろ。そりゃ……」
2本目のタバコに火を付けた式島は笑みを浮かべた。壮年の男が見せるには無邪気すぎる笑顔を。
「久々に血が騒いだってヤツだ」
◇◇◇
〜鉄塊の武史〜
「う……俺は……」
眼を覚ますと、どんよりした雲が浮かんでいた。何が起こったか分からず、周囲を見渡す。それで、俺が寝転がっていることが分かった。
「負けたんか……俺は……」
「眼が覚めたか」
声の方を向くと、式島のおっさんが座り込んでタバコを吸っていた。
「なんやオッサン。アンタも負けたんかいな?」
「うるせぇ。あんなヤツら1人で相手できるか」
「……ヨッさん達は?」
「サンシャインシティに行くんだとよ。後で来いと言っていた」
行ってしまったんか。
「お前の大剣、461が持っていったぜ。後で返すって言ってたが」
大剣? マジかよ。
……まぁええわ。ヨッさんが返す言うたのなら返してくれるやろ。
もう一度空を見上げる。何どんよりした天気しとんねん。俺の気持ちとリンクしとるってか? 腹立つわ。
「気にすんな。ジークリードも461も強すぎた。負けても仕方がねぇさ」
「優しいやんけ」
「伸びしろがあるヤツくらいは分かる」
のびしろ、か。正直、今回は落ち込むわ。ジークリードがあれほど遠いと思わんかった。
それにしても……。
「式島のオッサン、このまま帰って大丈夫なんかよ? 仲間もやられてもうたし、ルリア嬢ちゃん怒り散らすんちゃうか?」
オッサンは、深く煙を吐き出すと遠くを見つめた。
「461に聞いた。亜沙山は九条商会に利用されたらしい」
「アイツらの話を信じるんか? アンタを騙そうとしとるのかもしれんで?」
式島のオッサンが急に黙り込む。そして、刀を見つめてポツリと呟いた。
「武史。アイツらと戦ってどう思った?」
「え? うぅん……まぁ、正統派で技術高めたって感じやな。ジークリードまでそうやと思わんかったわ」
「そう。そんなヤツらの仲間が伊達にやったような仕打ちをすると思うか? ……伊達にあの仕打ちをする人間を、必死に守るヤツらに見えるか?」
伊達のオッサンか……あれはひどい有様やった。両腕は折られてたし、動けなくなってからも痛めつけられたような……そんな感じがした。確かに、ヨッさん達の真っ直ぐな戦い方からは想像できんな。
「これは、実際に戦った者にしか分からない。お嬢が間違っているなら、それを正してやるのも俺の仕事……あの子の母親と約束したことだからよ」
式島のオッサンが何を背負っとるかは知らんが、この人なりの仁義みたいなもんがあるってことか。
背負っているもの……か。
ジークリードも「俺には背負っている物がある。だから負けられない」と言った。
頭によぎるミナセという女の子の顔……ジークリードの事を心配する顔。思えば、ミナセを庇ったジークリードもそんな顔をしていた気がする。
……。
ただ強くなりたいだけの俺が勝てるはずない、か……。
次回からはミナセ視点。サンシャインで対峙する姉妹。ユイの真実、彼女達の戦いの行方を見届けてあげて下さい。