第98話 閃光のジークリード
〜ジークリード〜
「だらぁッ!!」
武史と名乗る男が巨大な剣を薙ぎ払う。暴風のような斬撃音……バックステップで躱わしたと思った直後、頬にビシリと傷が入った。これは……。
「風の刃、か?」
アイツ……よく見ると剣にも符呪を施してある。想像以上に攻撃範囲が広い。
「残念、ハズレやな。剣に追加攻撃を付与する真空刃の符呪や!」
武史が縦に大剣を叩き付けた。先程より距離を取って避ける。目を凝らすと目の前を空間の歪みが走っている。実際の大剣より範囲も威力も上がっているな……なるほど、真空の刃か。
「わざわざ自分から説明するとはな!!」
「分かった所でどうしようもできへんわ!!」
武史の薙ぎ払い斬りをスライディングで躱わす。コイツも、追っ手達のように斬撃対策しているだろう。なら、本気で行かせてもらう!
バルムンクを構える。壁を蹴ってヤツの頭上に飛び上がり、落下からの一撃を叩き込む。しかし、ヤツは顔面を斬り付けられてなお、かすり傷一つ負わなかった。
「なんだと?」
衝撃すら効かないのか?
「無駄や!! 鉄壁を持つ俺には効かん!!」
鉄壁……そういえばヤツは波動斬を「魔法攻撃寄り」と言っていた。だから鎧に反射魔法まで符呪していたと。ということは、物理攻撃自体を防ぐスキルということか。
ヤツが怯むことなく横薙ぎの一撃を放つ。攻撃を加えても止まらない。俺がどれだけ攻撃しても大剣での斬撃を放ち続ける。鉄壁のスキル……厄介だな。
「せい!!!」
ヤツが大剣を叩き付けた瞬間、3連の斬撃を放つ。攻撃が当たる瞬間、武史の体がうっすら光った。薄い膜のような物に守られているが……アレが防御系スキルの「鉄壁」か。見たところ攻撃を受けた時に自動判定して発動している。
なら……試してみるか。
「だらぁあああ!!!」
薙ぎ払いを回避し、同一箇所へ3連撃を放つ。
「く……っ!?」
一瞬顔をしかめた武史。その瞬間、わずかだが手応えのような物を感じた。
……なるほど。突破できない訳ではないな。
「もう1発喰らえや!!」
大剣が叩き付けたタイミングで大地を蹴って距離を取る。考えたことを実行するには俺にも隙ができる。どのタイミングで仕掛けるか……。
「なんや? 逃げるんかいな」
「ほざけ。お前は俺に勝つことはできん」
「なんやとぉ……っ!!」
顔を歪めた武史が両脚のスタンスを広げる。真っ直ぐ大剣を振り、その全身から魔力が溢れ出した。
……次は技系スキルか。
ヤツの背後に見えるミナセ。彼女も式島という探索者からの攻撃を受けていた。紙一重で避けてはいるが、その居合の速度が徐々に増しているように見える。このままいけば避けきれなくなる。急がなければ。
「よそ見しとってええんかぁ!? 大技いくで!!」
武史の魔力が大剣へと集約されていく。
「死んだらすまんなジークリードおおおおぉぉ!!!」
あの構え、魔力量……先程の岩烈斬という技か? だが、アレは近距離技だ。あの距離からどうやって当てる気だ?
「ダラアアアアアァァァァ!!! 石流岩烈斬!!!」
武史が鉄塊のような大剣を叩きつける。その瞬間、爆発のような音が響き、発せられた衝撃波がアスファルトを巻き上げながら俺に襲いかかって来た。
「……飛び道具まで持っているのか」
閃光を発動する。額に集中すると、脳にバチリと電流が走った。その瞬間、周囲の動きが急激に遅くなる。シィーリアとの修行で得た閃光の使用法の1つ。閃光の補助によって集中力を極限まで上昇させる技……使えるのは実際の時間ではコンマ1秒程度だが、俺に思考する時間をくれる。
作り出した時間で周囲を観察する。あのサイズ、威力、波動斬で殺し切るには何発必要だ? 衝撃波からここまでの距離……直撃まで5回は技を撃てる。それだけ放てば、相殺できる。
バチリという感覚と共に時間の流れが普通になる。解除と共に技を放つ。
「波動斬!!」
「無駄や!! お前の波動斬では俺の石流岩烈斬は止められん!!」
武史が叫ぶ。それを無視して両腕に閃光を使う。軋む筋肉を感じながら切り返しの波動斬を放ち、間髪入れずにもう一撃を加える。
続けて4連撃目。
「うおおおぉぉぉぉ!!!」
さらにもう一撃。
合計で5回の波動斬。体が悲鳴を上げるが、この痛みはまだ動ける証。まだいける。
最後の一撃を放つと同時に武史に向かって全力で走る。
「波動斬の5連撃やと!?」
「言っただろう! お前に俺は倒せないと!」
5つの風の斬撃がヤツの衝撃波と激突する。その瞬間、ぶつかったエネルギーで辺り一帯に砕けたアスファルトが弾け飛んだ。それが周囲のビル外壁に直撃し轟音が周囲に響き渡る。
防御スキルで攻撃時の隙を消し、あの大剣で攻撃力を補う戦法か。恐らく、あのアスファルトだけでも直撃すればただじゃすまないだろう。
だが。
「止まるわけにはいかん!!!」
構わず走る。ミナセの元へ行くにはコイツを突破しなければ……。
「クソがぁ!!」
再び薙ぎ払われる大剣。それを飛んで避け、武史を突破した。
「なにぃ!?」
後方で間の抜けた声が聞こえる。それを無視して式島へバルムンクの一撃を加える。
「……っ!?」
式島が紙一重で斬撃を避ける。ヤツが反撃に転じる前に蹴りを放った。足を軸にしての回転を加えた蹴り。閃光によって速度上昇した蹴りは、式島を後方へ吹き飛ばした。
「ふん、ジークリードは想像よりも強い。いや、強くなったのか?」
式島は、鞘で蹴りを受け止めていた。ダメージを受けた様子の無い初老の男は、着地するとユラリと立ち上がった。無表情の男。目が合った瞬間、全身に緊張が走る。なんだコイツは? 目を見ただけで刃物を突き付けられたみたいだ。
「これは武史には荷が重かったか?」
「俺はまだやれるで式島のオッサン!!」
遠くで武史が文句を言っているが、式島はそれに答えず、俺に鋭い眼光を向ける。
「ミナセを渡せ。そうすればお前の命は助けてやる」
「断る」
式島へバルムンクの切先を向けながら、ミナセの元へと歩いていく。
「ミナセ、俺がここを引き受ける。お前はユイの所へ行け」
「あんな奴ら2人も相手にするなんていくらカズ君でも無理だよ!」
視線は敵へと向けたまま、ミナセの頭に手を置いた。彼女の髪の感触……サラサラと心地よいその髪。そうしていると、もっと触っていたいと思えてくる。
だが、そんなのは全部終わってからだ。
「お前はやるべきことがあるだろ?」
迷うように黙り込むミナセ。少しの沈黙の後、彼女は意を決したように口を開いた。
「……うん。絶対無事でいてね」
「分かっているさ」
ミナセがサンシャインシティの方へ走って行く。追いかけようとした式島を波動斬で牽制すると、ヤツは懐から紙巻きタバコを取り出した。
「……ふぅ」
式島がタバコに火を付けため息を吐くように煙を吐き出した。
「あーミナセちゃん逃げてもうたやん。ええんか?」
「歳なんだ。あんま無理させんな」
「なんか余裕かましたオッサンやなぁ……」
気の抜けるような会話、式島の飄々とした雰囲気が気持ち悪い。先程の殺気との緩急の差が激しい。実力が分からない……なんなんだコイツは?
「ま、見た感じ池袋から逃げるようにも見えなかったしな。なんとかなるさ」
式島が抜刀の構えを取る。それに合わせて武史も。その背後には、先程俺達を追いかけていた探索者達も集まって来た。
「式島さん! ヤツらは!?」
式島が俺をアゴで指す。ミナセがいないことを知った部下達に焦りの色が浮かぶ。そんな彼らに式島が声をかける。
「ちょうどいい。お前らはミナセを追え。抵抗されても殺すなよ。殺るのはお嬢に差し出してからだ」
「わ、分かりました!」
「ミナセを……っ!?」
「殺す」という言葉を聞いた瞬間、ヤツらの元へ飛び込んでいた。閃光を発動する。部分的に発動した閃光が己の筋肉、動きに必要な箇所が動く度に補助していく。閃光の本当の力。今までよりもさらに速く、より機敏に、追手の探索者達の元へ飛び込み、バルムンクをその腹部に叩き付ける。
「がぁっ!?」
探索者が吹き飛ぶ。スーツに刻まれた斬撃耐性の符呪が光り、俺の斬撃を打ち消してしまう。だが、衝撃や打撃までは殺せない。ヤツらの前では俺のバルムンクはただの打撃系武器。だけどそれでいい。
もう……何の気兼ねもいらない。守りながら逃げる必要も、殺すことをためらう必要もない。どうせ俺の対策は取られているんだ。殺すことが無いと分かっているのなら…全力を出してやる。
吹き飛んだ探索者を見て他の者達が焦ったような声を出した。
「な、何が起こった!?」
「は? なんでジークリードが!?」
「さっきまで式島さん達の所にいたはずだろ……」
「関係ねぇ!! コイツをぶち殺せ!!」
ザワザワと騒ぎ立てる探索者達に向かって叫ぶ。
「ミナセを狙う者は俺が全力で叩き伏せる!! 手加減は一切しない!! 探索者生命を失っても良い者だけが向かって来い!!!」
怯む探索者達。しかし、ヤツらは式島へと視線を送ると、覚悟を決めたように俺へと襲いかかって来た。
「うあああああああ!!!」
1人と探索者が先陣を切って襲いかかる。その顔面に拳を叩き込む。倒れる男を横目に額への閃光を発動。コンマ1秒の世界で周囲を観察する。
俺を取り囲んでいる者は5人。その奥に7人、吹き飛んだ者1人、奥の路地から出て来た者2人。合計15人。それに加えて武史と式島が背後にいる、か。
閃光を解除した瞬間、右側面の探索者が剣撃を放つ。それをバルムンクで絡め取り、その足を踏み付けた。叫び声を上げる探索者。その声が途切れる前に顔面に掌底を放つ。閃光で加速された掌底は、俺よりも背の高い男を空中へと弾き飛ばした。
「ぐおおっ!?」
「な、なんだ!?」
「複数人で行け……がぁ!?」
指示を出していた男の顔面に膝蹴りを入れる。そのまま男を踏み台に飛び上がり、大地にいる者達へ波動斬を放つ。吹き飛んだのは3人。後は……。
空中で周囲を確認する。あと7、8、9人……。
着地すると同時に大地を蹴る。蹴る直前に発動した閃光が一気にヤツらの元へと飛ばしてくれる。空中を飛ぶ浮遊感を味わいながら、探索者へバルムンクを薙ぎ払う。その一撃で2人が吹き飛んだ。あと7人。
「殺せ!!」
「死ねえええええ!!!」
「うおおおお!!!」
3人が斬りかかる。大した剣撃じゃない。シィーリアや鎧とは違う。狙いも、軌道も、全てが甘い。
斬撃の隙間を縫って正面の男をバルムンクの一閃で吹き飛ばす。面食らった男の髪を掴み、地面へ叩き付け、背後にいた男の斬撃を避けた。
「クソが!! なんで当たらねぇ!!」
めちゃくちゃに剣を振り回す探索者、その手首を掴んで剣撃を止める。
「な……な……っ!?」
残った男。目を見開いたその顔面を殴り付ける。男は、悶絶しながら地面へ倒れ込んだ。
振り向き様に波動斬を放つ。残りの4人は波動斬に吹き飛ばされビルの壁面に激突した。
「マジか……一瞬で全員ぶっ倒すとか、やっぱめっちゃ強いなA級は」
視線の先で武史が感心したような顔でこちらを見ていた。気の抜ける男だな。調子が狂う。
その時。
俺は気を抜いてしまった。一瞬の気の緩みを生んでしまった。
それを見逃すほど、奴らは甘くなかった。
それに気が付いた頃には、抜刀の構えを取った式島が目の前にいた。
「な──っ?」
「腕の1本くらいは貰っておくか」
鞘を走る刃、放たれる斬撃。反射的に悟ってしまう。閃光の発動が間に合わない。体が動かない。
ダメだ──ミナ……。
切先が放たれる。この軌道であれば左腕が持っていかれる。咄嗟に右腕でバルムンクを構える。腕を失っても反撃する。その覚悟を決めた時──。
目の前に鎧の男が乱入した。
交差する日本刀とショートソード、響き渡る金属音。次に聞き慣れた声が耳に入った。
「ギリ間に合ったか?」
「ヨッさん!?」
「461か……」
武史と式島が驚きの声を上げる。この2人も鎧と面識があったのか?
「よおジーク。手伝いに来たぜ」
「鎧……っ! 観客はどうした!? 九条商会は!?」
「大丈夫だ、人手が増えたからな」
人手? 参加者の中に協力者がいたのか?
式島が鍔迫り合いをしたまま、鎧を睨み付ける。
「ジークリードを庇うとは……どういうつもりだ?」
「アンタ達に手を出したのはミナセじゃない」
「なんだと? 事情も知らねぇ部外者がしゃしゃり出て来るんじゃねぇ!!」
「残念ながら部外者じゃないからよぉ。そっちがその気なら……無理矢理にでも聞いて貰うぜ!!」
ギリギリとした鍔迫り合いの中、鎧の男が叫んだ。
次回、2体2の戦闘回です。