第1話 461さん。ダンジョン天国東京へ行く。
「さすが東京。ダンジョン天国だな」
水音だけが聞こえるダンジョン「雑司ヶ谷地下墓地」を進む。
石畳の通路にカシャカシャと西洋甲冑の音が響く。俺が使い慣れた装備。軽量なフリューテッドアーマーに顔を覆い隠すフルヘルム。関節部はしなやかな飛竜の革で繋ぎ合わせ、薄い装甲を補うためにモンスター素材で強化を施した……動きと防御力を兼ね備えた逸品。
それを装備しているだけで、自分が探索者なのだと身が引き締まる。引きこもりから脱して12年。ハクスラやソウルライクゲームが好きだった俺がこんな装備で探索できるようになるなんて……それだけでいつでも初心に戻れる。
視線を向けると、薄暗い通路の先にはコウモリ型モンスターが舞っている。
フルヘルムの隙間から見えるダンジョンの景色。本物だ。北関東のダンジョンも初めて挑んだ時は感動したけど……東京はそこそこの難易度でも良い雰囲気持ってやがる。
来て良かったぁ〜。
この静まりかえった緊張感。これぞダンジョン。これぞ冒険。胸が高鳴るなぁ。高難易度ダンジョンに挑む為に栃木から東京へ越してきたんだ。そして最初に足を踏み入れたダンジョンがアンデッド潜む地下墓地……燃えるな。
しゃがみ込んで壁を調べる。
どこかに隠し通路はないか?
壁を触っていると、一ヶ所だけ窪みがあった。
「お、やっぱりか」
ゴゴゴ……と言う音の後に目の前の壁が開く。
その中には朽ちたガイコツ。こういう分かりやすいトラップは散々かかったからな。用心しとくか。
腰からナイフを取り出す。ナイフ、ダガー、ショートソード。いつも3本武器を装備してる。通路の幅によって最適な得物は変わる。最低3種は装備していないと落ち着かない。
「……カタカタッ!?」
「よっ」
起き上がろうとした「彷徨うガイコツ」の頭部にナイフを数発突き刺す。起き上がる前にガイコツは沈黙し、その手に握りしめた指輪を落とした。
「どれどれ? 鑑定魔法を……」
鑑定魔法を発動する。「死者の指輪」か。体力を5%削られる代わりに精神……つまり集中力を10%上げてくれる装備。
「俺は使わないけど……受験勉強用途とかで欲しいヤツはいるか」
後でメリカリに出品しよう。
指輪を腰のバッグにしまう。
さらに歩いていると、廊下に転々と赤黒い粘液のような物が落ちているのを見つけた。
しゃがみ込んで発光魔法を発動する。ヌルリとした粘液は、あるモンスターの血のように見える。
「血の固まり……これは……アイツだな。聞いてたボスと違う。進化してるのか」
ほうほう。こりゃあ即死級の攻撃放ってくるボスか。しかも徘徊してるとは……どうやって攻略するかなぁ。
攻略について思いを馳せていると、通路の奥が急に騒がしくなった。
「なんだ? 見に行くか」
通路を進み、角から覗き見る。すると、広い空間の中央でやたら派手な装備の男と女の子が揉めていた。
アイツらも探索者か? それにしては派手過ぎないか?
20代くらいの男は日焼けした肌に金髪ボーズ頭。それにゴールドの鎧、ゴテゴテしたロングソードを装備している。
もう1人の女の子は……髪が派手だな。淡いブルーのツインテールに紫のメッシュ。装備はフードの着いたローブと杖……魔法職か。
「ちょっと!? 離してよ!!」
「いいじゃんコラボしようぜぇ? 天王洲アイルちゃんだろ? 君可愛いからさ、俺が人気配信者にしてあげるよ?」
「趣味悪い配信ばっかするラルゴとコラボなんて絶対嫌よ!」
天王洲アイルと呼ばれた女の子がジタバタと暴れる。しかし男の力は強いらしく、引き剥がせないように見えた。
なんでダンジョンでナンパしてるんだ? コラボって何?
まぁいいや。こんな所で大声出すなんて殺して下さいって言うようなもんだ。さっさとここから……。
「アイルちゃんよぉ。何してんの?」
そう思った矢先、ラルゴがアイルの近くを飛んでいた「何か」を指差した。
フワフワ飛ぶあれ……見たことあるぞドローンってヤツか。
なんでドローンなんかダンジョンに持ってきてんだよ。
ラルゴがアイルの胸ぐらを掴む。
「お前……配信開始してやがったな?」
「みんな見てるんだから! DチューブからアカウントBANされるわよ!」
「うわぁ……やっちゃったねぇアイルちゃん。別にぃ? BANされたら他の配信方法考えるだけだぜ? 俺のファンは慣れてるからよ」
ラルゴが腰のロングソードを引き抜く。
「ダンジョン内は何が起こっても罪に問われないんだよ? 俺の配信見たことあるんだろ?」
「離して!!」
アイルがジタバタと暴れ回り、ラルゴの顔にその手が当たった。
「……ちっ。ビビらせたら黙ると思ったのによ」
喉元に刃を突き付けられ、女の子の目に怯えの色が含まれる。
「うっ……!? だ、誰か……」
う〜ん……この状況で立ち去る訳にもいかないな。
「おーい。お前ら何やってんだ? ここは……」
俺の声でラルゴの意識が一瞬女の子から逸れる。その隙を突いた女の子が男の腕を振り払い、俺に駆け寄ってきた。
「461さん!!」
「は? なんで俺の探索者名知ってるんだよ?」
(ファンの子がコメントで教えてくれたの。視聴者には頭の上の探索者名見えるでしょ? ……ってそれより話合わせてよ!)
ファン? コメント? 視聴者? なんだそりゃ。
「461さんは凄腕の仲間なんだから!! アンタなんか一発で倒しちゃうわよ!!」
「なんだよ仲間って?」
(合わせてって言ったでしょ!? こんな可愛い子見捨てるつもり!?)
なんだこの子。めちゃくちゃ気が強いじゃん。1人でなんとかできたんじゃないか?
「まぁいいや。ということだからやめとけ」
俺のことを見た金髪男がゲラゲラと笑い出す。
「……俺はBランク探索者だぜぇ? そんなザコい装備で全身固めてるお前にゃ無理だ」
「ザコい装備は無いだろ? お前の金ピカゴテゴテ衣装よりマシだって」
「はぁ? お前今なんつった?」
ラルゴが睨みつけてくる。
その時。
周囲の壁から何かが這いずるような音が聞こえた。
「ほら来いよ? 力の差……思い知らせてやるぜ」
剣を構えるラルゴを無視して周囲へと意識を向ける。
「無視してんじゃねぇ!!」
ラルゴの叫びで這いずる音がピタリと止んだ。
これは……マズイな。獲物を探してる動きだ。
「静かにしろ。ボスに見つかるぞ」
「はぁ!? ここには雑魚ボスの「屍喰いのドラゴン」しかいねぇっつーの!! 出てきたらそっこーぶち殺してやる!!」
ラルゴの声で居場所がバレたのか、ボスの声がダンジョン内に響き渡った。
グルオオオオオオオオオオ!!
「な、なんだこの声……? 屍喰いのドラゴンじゃねぇぞ……?」
戸惑うラルゴ。この顔……遭遇したことないのか。
無理もないよなぁ。俺も初めて戦った時は焦ったもんだ。
ドラゴンの鳴き声。それがドンドン大きくなり、俺たちの目の前に朽ちたドラゴンの顔が現れた。
「グルオオオオオオオオオオ!!!」
ドラゴンゾンビの顔が。
屍喰いのドラゴンがアンデッドモンスターを捕食し続け、進化した姿。全身が腐り果ててはいるが……人間なんて一撃で殺せる物理攻撃を放つ高レベルのボス。
……。
懐かしいなぁ。埼玉のダンジョン以来か?
「こ、こんなヤツ見かけ倒しだろぉ!!」
ラルゴがドラゴンゾンビに突撃する。無駄に派手な動きで飛び回り、ラルゴがロングソードを薙ぎ払った。
「閃光斬!!」
「うお、まぶしっ!」
「きゃあっ!?」
ヤツの放った技の影響で、辺りが眩いまでの光に包まれる。
「死にやがれええええ!!」
ラルゴの剣がドラゴンゾンビを一閃する。
しかし。
「グルオオオオオオオオオオ!!!」
「なっ!? 効かねえ!?」
ドラゴンゾンビにダメージを受けた様子は無い。雄叫びを上げると、ドラゴンが尻尾を薙ぎ払った。
「がはぁっ!?」
吹き飛ばされるラルゴ。壁に激突したヤツは口から血を吐き出し、動かなくなった。
「嘘でしょ……!? ラルゴが一撃って……に、逃げましょうよ!」
「逃げる? 無理だ。遭遇したら倒すしかない」
「アンタ……探求者クラスは?」
「Dランク」
「私と同じD!? ラルゴより低いのに何余裕ぶってるのよ!?」
「余裕じゃねぇよ? 死ぬかもしれないし」
「だったら余計ダメじゃない! 死にたくないよぉ……まだトップ配信者になってないのにぃ……」
目を潤ませてガクガクと震え出すアイル。その様子はダンジョン初心者のように見えた。
そりゃそうか。普通ならこうなるよな。恐怖で体が震えて動けなくなる。
だけど俺は……。
今の俺は最高に胸が高鳴っていた。久々のドラゴンゾンビ戦。生死をかけた戦い。これで倒せたら絶対脳汁出るぜ。
自分の頭をドラゴンゾンビだけに集中させる。ヤツの攻撃モーションは全て覚えている。過去にヤツとは131回戦っているから。
「心配するな。俺はヤツを倒したことがある。ミスらなければ勝てるさ」
「グルオオオオオオオオオオ!!!」
ショートソードを引き抜き、ドラゴンゾンビへと身構える。
ミスることが許されない命を賭けたボス戦。絶対に攻略してやるぜ!
……。
その時の俺はまだ気付いていなかった。
このドラゴンゾンビ戦が日本中に配信されていることを。
第1話をお読み頂きありがとうございました。新作は元引きこもりのダンジョンオタクが主人公の現代ファンタジーです!ぜひお楽しみ下さい!
次話は配信回です。