第9話 燃やせ! 職人魂
突飛な返しで宰相は、きょとんとして黙る。
咳払いして言い直した。
「王子は死にませぬ。これでも、一世紀近く研魔士を続けて来た身です。この依頼、やりきって見せましょう」
宰相の半信半疑の眼差しが痛いほど伝わる。
「一縷の望みに王子の命は賭けられぬ」
「では良いのですか? 穢れを放っておけば王子は心身共に病に伏せるかもしれませぬ。病は気からと言いますからね。いや、それ以前に他者を信じられず見るもの全て敵と見なし、官民問わず虐殺するかもしれない。はたまた、隣国が侵略する妄想に取りつかれ、他国へ攻めいる可能性があるやもしれません」
宰相はため息と共に諦め、決断する。
「……本当に、やりきれるのだな?」
「神の次は悪魔にでも誓いますかな?」
「やれやれ、研魔職人の世界はわからぬが、知恵も技術もないワシには何もできぬ。しからば、そなたに全て委ねよう」
「仰せのままに」
話の落としどころを見いだすと、宰相に背を向け工房へ歩き出そうとしたが、老人の小言が足を止めさせた。
「しかし、城専属だった職人のずさんな仕事ぶりに、ほとほと呆れるわい。与えられた使命を放棄した挙げ句、あの世に逃げるとは」
聞き捨てならねぇ――――職人としての逆鱗に触れたな。
私は宰相へ威圧するように歩み寄り、恫喝した。
「そいつは違うな! 王子の原石はイビツな形をしていた。心の原石を根こそぎ取っちまうと、その人間は死ぬかもしれない。だから専属の職人は、原石の一部、心の宝石を抜き取り研魔して、王子の胸に戻しては、すぐ次の宝石を原石から取り出していた」
宰相は負けじと睨み返すが、こちらの気迫が押し返す。
「新たに研魔している間、最初の研魔した宝石は穢れで再度、黒くなっていく。そして最初に研魔した宝石を取り出し穢れを落とすと、またも同じ宝石の研魔を繰り返す」
「んん? それでは作業にキリがない」
「あぁ、永遠に終わらねぇよ。でも専属の職人は、それを承知で作業してたのさ。王子の身を労り、生涯をかけて王子の心に寄り添うと決めたんだろうよ。引き換えに、自らの心が穢れで死に向かっていた。それも解ってて仕事してたのさ」
宰相は理解し難いと顔で訴えていたので、私は啖呵を切る。
「なぜ、私らのような仕事バカが職人と呼ばれているか、ご存知か? 生涯かけて見つけた職業に誇りを持っているからだ!」
「わ、解った、解ったぁ! 非礼を詫びよう。失言を撤回する」
宰相の肩が一回り小さくなったように見えた。
この流れで聞くのは妙たが、作業に入る上で知っておきたいことがある。
「なぁ、あそこまで王子の心が穢れるのは、何か理由があるはずだ。昔、何かあったのかい?」
宰相は露骨に視線を外し、窓の景色へ逃げ道を探す。
この無言に答えはないと解り開き直る。
「まぁ、いいさ。王族ってヤツにはいろいろあるんだろうよ。なんにしても、やりかけの仕事が片付けられるしな」
宰相は私の覚悟を再度、確かめる。
「わかっておろうな? 王子の命を失う事態になれば……死罪は免れぬぞ」
私は何も答えず、きびすを返して宰相に背を向けると、研魔作業の準備に取りかかる。
言われなくても解ってらぁ。
だがもう、職人魂に火が着いちまった以上、やりきるか死ぬまで止まらねぇ。
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まだ昼だと言うのに王子は自室で果実酒をあおっていた。
宰相は戸惑いつつも王子へ酒を進める。
「えー……王子。酒はほどほどにして、こにらの酒で最後にされては?」
宰相は使用人がトレーにのせたグラスの酒を見せる。
王子は呂律の回らない舌で答えた。
「もう酒はよい! 水を持ってまいれ」
「さ、さように」
宰相は目線だけで天井を見て、こちらの顔色を伺う。
当の私は天井で工事中の足場に隠れながら、下の様子を観察していた。
王子の機嫌を損ねてしまった以上、近づくのは難しく、宰相に協力してもらい眠り薬の入った酒を飲ませようとするが、この始末。
私は魚眼も口の牙もむき出しにして、言葉を発することなく「早くしろ」と、神の下す雷のように恫喝した。
宰相も王子の目を盗んで、同じように顔で「待っておれ」と返して来た。
しかし、これでは埒があかない。
やはり重要な仕事は自分でこなさなければ。