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第12話 穢れている方が心地いい

 原石は強烈な光を放ち、注視していた人間達の目を眩ませた。

 

 光が徐々に弱くなり目を開けることが叶うと、巨大な原石は王子の身体に取り込まれた後だった。

 潰れた胸は元に戻り、若き王子は静かに目を覚ます。


 王子が半身を起こすと、宰相が彼の肩から胸にかけて異常がないか探った。


「王子? 王子! 正気に戻られましたな!?」


 王子は今までと違い、表情が穏やかな顔つきになった。

 その顔をつきを見て私は、研魔作業が成功したことを確信する。


 次に王子は感情の泉が決壊したのか、呆然としながら溢れんばかりの涙を流す。


「余は……余は、取り返しのつかぬことを……」


 宰相が王子の肩に手を添えてなだめた。


「王子、何も気にされることはありませぬ。この宰相が常にお側におりますゆえ。さぁ、今はゆっくりとお休みを」


「しかし、余は……我が父を」


「わかっております。何も心配はいりませぬ」


 宰相の慰めが、やたらと引っ掛かる。

 "わかっております"だと?


 王子に眠るよう促すと宰相はこちらへやって来た。


「さぁ、ダーケスト殿。全て上手くいった! 報酬はたんと弾もうではないか」


「宰相。私は研魔作業中に王子の深淵を垣間見た。あれは――――」


「研魔士の世界では知り得た顧客の秘密は公言しないと、鉄の掟があると聞いたのだが?」


 私はそれ以上の追及をやめた。


「えぇ。秘密はこの世が終わりを迎えるまで公言しませぬ」


 機嫌が良い宰相は饒舌になり、未来の展望を語る。


「先代の王はやり方が古く、政治や国民を力で支配するお方だった。これからは新たな王が、この国をより良く生まれ変わらせる。期待しておれ!」


 どいつもコイツも、性根が腐ってやがる!


 何にせよ、これで私はお役御免だ。

 早く家路に着いて自分の心を癒し、穢れを静めたいものだ。


 宰相は去り際の私へ一声かける。


「のう? 恫喝のダーケストよ。このまま城専属の職人にならぬか?」


 私の答えは、はなっから決まっている。


「光栄だが――――願い下げだね」


##


 報償金こそ出なかったものの、報酬は当初の話通り相場の三倍で貰った。

 申し分ない額なのだが、この報酬にはおそらく"口止め料"も含まれているに違いない。


 これで工房の修繕費をまかなえるが、いまいち気分が晴れない。

 結局、仕事をやりきっても、喉の奥に何かがつっかえたままで終えた。


 私は朝一で恐竜便に乗り、昼の太陽で焼き魚(グリル)にされる前に帰ろうと考えた。

 荷車(にぐるま)に揺られながら、次第に丘へ消えて行く城を眺め黄昏る。


 心の穢れは大罪を意識させない。

 しかし、研魔され清らかな心に戻った王子は、自身が犯した罪に耐えられるだろうか?

 かつて、犯罪に手を染めた人間の研魔作業をしたが、過去に犯した罪を悔いて自らの手で命を絶った者がいた。


 無垢な王子の未来は、どこへ向かうのか?


 上流階級と下層階級。

 弱肉強食。

 適者生存。

 

 この理不尽な世界で潔癖な魂を持ちながら生きていくのは、いっし纏わぬ姿で炎へ飛び込むのと同じだ。


 青虫がサナギになり蝶々へ成長することを"変態"と呼ぶらしい。

 人が成長し環境に合わせて生き方を変えること表すなら、心の変態と言える。


 穢れは悪しき世界に適応し生まれ変わる為、心が獲得したサナギという鎧なのかもしれない。

 研魔士の仕事は、その鎧を剥がすこと。


 それは正しいことなのか、はたまた、過ちなのか。


 人より長く生きているが、いまでも自分の選んだ道が間違っていたのではないかと迷う。


 私が、もし神なら迷える子羊に、こう答える。

 清潔な心では、この冷徹で残酷な世界を生きていけない。

 心が穢れている方が居心地が良い、と――――。

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