運命の音
朝、目が覚める。体を起こすと右耳の奥で「パカッ」という音が鳴った。とうとう我が身にも訪れた、そう思った。運命からは逃れられない。
体を起こすだけで鳴るのだから、顔を洗ってもトイレに行っても「パカッ、パカッ」である。このまま一生、鳴り続けるのだろうか。父は右耳がほとんど聞こえなかった、それでも定年まで勤めたものだ。音がするだけなら生活に支障はないか。
支度して車に乗り込み、職場へ向かった。仕事を始める頃には音は鳴らなくなっていた。
朝、寝返りをうつと「パカッ」は始まっていた。これはやはり遺伝なのか、音が聞こえなくなる前触れなのか。体を起こし鼻をかむ。鼻と耳は近い、特大の音が鳴った。ティッシュには少し血が混ざっていた。
ここ4、5年ほど、春と秋の乾燥した時期、朝になるとよく鼻血が出た。母は鼻が弱い。手術もしたことがあるらしい。父は耳に、母は鼻に疾患があるのだから、私も十歳くらいまでは耳鼻科に通っていた。それ以降は何という事もなかったが、四十を過ぎ、本来の体の弱い部分にガタがきているのかもしれない。
顔を洗う。鏡には、両耳から毛の生えた男の肖像が映っている。数年前から野放図に生えるようになった。「体の弱い部分に毛が生える」というのはよく耳にする。やはり相当弱っているらしい。
仕事中、猛烈に眠くなった。危険を感じ、公用車を停め休憩する。睡眠時無呼吸症か?同僚が罹っているやつだ。家族が彼の睡眠中の異変に気付いたといっていた。私は独り。異変があっても気づいてくれる人はいない。事務所に戻る。無呼吸症の同僚が何人かで、春はやはり眠い、という話をしていた。「気圧の変化で眠くなるらしい」誰かがいった。「気圧の変化」なるほど。「パカッ」は音が聞こえなくなる前触れ、あるいは乾燥のせい、だと思っていたが、恐らく気圧の変化だ。鼓膜なぞは特に影響を受けるに違いない。歳をとれば、いままで我が身に起きなかった事も、色々降りかかるというわけだ。やれやれ。
一週間も経つと「パカッ」は鳴らなくなった。朝でも夜でも。休みの日。銭湯へ行った。まだ昼過ぎで客も少なくゆっくり湯に浸かることができた。
暖簾をくぐり銭湯を出た。良く晴れた、麗らかな春の午後である。空は澄み渡り、遠くの山が青く--、「ヴィーン」。一歩踏み出すと耳の奥で音がした。頭を二回叩く「ヴィーン、ヴィーン」。何のことは無い、耳に水が入ったのだ。気圧の次は水圧というわけだ。周りに誰もいないのを確かめ、耳を下にしてピョンピョン跳ねた。「ヴィーン、ヴィーン」。中々水が出ない。何回目で出るかな?ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン・・・




