百年前の夢
「オーヴィット……………?」
目を見開き、呆然と呟く。それを聞いたミアもまた、目を丸くしている。
でも、この魔力。何度も何度も傍で感じた、間違えるはずのない、懐かしい『力』。
それに、そう、この本。
思い出してきた。
あれは、私がまだ『救国の乙女』なんて仰々しい二つ名で呼ばれる前。
私がまだ、砂糖菓子のように柔らかく、甘やかな夢を見ていた頃のことだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぁ、エレノア。君のその『奇跡』って、一体何ができるんだい?」
「ふえっ?」
神殿の中庭。
美しく整えられたそこで、私の隣に座る青年――――――オーヴィット様は問いかけてきた。
「えっと……私も教えてもらったぐらいで、よく分からないんですけど、【心】?に、関係するものを、操れる?みたいです」
しどろもどろになりながら、なんとか答える。相手は公爵家の人間。平民生まれの私にとっては、雲の上の人物だ。
いや、雲の上の人物だった、のだ。
十四才のとき、私は【女神様】と出会った。
最初は、比喩のつもりで言っただけだった。
人々が寝静まった夜、月明かりに照らされて輝くその姿が、あまりにも美しくて。
まるで、おとぎ話に出てくるお姫様か、神話に伝わる神様なんじゃないかって。
そう思ったから、思わず呟いてしまった。
『女神様………』
声が聞こえたのか、夜空に舞っていた少女がこちらを見た。
優しさをたたえた、この世のどんな宝石よりも美しい瞳と、目が合った。
それが私、エレノアと【慈愛】の女神マリア様との出会い。
マリア様は、私が神様が視える特別な人間、『神の愛し子』であること、『神の愛し子』にしか使えないという『奇跡』の存在や使い方を教えてくれた。
正直に言うと、ものすごくびっくりした。
私が特別で、神様の特別な加護?があって、文字通り世界を変えられるほどの力を持っている、なんて。
でも、本当にそんな力が私にあるなら、誰かの役に立ちたい。
自分のためだけじゃなく、誰かのためにその力を使いたい。
そんな思いを漠然と抱えたまま、二年が過ぎた。
その年は最悪の一年だった。
夏でも冬の初めくらいには寒くて、毎日曇っていて、全然お日様が顔を出さない。
そのせいで作物は全く育たなくて、あらゆる物の値段が上がって。
そこに追い打ちをかけるように、隣国が宣戦布告してきて。
そして戦争が始まって、平民の暮らしはどんどん悪くなっていった。
戦争にたくさんお金を使うから、税金はどんどん上がっていったし。
食べ物が全然足りなくて、一日三食食べられればそれだけでラッキー。そんな毎日。
最初はみんな耐えてた。
国のために、みんなのために、ひどい生活も我慢して、どんなにお給料が少なくたって、頑張って毎日働いてた。
でも、誰の心にも限界はある。
結局、戦争には勝てたけど、多くの犠牲が出たし、あちこちで平民の反乱が起こって、国は内乱状態。
私はなんにも出来なかった。
ただ、私の周りの人たちに、【希望】を忘れないでいてもらうことだけしか。
せっかく『神の愛し子』なのに。もっと、私に出来ることはなかったの?
そう、無力感に苛まれていたときのことだ。
次回の更新は5月21日(日)です!