ファウナを呼ぶもの
「【転移】」
意識を集中させ、指を鳴らす。
視界が真っ白になり、瞬きにも満たない間で、私たちは【書庫】の地下一階にたどり着いていた。
「ここが、【書庫】の地下……………」
ミアが呆然としたように呟く。
そこには灯りがなかった。
薄暗い、広く大きい空間に、見上げるほどの大きな本棚が所狭しと並んでいる。
外界と繋がる窓がないため、空気は淀んで埃っぽい。
そして勿論のこと、人の気配は全く無かった。
「ここの結界やトラップ、作動しませんね……………何故でしょう?」
「さっき地図を見た感じ、ここは『空間』ではなく『書類』にトラップが配置されているみたいだったわ。一応対策は考えてあるけど、本棚には触らないほうがいいわね」
「触ったら『ぺしゃっ』ですよね……………気をつけます」
青ざめた顔になったミアが静かに本棚から離れる。
…………………『ぺしゃっ』?
あれ、さっき私が言ったのは『ドォン』だったはずなんだけどな。心なしか酷くなってない?潰れてない?
私の混乱を知ってか知らずか(いや絶対知らないと思うけど)、ミアは何事もなかったかのように口を開いた。
「それにしても………肝心の記録はどこでしょうね?こんなにも数が多いとは思いませんでした」
やっぱり、『ぺしゃっ』の件はスルーなのね、ミア。
「そうねぇ…………それは――――――――――」
言いかけて、何か、違和感を感じた。
何か、そう、『何か』がある。
私はそれを知ってる?…………………………知ってる。
呼んでる、私を。
行かなきゃ。
「ファウナ様?」
気がつけば、私はふらりと歩きだしていた。
どこに向かっているのかは、私自身にも分からない。でも、行った先に私を呼ぶ『何か』があるのは分かった。
一歩、二歩。『それ』に誘われるままに歩を進める。
足を止めたところにあったのは、一冊の本だった。
本棚に収まった状態では、白い背表紙しか見えない。新しくも、古くも見える奇妙な本。
しかし、何より奇妙なのは――――――――その本から、『神の力』を感じたことだった。
この国で『神の力』を扱えるのは、歴史を振り返っても二人だけ。
この私、ファウナ・ノア・シュヴァーベルと、百年前を生きた『聖女』、エレノア・クーベルタンのみ。
この本からは、私の力を感じる。
力が、私を呼んでいる。
「っ、ファウナ様!?」
ミアが声を上げる中、私はその本に手を伸ばす。
トラップは―――――――――――――――作動、しなかった。
出てきたのは、汚れ一つない白い本。真っ白な表紙に、金の線でささやかな装飾が施されている。
…………?……………どこかで、見たような………………
本にかかっていた『奇跡』は、術者と持ち主以外がこの本を認識できなくなる【認識阻害】。それとは別に、無属性魔術の【状態維持】もかかっている。
この、魔力…………………
『エレノア!聞いてくれ、実験に成功したんだ!』
「オーヴィット…………………?」
次回の更新は5月13日の予定です。『聖女』エレノアの過去に迫る!お楽しみに!