屋根裏部屋とドールハウス
「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。
これは、私がまだ小さかった頃のおはなし。
父親の仕事の関係で数年間、ドイツの田舎町で暮らしていた事がある。
私たちの家族が借りたのは、三角屋根に煙突のある赤い煉瓦の一軒家。
はじめてその家を見た私は
「三匹のこぶたの一番下の弟の家だ!」
と思わず叫んだ。
それ程にメルヘンチックで可愛らしい家だった。
その家は、洒落た木の板で出来た階段で二階に上がる。上るたびにちょっと軋んで小さな音が鳴る。
地下室もある。
地下と言っても、窓もある半地下だ。
そこには、洗濯スペース、物置き部屋、それから、亡くなった旦那さんが使っていた広い作業部屋もあった。
「怪我をすると困るから」
と言って、一度だけ鍵を開けて中を見せてもらった。
沢山の大工道具が並んでいて、マジシャンが人間を真っ二つにしそうな道具もある。うん、確かに危ない。
旦那さんがここにある道具を使って、少しずつこの家に手を加えていたそうだ。
仕事部屋の真ん中。
作業台の上。リビングから庭へと続く、ガラス張りのテラスへの扉になる筈だった“大きなステンドグラスの扉”が置かれていた。
今は透明なガラスがはまっているだけのあの扉が、ステンドグラスに替わる日は永久に来ない。
それでも大事に大事に、扉は作業台の上に置かれている。
軋む階段を上がった二階の天井には、不思議な長方形の切り込みがあった。
小さなフックが付いている。
「あれはなに?」
「屋根裏部屋への階段よ」
大家さんは長い棒を持って来て、そのフックに棒の先を引っ掛けた。
あら、不思議。長方形の切り込みが動いて、上から魔法のように階段が降りて来た!
恐る恐る階段を上がると、そこは確かに、小さな明かり取りの窓が一つある“屋根裏部屋”だった。
この家は、本当におとぎ話に出てくる家なのかもしれない!
「余り荷物を増やすと引っ越しが大変になる」
と母が言って、最後まで屋根裏部屋は使われないままだった。
私は父親に強請って、あの家によく似たドールハウスを買って貰った。
帰国が決まって、兄と二人荷物の運び出された家の探検をした。兄があの長い棒を持って来て、屋根裏部屋にも上がってみた。
私はポケットに入れていたドールハウスの住人を、明かり取りの窓の下に置いてきた。どうしてそんなことをしたのか、今でもよく分からない。
中学生になり、ドールハウスは私の部屋からロフトに移動した。
新しい住人が、あの人形を見つけただろうか?
私のドールハウスは今、娘のお気に入りだ。