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第二章 4



「君、初めて見る子だね。どこから来たの?」

「ええと、日本から? ですが……」

「ニホン……初めて聞く地名だね」


 やがて二人は黒騎士団の邸へと辿り着いた。

 青年は廃屋同然のそれをぽかんと見上げたあと、マリーに恐る恐る尋ねる。


「ええと、ほんとにここでいいのかい?」

「はい! あ、実は私、先日からここの騎士団のお世話係をしておりまして」

「へえ……君がお世話係……」


 ここまでで大丈夫です、というマリーの遠慮をやんわりと制し、青年は「いいからいいから」と食材を邸内まで運び込んでくれた。

 改めてテーブルの上に並べるとものすごい量で、マリーは青年に深々と頭を下げる。


「本当にありがとうございました。私一人ではとても運びきれなかったです」

「次に行く時は誰か男手を連れて行くといいよ。あの店員みたいなのも時々いるしね」

「き、気をつけます……」


 すると青年は厨房の中をゆっくりと見回した。


「驚いた……随分綺麗だけど、君が掃除したの?」

「はい。まだ目に見えるところだけですけど」

「なるほどね。それで今から手料理を振舞おうってわけだ」

「皆さんお仕事に出ているので、少しでも何か出来ないかと思って」

「そりゃあ楽しみだ」


 朗らかに笑う青年につられて微笑むマリーだったが、ふと不安が顔に出てしまう。


「でも……今日が最後になるかもしれません」

「最後?」

「皆さんが戻ってきたら、私、ここから追い出されるかもしれなくて……」


 それを見た青年はすぐに笑みをひそめ、口元に手を当てたまま何ごとかを考えていた。

 だがすぐに楽しそうに口角を上げると、近くにあった紙に何かを書きつけていく。完成したそれを手渡されたマリーは「はて?」と青年の方を仰いだ。


「あの、これは……」

「効くかわかんないけど、これ作ってユリウスに出してみて」

「は、はあ……」


 そう言うと青年は、ひらひらと手を振りながら厨房をあとにした。

 マリーも慌ててあとを追いかけ、玄関から出て行く彼に頭を下げる。一人残されたところで、再度青年から貰ったメモ書きをじいっと見つめた。


(これって……)


 材料は揃っているし、難しい調理でもないからマリーでも作れるだろう。だが――


(どうしてユリウスさん? というか、ここのリーダーがユリウスさんって言ったっけ……)


 ここまでの記憶を辿るが、そんな話をした覚えはない。

 しかし仮にも騎士団のリーダーともあれば、ある程度市民に周知されているものか――とマリーは何となく納得した。


「それより、早く準備しないと……!」


 山の端を照らす夕日に気づいたマリーは、慌てて厨房へと駆け戻った。






 そして深夜。

 話し声と足音がごちゃまぜになった騒音とともに団員たちが帰着した。

 疲れたー腹減ったーと口々に喚く彼らを出迎えたマリーは、おずおずと食堂へと案内する。


「おおーっ、すげーっ!」

「これマリーちゃんが作ったの? 一人で?」

「は、はい!」


 テーブルの上に並ぶごちそうの数々に、団員たちは我先にと椅子に座って食事を取り始めた。遅れてミシェルも顔を見せ、驚いたようにマリーの方を振り返る。


「すごい……買い出しとか大変だったでしょ?」

「いえ、途中で親切な方に助けていただいたので」

「親切な方?」


 すると最後にユリウスが現れ、着替えもしないまま肉を貪る団員たちに舌打ちした。ミシェルの傍にいたマリーを目ざとく見つけると、相変わらず不機嫌さを露にする。


「余計なことを……」

「ユリウス! せっかくマリーが準備してくれたのにその言い方はないよ」

「うるさい。どれだけあいつらに媚びを売ろうが、俺の意思は変わらん。お前は明日にでも出て行ってもらう」

「……っ」


 困惑するミシェルの視線を感じ取り、マリーは心を落ち着けるようにはあっと息を吐き出した。すぐにミシェルに微笑みを返すと、そのままユリウスの方を挑むように見上げる。


「あの、少しだけ待っていていただけますか」

「……?」


 数分後、マリーは一つの皿をユリウスの前に置いた。

 彼の眉がぴくりとわずかに動く。


「……なんだこれは」

「パンケーキです。疲れたときには甘い物といいますので……」


 お盆を胸の前に抱えたまま、マリーは緊張のままそれだけを口にした。青年から渡されたレシピ通りに作ったものの――今更になって「本当に良かったのだろうか」と不安がよぎる。


(ユリウスさん、こんなの食べないんじゃ……。やっぱり無理かも……)


 だが意外なことにユリウスは黙ってフォークとナイフを手に取ると、実に綺麗な所作で食べ始めた。一口を運んだ途端、薄氷色の瞳がかっと開かれる。


「これは……」

「す、すみません! お口に合わなかったですか?」

「いや……。女、これはどこで習ったものだ」

「習ったというか、その、街で会った親切な方に……」


 そこで何かを察したのか、ユリウスは眉間に深く皺を寄せた。

 次々と変わる表情にマリーが戸惑っていると、ミシェルが真剣な顔で訴える。


「ユリウス。何度も言っているけど、うちにはマリーが必要だ。実際、今日の仕事だってマリーのおかげでもらえたようなものだし」

「……」

「マリーは誰よりも真剣に、この黒騎士団のことを考えてくれている。それを追い出すなんて……あまりに失礼じゃないかな」


 するとそれを耳にした他の団員たちも、口々にミシェルの援護をする。


「そうだそうだ! リーダー、そりゃあんまり横暴だぜ」

「こんなうまい料理が食べれんなら、俺らも頑張るからよ!」

「そんな無下に扱わなくても――」


 だが好意的な彼らの言葉は、ユリウスがテーブルを叩く音一つですぐに静まり返った。


「――黙れ」

「……っ!」

「俺の決定は絶対だ。――黒騎士団に女はいらない」

(やっぱり……ダメだった……)


 蜘蛛の糸にもすがるような思いで努力したが、やはり彼の考えは変えられなかったようだ。

 賑やかだった食卓が一転してお通夜のような雰囲気になり、いたたまれなくなったマリーはすぐにその場を立ち去ろうとする。だがそこにのほほんとした聞き覚えのある声が割り込んだ。


「あれ、どうしたーみんな」

「え? ひ、昼間の……」

「やあ。また会ったね」


 食堂にひょいと顔を見せたのは、買い物の荷運びを手伝ってくれた青年だった。

 どうしてまたここに? とマリーが首を傾げていると、何故かユリウスががたんと椅子から立ち上がる。


「ヴェルナー! 貴様、今までどこに行っていた!」

「あーちょっとお姉さんが離してくれなくてさあ」

「また無断外泊か……。仕事もせず何をふらふらと」

「ごめんごめん。でもおかげで彼女が騙されるのを、未然に防げたわけだしさ」

「何?」

(あ、あーっ!)


 肉屋のことをばらされる、とマリーはすがるような目でヴェルナーと呼ばれた青年を見上げた。

 だが彼はにっと目を細めたまま、自身の口元に人差し指を立て「大丈夫だよ」と囁く。


「だいたい、女の子一人にあんな買い出しさせるとか無理がありすぎだろ」

「知らん。そいつが勝手にしたことだ」

「いいのかなあ、そんなこと言って。さっき確認してきたけど彼女、団長からの推薦でここの世話係になったって聞いたけど?」


 その言葉を耳にした途端、ユリウスはすぐに表情を強張らせた。

 ヴェルナーとミシェルの間で縮こまっていたマリーに目を向けると、問い正すように睨みつける。


「おい女、それは本当か」

「は、はい。ロドリグ団長に声を掛けられて、ここに……」

「いくらお前がリーダーとはいえ、さすがに騎士団長の命令は無下に出来ないんじゃないか?」

「……ッ」


 んー? とヴェルナーがにやにやしながらユリウスに詰め寄る。

 ユリウスは憤懣やるかたない様子でしばし口をつぐんでいたが、ちっと大きな舌打ちを残して乱暴に椅子に座り込んだ。



 

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