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第二章 2



「この人ぉ、リリアと同じ世界から来たんですう。なんか困ってるみたいだから、助けてあげてくれませんかぁ?」

「で、ですが……」

「リリアからのお、願、い♡」


 ばさばさと音がしそうな長い睫毛で、リリアがばちんとウインクする。

 その瞬間、傲慢ディレクターだったはずの書記官はただのおじさんへと変化した。


「せ、聖女様がそこまでおっしゃられるのでしたら……」


 でれでれのおじさんは、その場できりっとマリーたちの方を振り返る。


「ついさっき来たばかりの魔獣討伐任務がある。本来であれば一週間ほど期間を要すると伝えていたが、黒騎士団での派遣で良ければすぐに出来ると依頼主に交渉してみよう」

「あ、……ありがとうございます!」


 まさかの新規案件獲得に、マリーとミシェルは慌てて書記官に頭を下げた。

 続けてリリアにもお礼を伝える。


「本当に助かりました。なんてお礼を言ったらいいか……」

「うふふ、いいよー。同じ日本から来た仲間だもんね」

(こ、この子も日本なんだ……)


 複雑な思いにかられながらも、彼女の口添えがなければ仕事は貰えなかったとマリーはありがたく謝意を示す。

 するとリリアがすっと腰を屈め、後ろにいるクロードやミシェルに聞こえない程度の声量で囁いた。


「まあ頑張ってね。お、ば、さ、ん?」

「……はい?」

「えっ、だって絶対リリアより年上でしょ? 見た目は若いから、女神様からギフトをもらったんだろうけど、どうみてもリリアの方が抜群に可愛いし。だから――くれぐれも『聖女』のわたしの評判を落とすような、みっともない真似だけはしないでね」

「……」


 思わず眉間に縦皺を刻むマリーを見て、リリアは「あははっ」と無邪気に笑った。

 再びクロードと腕を組むと、小さな手をマリーたちに向けてひらひらと振る。


「じゃあ、頑張ってね~」

「マ、マリー? 大丈夫? 何か言われたとか」

「いえ。何でもありません……」

「そ、そう?」


 かつて若い女性タレントにさんざん八つ当たりされたことを思い出しながら、マリーは精神を落ち着けるため、学生時代から習っている合気道の呼吸をすーはすーはと繰り返していた。






 こうして色々なイレギュラーはありつつも、久しぶりに得られた大型任務にマリーとミシェルの心は浮き立っていた。街の花屋でユリウスへ渡す花束を買ったあと、二人はわくわくした様子で黒騎士団の邸へと戻る。


「久しぶりの仕事だ。これならきっとみんなもやる気になるはず!」

「はい! まずは皆さんを集めて、明日からの計画を――」


 だが玄関の引き戸に手をかけたところで、突然邸内から大きな悲鳴が聞こえてきた。

 どうやら騎士団員のものらしいと察したマリーは、いったい何がと慌ててドアを開ける。すると入ってすぐのロビーで、屈強な団員たちが死屍累々の山と化していた。


「こ、これは……⁉」


 目を疑うような光景にマリーは思わず絶句する。

 すると気絶した騎士団員たちの奥から、一人の青年がゆっくりと姿を現した。

 髪は晴れ渡った空のような綺麗な水色。

 肌も白く、全身に氷を纏っているかのような清廉さだ。

 整った顔立ちはミシェルとはまた違った美貌だが、今はどういうわけか怒りに打ち震えている――とマリーが息を呑んでいたところで、隣にいたミシェルが慌てて叫んだ。


「ユリウス! 到着は明日のはずじゃ……」

「家には戻らず、そのままこちらに来た。どうせこいつらが好き放題してると思ったからな」

(この人が……ユリウス?)


 繊細な美青年の幻想はもろくも崩れ去り、代わりに突き刺さるような冷たい視線がマリーに向けられる。

 その気迫にしり込みしつつも、マリーはすぐに彼に頭を下げた。


「は、はじめまして! このたび黒騎士団の世話係を拝命したマリーと――」


 だがそれを耳にしたユリウスは、そのままミシェルに向かって怒鳴った。


「ミシェル! お前、俺がいないうちに勝手に何してる!」

「お、落ち着いてユリウス! マリーは俺たちの手助けをしてくれてて」

「黙れ、ここのリーダーは俺だ! よりにもよって、この邸に女を入れるだと……⁉」

(ど、どうしよう……)


 明らかに歓迎されていないと察し、マリーは思わずその場に硬直する。

 するとさらにタイミングの悪いことに、わずかに空いていた玄関の扉からジローが邸内に入り込んで来た。かつてマリーにしたように、ユリウスの顔めがけてびょんと突進する。


「ジジジジロー! ダメよ! 下りなさい!」


 マリーは取り乱しながら、必死にジローを捕まえようとする。

 だがマリーがいじめられていると思ったのだろうか。ジローはその後もユリウスに向かって、ひゃんひゃんと果敢に吼え立てていた。


「……」


 ユリウスはそのままジローの首根っこを掴むと、ばっと勢いよく自身の顔から引き剥がす。ぶらぶらと揺れる子犬をわしづかんだまま、ミシェルに向かって青筋を立てた。


「ミシェール‼ なんだこいつはー‼」

「うわあああ! ごめんなさいごめんなさい! ちょっとこれには深いわけがあって」

「知らん! おい、女と犬!」

(女と犬⁉)


 あらゆるハラスメントからタコ殴りにされそうな呼び名に、マリーはジローを庇うように慌てて抱き上げる。

 そんな一人と一匹を指さし、ユリウスは怒りをあらわにしたまま告げた。


「今すぐここから出て行け! 今後この邸に一歩も入ってくるな!」

「そ、そんなこと急に言われましても」

「うるさい! いいからとっとと――」


 マリーたちを追い出そうと、ユリウスはなおも腕を振り上げる。

 だが間に入ったミシェルがそれをがしっと受け止めた。


「ユリウス! 頼むからちょっと聞いてよ!」

「――っ」

「不在の間に勝手に話を進めたのは、確かに悪いと思ってる。でもマリーはおれたちのために本当に一生懸命頑張ってくれているんだよ! ほら、今日なんて新しい仕事を――」

「仕事だと?」


 するとユリウスはわずかに眉を上げたあと、乱暴にミシェルの手を振り払った。差し出された依頼の詳細に目を通したかと思うと、ミシェルをじっと睨みつける。


「本当にうちへの依頼か?」

「そうだよ。マリーのおかげでもらえたんだ」

「……」


 その言葉を聞いたユリウスは、険しい視線をそのままマリーへとずらした。

 しかしすぐに「はっ」と鼻で息を吐くと、手にした依頼書をミシェルへと突き返す。


「すぐに討伐計画を立てる。今いる全員を食堂に集めろ、ヴェルナーもだ」

「う、うん!」

「ミシェルさん、私もお手伝い――」

「お前は来るな」


 斬り捨てるようなユリウスの言葉に、マリーはびくりとその場にとどまる。


「俺はお前を、黒騎士団の世話係とは認めない」

「……」

「詳しくはミシェルから事情を聞く。行くところがないのなら一時的な滞在は許可してやろう。だがこの仕事が完了次第、その犬ともども即刻出て行ってもらうからな」

「そ、そんな……!」

「ミシェル、早くしろ」


 口を挟む隙を一切与えないまま宣告すると、ユリウスはさっさと食堂の方へ消えていった。

 ミシェルはすぐさまマリーの元に駆け寄ると、そっと顔を覗き込む。


「大丈夫だよマリー。おれがちゃんと説得するから」

「ミシェルさん……」

「だから少しだけ、ジローと一緒に部屋で待っていてくれる?」


 マリーがこくりと頷いたのを確認すると、ミシェルはほっと安堵の表情を浮かべた。

 ミシェルの言葉に従い、マリーはジローとともに自室へと戻る。

 くうん……と不安そうに見上げてくるジローを、マリーはぎゅっと抱きしめた。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。きっとミシェルが話をしてくれるわ」


 使われていなかった木箱に毛布を敷き詰め、そこにジローを入れる。


(とりあえず、話し合いが終わるまで待ってみよう……)


 マリーは心を落ち着けるため、一旦ベッドの端に腰かける。

 だがどうしても話の行き先が気になってしまい、その後も何度か扉を開けて食堂の様子を探った。だが一時間経っても、二時間経っても、団員たちが食堂から出てくる気配はいっこうにない。


(もうてっぺん跨いでる時間なんじゃ……)


 緊張と不安で長い間そわそわしていたマリーだったが、いよいよ気疲れが限界に達したのか――いつの間にかベッドで眠り込んでしまった。



 

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