書籍2巻発売お礼ss:騎士団の朝はいつも賑やか
それはある日の早朝。
黒騎士団のアイドル――もとい飼い犬であるジローは白い革で出来たボールを咥え、騎士団寮の二階へと上がっていた。チャッチャッチャッと短い爪で小気味よく木の床を蹴りながら、とある部屋に入っていく。咥えていたボールをいったん足元に落とすと、元気よく声を上げた。
「ひゃん!」
「あ、ジロー。おはよ」
騎士団でいちばん面倒を見てくれるミシェル。このボールも彼が新しいおもちゃとして昨日買ってくれたものだ。さっそく遊んでもらおうとフリフリと尻尾を振る――だがいつもであればすぐに「よし、庭で遊ぼう!」と言ってくれる彼がどこか申し訳なさそうに眉根を下げた。
「ごめんジロー、ちょっと用事があって」
「くぅん……」
「帰ってきたらいっぱい遊んであげるから、ね!」
顔の前で両手を合わせ、ミシェルが慌ただしく部屋を出ていく。ジローはその様子をじっと見つめていたが、やがて床にあったボールを咥えるとしおしおと廊下へ出ていった。
ふすっ、ふすっと大きな鼻息とともに今度は突き当りにあるルカの部屋へ。幸い扉は少しだけ開いており、ジローはふわふわの毛の下にある細い体でしゅるんっと中へと入り込んだ。まだカーテンが開いていないせいか室内は薄暗く、ベッドの中でルカが丸くなっている。
「ひゃん! ひゃぅん!」
「……なに、ジロー?」
「ひゃん! はっはっ」
「まだ眠いから……ミシェルに遊んでもらってよ……」
「くぅーん……」
もぞもぞと毛布が動いたかと思うと、すぐに小さな寝息が聞こえてくる。ジローは小さな鳴き声を零すと、再度ボールを咥えてしょんぼりとルカの部屋をあとにした。
廊下に出て、遊んでくれそうな団員たちの顔を思い出す。すると突然扉の一つが開き、中から騎士団のリーダーであるユリウスが出てきた。それに気づいたジローは大急ぎで近くにあった柱の陰に身を隠す。
「うぅ……」
よく分からないが、彼はなぜかいつもジローを険しい顔つきで睨みつけてくる。そのあとミシェルが怒られていることもあるので、きっとここでは見つからない方がいいのだろう。
ユリウスが一階へ下りたことを確認し、ジローはそうっと柱の陰から顔をのぞかせる。すると近くの部屋の中からガタッと窓の開く音がし、ジローはしゅたたっとその部屋へ飛び込んだ。
「あれ? ジロー、こんなとこまで入ってきてたんだ」
「ひゃん!」
あわや泥棒か――と思ったがそこにいたのは窓から入ってきたヴェルナーだった。どうやらいつもの朝帰りらしく、ヴェルナーは「しーっ」と自身の口の前に指を立てながらジローに近づく。
「ほら、あんま鳴かないで。ユリウスにバレるから――」
「ひゃん! ひゃん‼」
「しーっ、だからしーって……」
吼えたせいで落としてしまったボールとたわむれるように、ジローがヴェルナーの周囲をチッチャカチッチャカと跳ね回る。すると階下からドダダダッという猛烈な足音が聞こえてきて、わずかに開いていた部屋の扉が勢いよく開いた。
「ヴェルナー、貴様またか‼」
「うわあああっ‼」
「ジロー、お前もだ‼」
「きゃぅん‼」
いっせいに怒鳴られ、ヴェルナーとジローは揃って逃げ出そうとする。しかし体の大きさゆえか、ヴェルナーはがしっとユリウスに首根っこを掴まれてしまった。犠牲となったヴェルナーを一度だけ振り返り、ジローは必死になって階段を下っていく。
「くぅん、くぅん……」
もう二階には戻れない……とジローはとぼとぼと玄関ホールへと歩いていく。するとそこで「あら?」と聞き馴染みのある声が降ってきた。
「ジロー、どうしたの?」
「ひゃん‼」
そこにいたのは二番目に面倒をみてくれる世話係のマリーだった。ジローはこれまでに起きた色々を説明するかのように、はっはっはと全身全霊でその場を駆けまわる。だが当然彼女には何一つ伝わっておらず、マリーは慣れた様子でジローを腕に抱き上げた。
「よしよし。もしかしてユリウスさんに怒られちゃった?」
「くぅん……」
「ミシェルはいなかったのかしら。よかったらちょっと庭で遊ぶ?」
「ひゃん‼」
やった! と満面の笑みを浮かべるかのごとくジローは大きく口を開ける。だがそこでようやく昨日買ってもらったばかりのボールが無くなっていることに気づいた。
「きゅううん……」
「ジロー?」
急にしょんぼりしてしまったジローを見て、マリーはどうしたのとその小さな額を撫でる。すると玄関の扉が開き、外からミシェルが「あれ?」と顔をのぞかせた。
「ただいま。ジロー、どうかしたの?」
「…………」
「あ、そうだこれ」
そう言うとミシェルは落ち込むジローの鼻先に小さな干し肉を差し出した。
「さっき手伝いに行ったところでもらったんだ」
「あれ、もう仕事に行ってたの?」
「仕事っていうか、ちょっと個人的に頼まれたっていうか」
マリーとの会話を頭上で聞きつつ、ジローは目の前に現れた干し肉に目を輝かせる。すると階段の上から「おい」とユリウスの声がした。
「忘れ物だ」
「えっ?」
ぽい、と手すりの隙間から放り投げられたのは白い革のボール。ジローは「ひゃうん!」と勢いよくマリーの腕から跳び出すと、大切なそのボールをはしっと咥えた。しかしボールを口にしたままでは干し肉を食べられない……とウロウロしていると、ミシェルが嬉しそうに目を細める。
「遅くなっちゃったけど、朝ごはんまで遊ぼっか。干し肉はその時にね」
「ひゃん!」
早く、早く、とくるくるその場で回転しながらミシェルが玄関の扉を開けるのを待つ。やがてガチャリと扉が開き、真っ白な朝日がつぶらな瞳に飛び込んできた。たまらずダッと駆け出すと、背後からミシェルの声が聞こえてくる。
「あ、こら、待てって」
「ひゃうん‼」
ぽかぽかの暖かい太陽にふかふかの芝生。
新しいおもちゃに美味しい朝ごはん。大好きな人たち。
今日もきっといい日になる――と小さな騎士団員は思ったとか、思わなかったとか。
(了)
2巻発売お礼ssでした!
ジロー視点のお話書くの、めちゃくちゃ楽しかったです。
私ももふもふになりたい。





